第15話 夢の中

 照明は見当たらぬけれど、明るく広い部屋。床、壁はピンク色で、天井のみ紫色である。部屋のちょうど真ん中に、ダブルのベッドのみが置かれている。

 ゴブオはそのベッドを彼の歩幅からして八歩離れたところから眺めている。今度は彼は、彼から見て右の壁に隅にある、扉の方へ向かった。

 扉の上には「出口 exit」と、走る人間のロゴマークが並んでいる。しかしそのすぐ下に、「ゴブオが満足するまで、ジャネットのおっぱいを揉み揉みしなければこの扉は開きません」とある。念のため、彼はドアノブをがちゃがちゃした。開かない、安心。


 ゴブオはベッドのぴょいと飛び乗った。

 ここは夢の中なのだ。意識もしっかりしている。ベッドに触れた掌の感覚も問題ない。そうだ、能力も……使える。これが懸念点であった。


 あの、アリナさん以上のジャネットの乳を好き放題できるとは、心躍るぜ。あ、心の中でとはいえ、呼び捨てにしてしまった。違うぞ、よいのだ。あんな女、軍服来ているから真面目に映るだけで、実際はとんでもなかった。敬称など要らない。ついでに、女性器の有無も確認できるかもしれない。


「ジャネット! お前を僕のワンちゃんにしてやるぞ! きゃんきゃん可愛い鳴き声させてやる!」

 とゴブオは叫んだ。


 パチン、パチン。細くしなる、加えて強い素材の物が床を叩く衝撃音が、ゴブオの背後から聞こえた。ゴブオにはその音に覚えがあった。


「ひえっ」

 ゴブオは下らない悲鳴上げて、振り返った。その視線の先にはやはりジャネットが立っていた。反射的に正座して、両手を膝上に置く。カーキ色の半袖シャツに、これまたカーキ色のショート・パンツといった格好である。上乳の坂がなだらかであるのに加えシャツがサイズ違いなのか、へそがちらり覗ける。腹筋がうっすら割れているのも分かる。


 これは、棒にはかなり悪影響を与える寝間着姿だとゴブオは思った。棒は、ないけれども。


「俺は寝たつもりだったんだが、どうしてこんな所に居るんだ? おい」

 とジャネットは言って、鞭を床に打ち付けた。

「ぼ、僕にもワカリマセぬ」

 

 ゴブオはジャネットの強い視線と鞭の音に、すっかり弱気になった。本当におっぱい揉めるのだろうか。目が覚めるまで、鞭で叩かれ続けるだけだったりして。


「とにもかくにも、周囲を探索してみましょう」

 気を取り直せ! ゴブオは自分の心に怒鳴った。

「探索? 何もないじゃないか」

ジャネットは眉を不機嫌にしかめ部屋全体を見回した。そうして扉に気付いた。


 彼女は裸足の足音をぺたぺた鳴らして、扉の方へ歩いて行った。垂れた、小刻みに揺れる尻尾に感動する。お尻の下のふくらみのところでくるり曲がって、小さくまとまって可愛らしい。加えてふさふさである。そしてほっそりした足首から徐々に肉を付けた、ふくらはぎ。歩く度にちょっと盛り上がるその丸みを眺めながら、ゴブオは生唾を呑んだ。あの文章を見たら、彼女は一体どのような反応を示すであろうか。


 ジャネットは扉の上の文章に注意を払わず、すぐさまドアノブに手を掛けた。だが開かない。もう一度力を込め、ドアノブを回す。薄く、腕に血管が浮かぶ。開かない。苛立ちながら一歩扉から離れ、その周囲を観察する。そうして見つけた文章を読み上げた彼女は、額にも青筋を浮かび上らせ、表情を険しくした。ただでさえ三白眼で髪と同様銀の瞳を持つ彼女は、その背格好も相まって怖く見られがちだが、こうなっては泣く子を抱く親が泣きたくなるくらいに怖い。


 今度は半身に扉に対して構え、前の左足を半歩踏み込んで、奥の右足に勢いつけて扉の中央を蹴り込んだ。右足の母指球から扉へ伝わった衝撃は、並大抵の人間の顎であれば湿疹するほどのものであったが、扉は平気そうである。


 漆黒に燃える怒りを纏って、ジャネットはゴブオの座っているベッドの所まで戻って来た。ぺたぺたぺたぺた。体はゴブオに向けて、右腕の立てた親指で後方の扉を示す。

「おい、あれは何だ」

 と彼女は言った。

「し、知りません。僕は何も」

 目を合わせると、真実を漏らしそうだから、ゴブオは懸命に彼女の上向いた睫毛と睨めっこした。

「あそこに書かれていることは、貴様も読んだのか」

「はい」


 ジャネットは眼をつぶった。そして明日のことを考える。本来なら今は眠っていなければならない。寝不足となれば肌も荒れ、目にくまができるかもしれない。それは避けなくては。明日はショウと二人きりで出かけるのだ。ほんのちょっと、甘えることだって出来るかもしれない。そう考えて、彼女の口元が意識せずほころんだ。しかし目元は恐ろしいままなので、ゴブオを光輝する犬歯に戦慄するばかりであった。


 ジャネットは意を決して目を開いた。巨乳者の例にもれず乳の下で腕を組みゴブオを睨む。

「さっさと揉んで、さっさと満足しろ。良いな」

「はい!」

 とゴブオは元気よく返事した。

 真面目な表情を維持しようとするが、駄目だ。にやついてしまう。僕の尻は、彼女による五発の鞭で五本の出鱈目な線を刻まれた。頗る痛かった。尻の皮膚が削れたと思った。ただ揉んで終わらせる訳には行かない。これは復讐なのだ。


 ゴブオはまずは、ジャネットにベッド上へ座るようお願いした。両手で空気を揉みながら。


 











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