第55話 怪物の足音

「ママァ~、お兄ちゃんまた私のタオル使ってる~!何でぇ!何で私の使うのよぉ!マジむかつく!ママも言ってよぉ!」


「うっせぇなあ!いーじゃんかよ、減るもんじゃないし」


「減るもん!新しさが減るもん!」


「ばっかじゃねぇの?そんな事言ってっから彼氏とか出来ねぇんだよ!この貧乳!」


「あ~~~っ!貧乳って言った!お兄ちゃん私のコト貧乳って言った!セクハラだ!家庭内セクハラだ!」


「貧乳に貧乳って言ってナニが悪いんだよ!事実じゃねぇかよ!バーカ!」


「はいはいはいはい、アンタら朝っぱらからギャーギャー喧嘩してんじゃないわよっ!新太郎!凛花のコト貧乳って言うのやめなさいって何度言ったら分かるのよ!それから凛花!タオルくらいお兄ちゃんに貸してやりなさい!」



―――― あれから20年が過ぎた


私と山下新之助は結婚し、翌々年に子供が生まれた。

双子の男の子と女の子。

男の子には新之助から一文字取って”新太郎しんたろう”、女の子には私の名前から一文字取って”凛花りんか”と名付けた。


そんな二人の子供も高校生になり、最近は生意気な口を利くようになってきて少々手を焼いている。


新太郎は父親譲りのイケメン…だと思う。まあ親バカ補正がかなり入っているが。

運動神経も良くって成績もまあまあいいんだけど、父親の血を継いだのか、かなりのアニオタ。

凛花は母親譲りのド貧乳で…いや、まだ彼女も発育途中、これから大きくなる…といいねぇ。今年、アメリカの大学を受験する予定だ。

新太郎は進学せず、二年間アルバイトでお金を貯めて、二十歳になったら青年海外協力隊に入りたいらしい。

親としては進学して欲しいのだが…


山下新之助は相変わらず俳優をやっている。

『もう辞めたい、もう辞める』と言いつつ、何だかんだ言って仕事が来ると断らない。

彼も40歳を過ぎた頃から渋い役どころを演じる機会が多くなってきた。

昨年は日本アカデミー賞の主演男優賞を受賞したせいか、それ以来映画の仕事が増えている。


「りんこー、餃子持って来たよー」


玄関で美咲ちゃんの声がする。

玄関に行くと、餃子が山盛りになった大きなお皿を持って、ニコニコしながら立っている美咲ちゃん。


「美咲ちゃん、いつも悪いねえ」


「いーよー、いっぱい作り過ぎちゃったぁ!」


いいけどさ、美咲ちゃん、朝っぱらから餃子作ってたのかよ…


美咲ちゃんは、私達の隣の部屋に住んでいる。珍之助と二人で。

私と山下新之助が結婚した後、美咲ちゃんと新之助をどうしようか、とても悩んだ。

あのままずっと四人で暮らすわけにも行かないし、かと言って放り出すわけにもいかない。

悩んだ末、珍之助と美咲ちゃんを結婚させることにした。まあ戸籍上だけど。

でも、元々二人は仲が良かったから「結婚して二人で暮らすんだよ」って言っても、さして嫌な顔はせず、美咲ちゃんなんてむしろ大喜びで珍之助と結婚した。

珍之助は相変わらずシレーっとしていて、嬉しいんだか何だか良く分からないまま美咲ちゃんと暮らし始めた。


珍之助は在宅でAI開発の仕事をしている。まあ、自分がAIみたいなもんだから、ぴったりの仕事だろう。

美咲ちゃんは、これまた在宅で英語の翻訳業をしている。



岡島激斗は自分のジムを立ち上げ、そのジムも今では首都圏に15店舗を展開する大きなジムになった。

経営に関する知識がサッパリの岡島激斗は、ジムの経営や運営を優子に任せている。

あのジムをここまで大きくしたのは優子の手腕によるところが大きい。

だから岡島激斗は優子に頭が上がらないらしい。



ハゲとメルティーは、一年に一回くらい、忘れた頃に突然現れる。

ハゲは出会った頃からハゲ散らかしていたので、20年経った今でもそう変わりはないが、メルティーはもう40歳。

イイ感じに歳をとって、めちゃめちゃセクシーな熟女さんになった。相変わらず口は悪いけど。

ちなみにまだ結婚はしていないらしい。



「あ~っ、お兄ちゃんそれ私の納豆じゃん!何で食べちゃうの?信じらんない!マジ信じらんない!」


「ああ?お前コレ食べるの?『納豆なんて臭くて食べらんな~い、マジくっさいし~』とか言ってたじゃんかよ、貧乳のクセに」


「貧乳は関係ないじゃん!…まあいいや、いや、良くないけどさ、お兄ちゃんが私の納豆食べちゃったら私のオカズ無いじゃん!どうすんのよ私の朝ごはん!この陰キャ!アニオタ!」


「アニオタは関係ねぇだろ!…まあいいや、いや、良くないけどさ、納豆ぐらいでギャーギャー騒ぐなよ、そんなに腹減ってんだったら牛乳でも飲んでろよ!牛乳飲めばその貧乳も少しは大きくなるんじゃね?」


「あ~~~っ!セクハラだ!またセクハラ発言だ!ママァ、お兄ちゃんまたセクハラ!」


「もうアンタらいい加減にしなさいっ!ったく、顔あわせればケンカばかりしてっ!グダグダ言ってないで早く食べちゃいなさいっ!」


「あ~………なんか楽しそうだねぇ、どしたの?ファァ~…」


山下新之助がパジャマのまま寝室から出て来た。

昨晩はCMの撮影が長引いて午前3時頃に帰って来たのでまだ眠そうだ。


「ごちそうさま……んじゃあ行ってきまーす」


「あっ、お兄ちゃんちょっと待ってよぉ~!ちょっとぉ~!」


凛花が新太郎の後を追いかけてバタバタと部屋を出て行った。

ケンカばかりしているけど、別々の高校へ通っているのになぜか毎朝必ず二人揃って登校する息子と娘。

何だかんだ言って仲は悪くないみたいだ。


「しんちゃんお腹空いてる?空いてるんだったら用意するけど」


私は結婚以来、山下新之助の事を”しんちゃん”と呼んでいる。

結婚前のように”山下さん”って呼ぶのも変だし、かと言って”新之助”って呼ぶのも馴れ馴れしいと言うか、ちょっと恥ずかしいと言うか…だから美咲ちゃんが呼んでいるみたいに”しんちゃん”って呼んでいる。

山下新之助は私の事を”凛子ちゃん”と呼ぶ。呼び捨てにしてって言ったんだけど、一応年上だから…みたいな事を言ってちゃんづけで呼ぶ。ま、実は照れ臭いんだろうな。


「うーん、そうだなあ…ちょっと何か食べたいかなぁ…朝ごはん、何?」


「餃子」


「餃子ァ?朝から餃子?あ、それって美咲が持って来たんでしょ?」


「正解」


「だよねぇ、朝っぱらから餃子作るのってアイツくらいだもんなあ。まあいいや、餃子で」


「じゃあ焼くからちょっと待っててね」


私が餃子を焼いていると、リビングでテレビを観ていた山下新之助が「ねえ、ちょっとこれ観て!」と私を呼んだ。


「何?どうしたの?」


「うん、ちょっとこのニュースなんだけど…」


山下新之助がテレビのボリュームを上げた。


<EUから昨年離脱した国々で構成される、NEU”新欧州連合”の混成部隊と思われる地上軍が、現地時間午前2時30分頃、ルーマニアとハンガリーの国境付近のサトゥ・マーレに侵攻し、現在も激しい戦闘が続いている模様です。この一報を受け、兼本総理大臣は関係各省庁に情報の収集と対策を徹底するよう通達すると共に、アメリカのギブソン大統領との電話会談を打診している模様です。また、これはまだ未確認の情報ですが、NEUのルーマニア侵攻とほぼ同時刻、インド東北部のタワン地区でインド軍と中国人民解放軍との間で大規模な衝突が起きたと言う情報が入ってきております。そしてこちらも未確認の情報なのですが、タイ北部のミャンマーとの国境付近の町メーホンソンにて、ミャンマー軍の軍用機による空爆が行われ、タイ側に少なくとも30人の死傷者が出ていると言った情報が入っております。また、南シナ海上空で、人民解放軍海軍所属の戦闘機とアメリカ海軍所属の戦闘機が交戦したと言う情報も入っており…>


「ねえ、凛子ちゃん、これ、どう思う?」


「とうとう…始まっちゃったのかな」


「うん…ハゲの神様とメルティーが予測した未来ってヤツ…これかな?」


あの時、珍之助が私の元に来た20年前、ハゲが私に言った言葉を思い出した。


<この世界な、今凛子ちゃんが生きてるこの世界な、この先しばらくすっと色んな国同士で大喧嘩し始めちまうんだな。何かヤベー爆弾とかバンバン撃ち合っていっぱい人が死ぬの。でもな、そんな時に『まぁまぁ、皆さんそうカッカせんと仲良くしましょうや』みたいな感じでその大喧嘩を止めるスーパーヒーローみてぇなヤツが出て来るんだわ。コイツはちょースゲェヤツでな、頭が良くて性格も良し、料理上手で床上手、正にスーパーヒーローなんだけどよ、そいつの母ちゃんってのがな、凛子ちゃん、アンタなんだよ>


だったら、だったらさ、ハゲの言うスーパーヒーローって、新太郎か?

あのひょろっとした、どこにでも居そうな男子高校生の新太郎が世界の救世主になるの?


いやぁ、ないないない!

あの子がそんな、無理無理!あり得ない。

でも…


それに、妹の凛花は私の『女神』の血を継いでいる。

幸いにもまだ『覚醒』はしておらず、例の『負の力』が出た事は無いのだが…

もしハゲの予言した未来が来るのであれば、凛花も何らかの形で関わる事になってしまうのだろうか?


「ねえ、しんちゃん、私、ちょっと怖くなってきちゃった…あの子達が、あの子達の未来が、さっきニュースで言ってた事と関係があるんじゃないかって」


「うん…そうだね。だとしたら…どうしよっか…」


20年間、心の片隅に押しやって封印していた怪物がいきなり目を醒ました。

でもその怪物はまだ姿を見せず、その不気味な足音だけが、私の頭の中で小さく鳴り響いていた。

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