第57話 恐れていた現実

―――― 4年後


世界情勢は混沌を極めていた。

ヨーロッパでは、EUから離脱した国々で構成されたNEUが独自の軍隊を作り、欧州の各地でNEU軍とEUとの紛争が起こっていた。

南米ではロシアがキューバに武器供与をし始め、”第二のキューバ危機”と呼ばれていたが、キューバに補給物資を運ぶロシアの貨物船が国籍不明機からの攻撃を受けて沈んだ事をきっかけに、アメリカとロシアの間の緊張状態は極限に達していた。


アジアでは昨年、中国が台湾に侵攻し、軍人と民間人あわせて7万人の死傷者を出した。この時にアメリカ軍が中国軍に対して小型戦術核を使用し、ここから一気に世界中の紛争地で小型戦術核が使用されるようになってしまった。


世界各地で起こる紛争により、日本で暮らす私達の生活にも影響が出始めていた。日本本土が直接戦争に巻き込まれるような事は無かったが、産油国が石油の減産をしたために燃料価格が急上昇し、急激な物価高となっていた。


テレビは四六時中報道番組を流し続け、俳優の山下新之助の仕事も激減した。

世界中に暗い雰囲気が蔓延していた。

だが、ここ最近になって一途の明るい光が見え始めていた。


インド中国国境付近での紛争に乗じ、集団で虐殺や略奪を行こなっていた暴徒を一瞬でせん滅した集団が現れた。その後その集団は、世界各地で起こる紛争地域に現れては略奪や強奪から市民を守り、それに賛同する者が加わってどんどん大きな組織になっていった。


各国の指導者達は、世界各地で圧倒的な支持を集めるようになったその集団の声に耳を傾けざるを得なくなり、今や全世界がその集団の動きに注目していた。

そして、その集団は自らを『名もなき集団:Group Of Anonymous(G・O・A)』と名乗っていた。


<2年間に渡ってタイ北部とミャンマーとの国境付近で続いていた大規模な戦闘ですが、昨日、タイ政府とミャンマー政府の間で停戦合意が交わされました。この停戦の調停には、G・O・Aが深く関わっていると見られ、G・O・Aの調停による停戦はこれで5例目となり、世界各地で今なお続いている戦闘終結への希望の光として、G・O・Aへの期待が高まっています。なお、現地消息筋からの情報によりますと…>


テレビの報道番組の画面には、停戦合意を終えて会場の外に向かうタイとミャンマーの首脳が映し出されており、そこにはSPに囲まれながら両首脳と談笑しながら並んで歩く新太郎と凛花、そしてその後ろには珍之助と美咲ちゃんの姿があった。

迷彩服を着た彼らの胸には、”G・O・A”の文字が刺繍されたワッペンが付いていた。



「あいつら、何だか僕らの手の届かない場所に行っちゃったような気がするなあ…」


テレビの画面を見ながら、山下新之助がポツリとつぶやく。


「うん、ついこの間まではこの部屋で毎日兄弟げんかしてたのにね…でもさ、もう少ししたらきっと戻って来るよ。いきなりドア開けてさ、『母さん!喉渇いた!麦茶麦茶~!』とか言いながら。でさ、凛花が「お兄ちゃん、ちょっと待ってよ~!」って追いかけて来て、美咲ちゃんがニコニコしながら『りんこー、ただいまー!』とか言ってさ、その後ろで珍之助がボーっと立ってるの」


「あはは、そうだね、そんな光景が目に浮かぶなあ」


世界各地で紛争や戦争が続いている。

G・O・Aとして紛争地を飛び回っている新太郎達はまだしばらく帰って来ないだろう。いや、帰って来るかどうかは分からない。世界中には新太郎達の事を良く思っていない勢力だって存在する。

もしあの子達に何かあったら…


24年前、ただぼんやりと、すりガラスの向こうの景色のように見えていた未来が、今現実となってハッキリと見えている。

新太郎、凛花、珍之助、美咲ちゃん…

どうか、無事でいて。

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