第13話 無意識と思い出


 一つの疑問がゴブオに浮かぶ。R15の世界であるならば、女性のそれはどうなっているのか、と。これは、あるのか。いや、無いか。R15なのだから。

 棒が無ければ小便ができない。どうするのだ。尿が無理なら、如何にしてこの世界の人々は、体の老廃物やらを排出しているんだ。特別な仕組みがあるには違いないだろうが、知らないのは不安だ。


 ゴブオは思案しているうちに、うとうとし出した。眠気には抗えず、ゴブオはとうとう眠ってしまった。


 アリナは入浴後、真っすぐショウの部屋へ向かった。湯に浸かって落ち着いていると、罪悪感がふつふつ、沸いたのだ。とにかく、ショウに触れたい。触れられたい,

謝りたい。

 全て彼に白状してしまおうか。でも、それで私という存在が彼に真っ向から拒否されてしまったらどうしよう。嫌だ。

 およそ人生の選択を即断即決してきた流石の彼女も、これには悩んだ。迷った。しかしやはり流石で、迷っていたのはほんの十歩歩いた時間のみであった。アリナは言わないことに決めた。今回のことは心の箱に入れて、そうしてその箱を心のごみ箱に放り投げよう。時の流れがいずれごみを回収してくれるはずだ。

 そうすれば、ゴブオの手の感触を忘れられる。ゴブオには二度と、指一本あたしの体には触れさせない。それがシーツでぐるぐる巻きの、彼女の胸中である。


 彼女は彼の部屋を訪れた。彼は彼女の言動と行動が右往左往するのを奇妙に感じた。彼はアリナの、さっぱりして大胆な性分を知っていたからだ。


「どうしたの?」

 と彼は言っって、アリナを部屋に迎え入れた。

「急に会いたくなっちゃって」

 アリナは言いながらショウに抱き着いた。彼の肩甲骨の下に両手を回し、体をぴたりくっつけた。

「果実っぽい、いい匂いがする」

「シャンプーかも」


 アリナは顔を、彼の胸にあてて、すっと息を吸った。

「臭うぞ。男の臭いがする」

「これから風呂に行くつもりだったんだ」

「駄目だ。行かせんぞ!」

 と、アリナは彼の肩甲骨の下に回していた手を、のそ腰あたりに落として、そのまま彼をベッドへ押し倒した。


 二人は暫く戯れた。加減のわかる二匹の猫が甘噛みしあったり、爪立てず肉球でつつきあったり、どちらかが上になったり下になったりしているかのようであった。互いに見つめ合って笑ったところで、動きが止まった。男が女に覆いかぶさっていた。間もなく唇が重なった。重なりが斜めになって、男の下が女の口中に入り込んだ。

 

 男は自然な手つきで、女の乳房を揉みまわした。シーツ越しに、ショウは乳首に見当つけて指で押し込む。

「ひひひ」とショウは妖怪の如き笑い声を発した。「ここで正解かな、アリナたんのてぃくびは。ぎゅふっ」


 ショウはこのように、時々すこぶる気味悪い言葉遣いをした。同時に、その際の表情はかなり気持ち悪かった。口角はぎっと上がり、目は見開かれ爛々と輝き鼻息はぶーふー音が鳴るほどだ。ちょっと、豚みたい。そんなショウの頭頂部をアリナは愛おしそうに触れ、ぽんと叩き、次いで側頭部を撫でた。


「ぬっ、脱いでよ」

 とショウは鼻息荒く言った。

 アリナはショウに手を伸ばし、起き上がらせ両手を万歳した。布端を目ざとく見つけた彼は脱がせに掛かったが、彼女が座っているから脱がせにくい。

 ショウはアリナにベッドから降りてもらい、立たせた。これは、「あーれー!」ができるぞとショウは思った。


「アリナ、あーれーって言いながら、左回転してくれ。頼むっ、僕の夢なんだ!」 「良いよ。よくわからないけれど」

 アリナは顔をしかめた。彼は何かの絵画で、そんな構図を見たのだろうか。


「よし、やるよ」と彼女は回転に勢いつけるために背中をひねった。

「うん。こっちは準備万端だよ」とショウ言って、ショウはシーツの端をにぎにぎしている。


 こうして、「あーれー」は執り行われた。無事に終わった。アリナは三半規管がめっぽう強いから、目が回ることも無かった。めでたしめでたし。終わって間もなく、ショウはシーツの端を放しアリナを抱きに向かった。シーツを踏んで、危うく転倒しそうになったが堪えた。声も出さなかったから、背を向けている彼女にコケかけたことがばれることはなかった。


 夜は過ぎた。ショウは大満足で、アリナの隣ですやすや眠っている。一方女は……。悲しいかな、満足感は皆無であった。「気持ち良さ」の予兆なら幾度もあった。けれども、その大波は待てども待てども来てくれなかった。どうしよう? まだお腹の奥が悶々と熱く、寝れそうにない。そう思うと、彼女は無意識にシーツを乱暴に体に巻き付け、ショウの部屋を後にして自らの部屋戻へっていた。


 ゴブオはベッドの真ん中に大の字である。こうして見ると、上からだろうが横からだろうが、どう見たってタロウマルにそっくりだ。アリナはゴブオの鼻をぎゅっとつまんだ。

 この行為には無意識の期待があった。悪戯をしたくなったというのが、彼女自身のこの行為の建前である。周囲にはゴブオと彼女以外居ないが、彼女自身への言い訳だ。

 意識より深いところ、無意識の底の方ではアリナはゴブオに起きて欲しいと思っている。だが、ゴブオは起きなかった。アリナは無意識の願いを自覚することは無かった。


 代わりに、幼い頃の思い出に浸った。タロウマルが姉に無惨に殺害される前の思い出。タロウマルとこうして、よく眠ったのだ……。





 











 


 



 

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