第54話 ぬくもり

「さ、さ、坂口さん、美咲の事がどうとか、珍之助君がどうとか、女神がどうとか、そんなの関係無いです!僕は坂口さんの事が、好きなんです」


「え?」


うそ……

私いま、”好き”って言われた?

山下新之助に”好き”って言われた?

ひょっとして山下さん、酔っ払ってる?

嬉しいけど、メッチャ嬉しいけど…

でもどうしよう、いきなりそんな事言われたって、どうしたらいいか分かんないよ。

どうしよう、どうしよう、どうしよう!


あれ?


何か変だ。

身体が熱い。

頭がポワ~ンとしてきた。


あれ?

頭の中でブーンって低い音が鳴ってる、え?どうした私?

ブーンって音がだんだん高くなってきた、それに目の前が霞が掛かったように真っ白になってきた…


あっ!


コレ、ヤバいヤツだ。


ピキッと言う音を立てて、持っていたマグカップにヒビが入った。

ベランダの大きな窓がガタガタと震えだし、エアコンの室外機のファンカバーが外れてベランダの床に転がる。

壁に埋め込まれている照明灯がパンパンと音を立てて破裂した。


ヤバいヤバいヤバい!落ち着け私!落ち着け!

ダメだダメだダメだ!今ここで”負の力”なんか出しちゃダメだ!


頭の中で鳴っていた音がだんだん小さくなる。

窓の振動が収まった。

視界がだんだんハッキリとしてきた。


「坂口さんっ!坂口さんっ!大丈夫ですかっ!坂口さんっ!」


「あ…え、あ、大丈夫です…」


気が付くと私は山下新之助に抱きかかえられていた。どうやら一瞬気を失ったみたいだ。

あちゃー、こんなに彼とべったりくっついたのは初めてだ。恥ずかしいよぅ。

でも”負の力”は怒りや恐怖の感情が抑えきれなくなると出て来るってハゲが言ってたよな?

嬉しくても出ちゃうの?そうなの?


「すすす、すいません、私、どうしたらいいか分かんなくて、すごく動揺しちゃって」


「ビックリしましたよ!すごいですね、これが坂口さんの持ってる”力”なんですね」


「はぁ…」


さっき山下新之助から貰ったNordgreenの時計の小箱が床に転がっている。

それを拾って開けてみると、時計のガラスにはヒビが入っていて、軸から外れた長針が文字盤の上に落ちていた。


「ああ…壊れちゃった…せっかく貰ったのに…アタシ、何やってんだろ」


「あー、壊れちゃいましたね、大丈夫ですよ、また新しいの買ってきますから」


「いえ、アタシ、この時計でいいです。壊れてたって動かなくたって、山下さんが私の誕生日にくれたモノだから、これがいいです。誕生日に、好きって言ってくれた日に貰った時計…だからこれがいいです」


なーんて。

ちょっとカッコつけて言っちゃった。

でも、本当にこの壊れた時計でいいと思ったんだ。

いつかまた、悲しい事やツラいことがあった時、この時計を見て今日の事を思い出したら、ちょっとだけ元気になれそうな気がするんだ。


「あ~っ、りんことしんちゃん、どしたの~?なんでくっついてんの~?」


背後から美咲ちゃんの声。

振り向くとちょっと開いたベランダの窓の隙間の所に美咲ちゃんと珍之助が立って、ニヤニヤしながら私達を見ている。

私と山下新之助はハッと我に返り、あわててお互いの身体を離した。


「りんことしんちゃん、なにしてたの?なんでギュってしてたの~?」


「えっ!?いや、あの、別に…何でもないよ」


「え~、なんでー?いつもはそんなことしないでしょー?なんで~?」


「おおお、お誕生日だからね、お誕生日はね、さっきみたいにギュってしてもらえるんだよ、そーゆーコトになってるの」


アタシ、何言ってんだ…


「へー、そうなんだー!じゃあ美咲もりんこをギュってしてあげるねー!」


美咲ちゃんはそう言うと、ベランダに出て来て私の身体を抱きしめた。


「ちんのすけもギュってしなよー、はやくー、ちんのすけも来なよー!」


美咲ちゃんが珍之助を呼ぶと、珍之助もこちらへ来るなり無表情で私と美咲ちゃんを抱きしめた。

そして山下新之助も加わって…


元旦の夜のベランダはしんしんと冷え込んでいたけど、みんなに抱きしめられた私は全然寒くなかった。


遠くで多摩川の鉄橋を渡る電車のゴトンゴトンという音が聞こえる。


あったかいな…


このままずっと、ずっとず~っとこのままだったらいいのに。

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