第14話 ジャネット、嗜虐心でいっぱい

 ゴブオは、朝目覚めるとベッドの上に独りであった。寝ぼけ眼こすって部屋全体をざっと見るが、アリナの姿は見当たらない。シーツも無い。代わりに、彼の脇に妙な手帳がある。


 表紙の色は紫一色。『正夢日記』と書かれている。ゴブオは手に取り、ページを繰ってみた。表紙の裏には使い方が記されている。


1.この手帳は『正夢日記』という名の手帳である。

2.この手帳に書いた内容は、書き手のその日の夢に,

完全な再現性で反映される。例えば「あの子とあんな事がしたい!」と書けば夢の中でそれが叶うのである。

3.夢の内容は、夢に登場した人物にも共有される。つまり、あの子もあなたの夢の世界に引き込める。夢の記憶は大抵起きて数秒後には消えるが、『正夢日記』によって見た夢の記憶や、あなたに触れられた記憶は鮮明に残る。これがこの手帳の肝だ! 強制的にあの子に、あなたを意識させることが可能なのだ!


 以上。


「ほうほうほう」

 とゴブオはしゃくれた顎を片手で触れながら言った。


 これは、上手く使えば寝取りに役立つぞ。それも大いに。手帳を懐に大事にしまう。しまったところで、この手帳は一体誰が置いて行ったのだろうと思う。まあ、良いか。大いに利用してやる。


 ゴブオはうんと伸びをしてから、顔を洗いに部屋を出た。


 その日、ゴブオはかなりアリナに扱かれた。ゴブオは何度も死ぬんじゃないかと思った。魂が体から抜け出て、そのまま天へ昇って行くのではと思った。弟子になったのが誤算であった。仲間にしてくれと、端から頼むべきだったのだ。


 僕は別に強くなりたい訳じゃないのだとゴブオは思った。しかしどうにも仕様がなかった。朝から晩までの「扱き」の中で一度のみあったごく短い休憩の中で、ゴブオはこのまま終わってなるものかと燃えた。

 夢の中でアリナを調教してやろう。そうすれば彼女はこんな修行を僕にさせまい。


 夜、くたくたのゴブオはさっさと『正夢日記』に望みの文章書いて眠りたかったが、何故かジャネットに呼び出された。恐る恐る彼女の後ろを歩く。ジャネットは背丈が高い。その足下に立ち彼女の顔を見上げようとすれば、殆ど顔を垂直に上げねばならないだろう。いや、第一彼女の乳は牛のそれのように巨大であるから、黒くぴんと立った耳すら隠されてしまう。着込んだ軍服越しからでも、骨格のしっかりしているのが分かる。


 どうすれば、ジャネットさんを僕のものに出来るだろうか。そういや、尻尾はどこにあるのだろう。獣人族に尻尾は必要不可欠だ。存在せぬなど、言語道断。間違いなく隠している。そうじゃなきゃあ、許せん。


 ジャネットの部屋は随分と酷い有様であった。汚いのだ。彼女が今身に着けているものとは異なる柄の軍帽やら服やらが、床やベッド上に散乱している。


 研ぎ澄まされた剣の如き眼をして、気高き黒狼を思わせる獣耳、白銀のショート・ヘアは不純なし、軍服はもちろん一切乱れない。肌色は褐色で、その下には恐らく柔かな筋肉と、ほのかな脂肪があるだろう。乳房は例外で、脂肪で一ぱいだが。

 そんなジャネットがまさか片付けの出来ぬ性質の者であるとは、ゴブオは一切想像していなかった。思わず仰天して、彼女を見上げる。見上げるが、背丈に差があり過ぎてちょうどジャネットのおっぱいが焦点になる。


「俺が戻って来る前に片付けておけ」

 とジャネットは言って、その体の軸を一切ふるわせずに去って行った。

 物凄く、体幹がそれこど大木の幹のようにどっしりしているのだと理解しながら、ゴブオは部屋へ視線を戻した。


 ゴブオは自分でも気づかぬうちに、涙をつと流した。


 以下暫くは、ジャネットの部屋を掃除していた最中の、ゴブオの心中である。


 どうしてどうして! 僕はこんなに腹が減っているのに! どうして! 僕は彼女の命令に逆らえないのだ! それは僕が弱いからだ。はあ、ちくしょう。

 僕以外の者達は皆、今は大いに食事を楽しんでいるのだろう。そうだ! 良いことを思いついた。『夢日記』には、ジャネットさんとの「戯れ」について記述しよう。このままいいように扱われて済む僕ではない。ジャネットさんは僕を侮っている、物凄く。僕を見る瞳の色で分かる。侮蔑の念がある。絶対零度の氷剣が如き冷たい眼なのだ。それがなんと、ショウに対しては温度が上昇して、ちょっと温かい色になるのだ。最も腹の立つのはその点である。

 如何にしても、あれ以上の女の表情を、僕だけに向けさせてやらねばならん。


 以上のようなことをぐるぐる考え考えしながら、ゴブオは頑張って掃除を完了させた。


 間もなくジャネットが部屋にやって来た。ゴブオはコツコツ足音を聞いていたが、あまりにも疲れていたので立ち上がる気力も無かった。少し休んでからアリナの部屋へ行こうと思ったのだ。


「貴様、俺に許しを得たのか。いつ得た。床に倒れ込んで良いと」

 ジャネットは低めの声を一層低くして、ゴブオを睨んだ。

「ひいいっ!」


 ゴブオは蛙が跳ねるように立ち上がり、直立不動になった。見習い兵になった気分であった。


「お仕置きが必要だな」とジャネットが言うと、彼女の右手首の黒いブレスレットが、瞬く間に鞭に変化した。「さっさと尻を出せ」

 そう言って、彼女は初めてゴブオに笑みを向けた。嗜虐と残虐に富んだ、意地悪な笑みである。


 ゴブオは、ジャネットに裸の鞭によって叩かれた。パシン! パシン! パシン! パチン! パチン! 五回叩かれた。終えて、充足した気分になったジャネットは、ゴブオを廊下へ蹴り飛ばした。ゴブオは壁にぶち当たり、へたり気絶した。


 目覚めた彼は、すぐさま宿屋の裏へ向かった。手帳に書き込むのを、誰かに見られてはならない。何と書き込もうか。単純に「ジャネットのおっぱいを揉む」とかで良いのかな。いや、念のためもっと具体的に書こう。


 ゴブオは考えて「ジャネットのおっぱいをゴブオが満足するまで揉み揉みしなきゃ出られない部屋に、ジャネットとゴブオが閉じ込められる」と書き込んだ。思わずにやけた。


 アリナさんの部屋へ行くと、彼女は居なかった。だが、今のゴブオにそれはどうでもよかった。睡眠欲と、ジャネットへの復讐心のみが彼にはあった。


 ベッドに上がる気力も体力も無く、彼は床に倒れ、眠った。


























 










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