⑩新しい拠点



 倒した相手のねぐらは案外広く、サキと2人で使っても問題なさそうだ。但し、Y字型に別れた各々の部屋に仕切りは無いので、衝立てのような物を立てて置いた方が良いだろう。


 2人で手分けして部屋の中に溜まっていたゴミ屑を処分し、寝床を作っていた時、その中に見慣れない物が混ざっていた。


 「…矢じりかな?」


 その黒い石塊は左右対称で先が鋭く、どう見ても矢じりにしか見えなかった。しかし、随分と長くイノシシやタヌキのような動物に使う大きさじゃない。もっと大きな生き物…まさか、人間用なのか?


 「何だか気味が悪いなぁ…そんなの当たったら死んじゃうよね?」

 「まあ、そうだろうな…しかし、うん…」


 俺はサキの言葉に返答を濁した。さっきの決闘といい、相手を取り込むシステムといい…どうやら、俺が思っていた以上にこの世界は、人間同士の戦いを勧めている気がしてならない。




 「うわああぁ~~っ!!」


 カンカンと堅く締まった木を打ち慣らしながら、サキが勢子(狩りの際に獲物を追い立てる役)になって大声を張り上げると、驚いたシカが一目散に走り始める。


 「…そらっ!」


 と、俺が隠れていた茂みから飛び出し掛け声と共に槍を突き出すと、脇腹から胸を突かれたシカが脚をもつれさせ、ドシャッと地に倒れた。


 バタバタと脚で空を掻くシカの後ろから飛び掛かり、脚を【ツタの紐】で縛り上げる。苦しみもがくシカの上に馬乗りになり、ビッと首元を【黒曜石のナイフ】で切り裂いて締めると、ビュッビュッと首から血を噴き、やがて動きを止めたシカが力尽きる。


 「…結構大きいなぁ」

 「うん、大物だね。角も立派だしオスかな?」


 動かなくなったシカを間にサキと話しながら、鮮度が落ちる前にシカの解体を始める。


 新しい拠点を中心に2人で狩りを始めた俺達は、獲物の種類が前と違っている事に気付いた。イノシシは新しい拠点の周辺には居ない。その代わりにシカが多い。シカはイノシシと違ってドングリに見向きもしないが、勢子を使って脅すと必ず反対側に走り出す。予め挟み撃ちを狙って位置取りさえ出来れば、逃さず仕留められるようだ。


 お陰でサキには柔らかいシカ皮の【毛皮のブーツ】と【シカ皮の服】を作る事が出来たし、その特徴的な柄も彼女はお気に入りだ。


 シャリシャリと肉から皮を剥ぎ、大まかに切り分けた部位を荒く編んだカゴの中に仕舞いながら、残った角を手に何に使おうかと思案していると、


 「おお! 立派なシカの角だね!」


 そう言いながら見慣れない男が近付いてきた。相手の風貌や表情を見ると敵意はなさそうだが、この前の事件もあり油断しない俺達に、


 「いやいや、そんなに驚かなくていいですよ。俺は角細工の素材が欲しいだけなんでね!」


 そう答えながら男は両手を上げ、敵意が無い事を説明する。確かに武器の類いは護身用らしき石のナイフしか持っていない。


「細工用の素材? 自分で採ればいいだろう」

 「それがそうもいかなくてね…ほら」


 俺の言葉に苦笑いしながら、毛皮の服の裾を捲り上げる。


 「…怪我してたのか」

 「ああ、半年前にイノシシにやられちまったのさ」


 …ん? 半年前だって? そんな前からプレイして…あ、そうか。こいつはゲームの運営側が動かしているNPCなのか。


 「なら、この角を譲るから何か作ってくれないか?」

 「ああ、良いとも。釣り針や縫い針、何ならそっちのお嬢さん向けに装身具も作れるさ」

 「えっ? ホントですか! 是非お願いします!」


 おいおい、そんなもん作って貰っても…いや、だからそんな眼で見るなよ!!


 「…じゃあ、それも頼むよ」

 「よし、それじゃこれは預かるからな。出来たらここに届けに来るから、待っててくれ」


 男はそう言うとシカの角を持ち、手を振りながら片足を引き摺って去っていった。




 それからはしばらくの間サキと組んでシカを獲り、保存用の備えとして塩茹でにした肉を干したり色々と試行錯誤してみた。但し、塩自体が少なく限られているので、思いきった事はなかなか出来なかった。


 そんなある日、待ちに待った細工屋が再び姿を見せた。


 「やあ、随分待たせてしまったね!」


 角細工屋は現れた時と同じように明るく振る舞いながら、拠点の洞窟の前までやって来た。


 「さて、これが約束の品だよ」


 そう言って肩から提げた編み袋を降ろし、中から2つ包みを取り出して俺とサキに手渡した。


 「…縫い針と釣り針は…へぇ、案外細かいもんだな」


 5本有った縫い針はやや平たい形状だが、ちゃんと太めの糸を通す穴が空けてあり、皮以外にも使えそうだ。そして同じ本数の釣り針はと言えば、何処かで見た記憶に近い、特徴的な形の釣り針だった。


 「これはまた…こんなに返しが大きいと、エサも付けられないだろう」

 「いやいや、エサなんて要らないぞ。俺が作る針なら、魚の方から寄ってきて食いつくからな!」


 細工屋の口振りに興味が惹かれ、早速試してみようとサキに言いかけたが、彼女は彼女でシカ角のネックレスや耳飾りに夢中のようだ。たまに思うんだが、サキって案外…いや、相当若いんじゃないか? 時々そんな気がする。




 拠点にサキを置いてきた俺と細工屋は、川に出ると暫く上流に向かって歩いて行き、やがて魚が居そうな小さな滝に辿り着いた。


 「…こんなもんか? それにしても本当に釣れるのかね」


 細工屋がくれた細めの糸を釣り針に縛り付け、その上に重り代わりの石を結び、頭の上でクルクルと回してから勢いを付けて投げ込んでみる。


 滝壺よりやや手前に落ちた釣り針が沈み、やがて底に着いた気がしたので、助言された通り小刻みに動かし、上下に揺らしながら手繰り寄せていく。


 そんな風に動かしていく内、釣れると思っていなかった俺は細工屋に声を掛けようとした瞬間、糸が引ったくられる衝撃を掌に感じ、慌てて引き寄せると、生き物が食らい付いているのが判った。


 そのまま引き寄せ続けていくと、細工屋の言う通りにエサも付けず魚が釣れてしまい、俺は頭の中で嘘だろ? と繰り返していた。


 「どうだい? スレてない魚なら一発で食い付くんだよ」

 「いや、確かにそうだな…いや、参った」


 水面を割ってバチャバチャと跳ねる魚を陸に引き上げながら、俺は細工屋に向かって素直に認めるしかなかった。どうやらルアーのような疑似餌の代わりになるらしく、水に濡れるとシカ角は独特な光沢を放ち、まるで弱った小魚がのたのたと泳ぐように見えるのかもしれない。



 その後、三匹程追加して釣り上げた魚のエラに紐を通してから頭を叩いて気絶させ、その間に河原で内臓を抜きながら、気になっていた事を細工屋に尋ねてみる。


 「なあ、この辺りで岩塩が採れる所って有るのかい?」


 俺の質問を聞いた細工屋は、一瞬だけ表情を曇らせてから、今までの陽気な調子を潜めながらささやいた。


 「…ああ、確かに採れる所は知ってるよ。でも、そこに行くのは止めておいた方が賢いと思うけどな」


細工屋曰く、今居る丘陵地帯から森を抜け、真っ直ぐ山の方を目指して進めば、岩塩が採れる場所に着くらしい。


 「まあ、行ってみるのは構わないが、俺は止めた方がいいと思うぞ。あの辺はクマやもっと強い動物も沢山居るし、同じ目的で彷徨うろつく連中も多いし…」


 そう言うと細工屋は、装備を整えるまで行かない方が身の為だぞ、と念押しした。


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