第59話 麦茶のグラス

寒さで目が醒めた。

どうやらあのまま泣き疲れて、リビングの床で眠ってしまったようだ。


喉の奥がカサカサしてちょっと痛い。

壁のエアコンが最強になったまま、ゴーッと音を立てながら冷たい風を噴き出している。

その風に直接当たったまま眠ってしまったみたいで、私の身体はすっかり冷え切ってしまっていた。


「ヤバ…風邪ひいちゃったかな?」


麦茶のグラスを持って立ち上がろうとした瞬間、玄関でドアが開く音がした。

そう言えばさっき買い物から帰ってきた時、玄関の鍵を掛けるのを忘れていたんだ。


玄関からドカドカと誰かが歩いて来る気配がする。それも一人ではなく複数の足音…


(え!?誰?どうしよう、強盗?それとも…)


私の脳裏に、あの時の光景がよみがえる。

あの時、そう26年前のあの日、珍之助のバイクで会社に向かっている時、護世会にいきなり拉致された時の光景が私の頭の中に蘇った。恐怖感と共に。


足音が近づいて来る。

どうしよう、どうしよう、もう珍之助も美咲ちゃんも居ない。助けてくれる人は、もうここに居ない。


バーン!とリビングのドアが開いた。


「あ~~っ、暑い暑い!日本ってなんでこんなに暑いんだよぉ!母さん!麦茶!麦茶ある?メッチャ喉渇いてんだよね~!」


「ちょっとォ!お兄ちゃん、なんで自分だけ先にどんどん行っちゃうのよォ~!待ってよォ~!バカ兄貴!」


「うっせぇなぁ!喉渇いてんだから仕方ねぇだろ!ド貧乳のクセにガタガタうるせぇよ!」


「あ~っ!また言った!また貧乳って言った!今日もう五回目だよ!ヘリの無線で一回言って、飛行機の中で二回言って、空港で一回言って、また言った!」


「りんこー、ただいまー!」


「・・・・・」



帰って来た…


コイツら、いきなり何の連絡も無しに帰って来やがった。

私がどれだけ心配したと思ってるの?

なのに帰って来るなり、麦茶とか、貧乳とか。

美咲ちゃんはケロッとした顔でニコニコ笑ってるし、珍之助は相変わらず仏頂面だし…

何なのよ…

アンタら、何なのよ!

もう!一体何なのよっ!


嬉しさや怒りや、色々な感情が混ざり合ってどうしたらいいか分からない。

何て言っていいか言葉が出ない。

頭の中がボワ~ンとしてきて、ブーンと言う低い音が聞こえて来た。

そしてその音がだんだん高くなって、キーンと言う音に変わった。

あれ?コレって…


ピシッ!


私の手の中で、持っていた麦茶のグラスに小さくヒビが入った。



―――― 完 ――――


最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

当初はもっと短い話にするつもりだったのですが、あーだこーだ考えている内にどんどん長くなってしまって…


主人公の凛子ですが、私は結構このキャラを気に入っていて、次の話も凛子ちゃんメインで書こうと思っています。

と言うか、もうアップしちゃってますが…


自堕落OLの坂口凛子が、今度は異世界へ行ってしまいます。

”ハゲの神様”に似たオヤジキャラや、メルティーみたいなギャルも登場します。

よろしければ是非こちらもお読みくださいませ。


―― 異世界OL ――

偽装Bカップのド貧乳OLですが時給350円で異世界を救う事になりました


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イケメンな彼氏が欲しい?じゃ、自分で造ればいいんじゃね?分子レベルから。 サバ太郎 @SABA-TARO

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