第53話 オメデタ三昧

「あの~、みなさん、すいません。ちょっとご報告したい事があるんですけどー」


岡島激斗が部屋の中央で立ち上がって皆を見回しながら言った。

全員が岡島激斗に注目する。


「あの~、えーと、じ、実は、この度、わたくしっ、お、岡島、げ、激斗はっ…あの、え、え~」


岡島さん、顔が真っ赤よ。

何なんだ?

そんなに恥ずかしい事なの?


「わ、わたくしはっ、おっおっおっ、岡田優子さんと、け、けけけ結婚することになりましたぁっ!」


え゛~~~~!?

なにそれ!

マジ驚いた!

つーかさ、岡島さん、アンタ美咲ちゃん狙いじゃなかったの?


私の横に居る優子を見ると、もう顔が真っ赤っか。

うひゃあ、アンタらいつの間に!?


「ゆ、優子、これマジ?ホント?ホントに岡島さんと結婚するの?」


「うん…凛子ちゃんには話しておこうかと思ったんだけどね、話すきっかけが無くて…本当はまだ発表するつもりじゃなかったんだけど、岡島クンが『今日はみんな集まってるし、お正月だし凛子ちゃんの誕生日だし、おめでたいから今日発表しちゃおう!』って」


「優子ォ!おめでとう!良かったねぇ!今まで大変だったけど明生クンも戻って来たし、やっと幸せになれるね、良かった良かった、あたしゃホントに嬉しいよ!」


「うん、明生が戻って来れたのも、岡島クンと会えたのもみんな凛子ちゃんのおかげだよ。ありがとう」


「いいよいいよ、お礼なんて言わないでよ、みんな自分のためにやった事だよ。あ~ホントに良かったあ!」


英女子大附属病院から優子の息子の明生クンを連れ出した後、明生クンはリハビリを兼ねて岡島激斗のジムでやっている子供向けのムエタイ教室に通っていた。

その時に岡島激斗は自分の車で明生クンの送り迎えをしてくれていたらしい。優子の家とジムを往復するうちに、優子も岡島激斗もお互いの事が気になり始めて…

でも思い起こせば、この二人は妙にいつも一緒に居たよなあ。

明生クンも岡島激斗にやたら懐いてるし。


結婚式は再来月。内々でこじんまりやるそうだ。

ちなみに優子はもう岡島激斗のマンションに引っ越しているらしい。

全然気が付かなかったよ……あたしゃこーゆーコトに鈍感だからねえ。


あーあ。また先を越されたか。


嬉しいけど、嬉しいけどチョット寂しい。


その後はもう、みんなでどんちゃん騒ぎ。

恒例?の『美咲ちゃんお着換えファッションショー&撮影会』が始まったかと思えば、珍之助と岡島激斗の腕相撲敗者一気飲み対決(当然ながら岡島激斗はまったく勝てない)で盛り上がり、その後は優子と岡島激斗のお互いの知らない秘密暴露合戦。そして山下新之助の芸能界の裏側のハナシなど、みんなで大いに盛り上がった。



「じゃあそろそろ僕らは帰りますね、今日はホント、楽しかったです!それから今度また改めて結婚パーティーの招待状持ってきますんで」



岡島激斗と優子はそれぞれ明生クンの手を握って仲良さそうに帰って行った。

もうすっかり家族っぽくなってるなあ。


その後は私達四人で後片付け。

美咲ちゃんはよほど楽しかったらしく、ご機嫌な様子で鼻歌を歌いながら私と一緒にお皿を洗っている。

その横で、相変わらずの仏頂面で皿を拭く珍之助。

山下新之助は散らかったリビングの後片付けをしている。



ひと通り片付いたので、私は美咲ちゃんが入れてくれた熱い紅茶の入ったマグカップを持ってベランダに出てみた。

元旦の夜風は冷たかったけど、お酒を飲んでちょっと火照った身体には心地良い冷たさだ。


この部屋は5階なので景色が遠くまで見えるわけじゃないけど、隣のマンションと雑木林の向こうに多摩川に掛かる鉄橋を渡る田園都市線の光がチラチラと見えた。


吐く息が白い。


ここでこうしているなんて、去年の私が知ったらさぞ驚く事だろう。

珍之助が私の所に来て以来、私を取り巻く環境が目まぐるしく変わった。

たった六ヶ月の間だけど、これでもか!ってくらい色んな事があった。

楽しい事、悲しい事、怖かった事、驚いた事…

でもそんな事を経験する時、珍之助や美咲ちゃん、そして山下新之助がいつもそばに居た。

なんてね。

ちょっとしみじみしちゃったけど、まあこんなのも悪くはないか…



<ガラガラガラ…>


ベランダの大きな窓を開けて、山下新之助がやって来た。

片手に飲み物の入ったマグカップ、もう片方の手には小さな紙袋を持って。


「あれ、山下さんも酔い覚ましですか?」


「あー、いやぁ、まあそんなトコです。あの…これ」


山下新之助が遠慮がちに手に持った小さな紙袋を私に差し出す。


「え?何ですか?」


「あの、大したものじゃ無いんですけど…誕生日プレゼントです、ハハハ」


「えっ?うそ?え~~、そんなあ、いいのに…でもすごく嬉しいです!ありがとうございます!」


「いえいえいえ、高価な物じゃないんで、遠慮しないでください」


「えー?何だろ…開けてもいいですか?」


「はい…でもホントに大した物じゃないんですよ」


私は紙袋の中に入っていた四角い箱を取り出し、その箱を開けてみた。

箱の中にはローズピンクの可愛い女性用腕時計が入っていた。


あ、これ、Nordgreenの時計だ!


ファッション雑誌で見て『シンプルでいいなあ、欲しいなあ』と思っていたのだ。


「わぁ!Nordgreenの時計!コレ欲しいと思ってたんです!わぁ~、やったあ!マジで嬉しい!ありがとうございます!」


「良かったぁ…気に入ってもらえたみたいで安心しました。何せ神様から昨日連絡があって『凛子ちゃんの誕生日、明日の元旦だから』って。それで急いで買いに行ったもので…」


ああ、何か気ィ使わせちゃったみたいで恐縮だなあ…

でもさ、若手人気俳優の山下新之助に誕生日を祝ってもらったばかりか、個人的にプレゼントまで貰えるなんて、今のワタシ、超絶ラッキーなんじゃないか?


「あの、山下さん、あと数日で沖縄ロケも終わりますよね?私と珍之助がここに居候させてもらえるのも沖縄ロケが終わって山下さんが帰って来るまでって事になってたかと…あの、だからそろそろ帰る準備しておきますね」


「あー、そう言えばそんな事言いましたね……あの、僕としてはまだこの部屋に居てもらっても全然構わないんですが」


「でも……」


そりゃ私だって帰りたくないよ。

今のこのメンバーでの生活が当たり前のようになっちゃっていて、今さらまた珍之助と二人きりであの荻窪のアパートで暮らすなんて、何だかちょっと寂しい。

仕事から帰ると美咲ちゃんがバタバタ走って来て、屈託のない笑顔で「りんこ、おかえりー」って言ってくれて、リビングでは珍之助が仏頂面でアニメとか見ていて、たまに山下新之助が帰って来て四人で食事して…こんな場面が私の生活から無くなっちゃうんだ…

でもさ、珍之助は男だからいいとして、女性の私が山下新之助の部屋に居候してるなんて、やっぱり変だよね。山下さんの事を考えたら、私は出て行かなきゃならないよね。


「あ、あの…山下さん、もしこの先山下さんに彼女さんが出来たとしたら、いえ、必ず出来ると思うんですけど、山下さんは彼女さんに私の事をどう説明するんですか?『一緒の部屋に住んでるけど特別な関係じゃありません』って説明しても『ああそうですか』って彼女さんが納得してくれると思います?私だったら絶対納得しませんよ…だから、私と珍之助は山下さんが沖縄ロケから帰って来たら、最初の約束度通り出て行きますね」


「ああ、まあ、そうですね…でも美咲の事もあるんですよね。もし僕に彼女が出来たとして、美咲の事を何て言って説明したらいいか…『僕が粘土から作りました』って言っても信じてもらえるワケないし…実を言うと、彼女が出来たら美咲の事をどう説明しようかって、よく考えるんですよね、そりゃ僕だっていつかは結婚したいし」


「そうですよね、私はこの部屋を出て行けばいいけど、美咲ちゃんはそうも行かないし…ちょっと困りますよね」


「でしょう?でもですね、ひとつだけ解決策を思いついたんです」


「え?どんな?」


「美咲の事を知らない女性を彼女にしようと思うからダメなんですよ。僕の知り合いに美咲の事情を知ってる女性が居て、その人だったらいいかな?って」


え?美咲ちゃんの事を知ってるのって、私と、優子と、岡島激斗だけだよね?それ以外にも居るの?

今の山下新之助の口っぷりだと、美咲ちゃんの事に関してかなり詳しく知っているみたいだよね?

いったい誰?


あ!居た!


メルティーだ!


そうかぁ…山下さん、メルティーの事が好きなんだ。なあんだ、そうだったのか…

メルティーだったら美人だし、スタイルいいし、口は悪いけどイイ子だし、おっぱいGカップだし…


「山下さん、確かにその人だったら美咲ちゃんの事、よく理解してますよね。それにすごく美人だし、言葉遣いはちょっとアレだけど中身はすごく優しいし」


「あ、あははは、ま、まぁそうですね、彼女って勝気な性格で男勝りで、たまにヤンキーみたいな話し方するんですけど、本当はすごく優しい人で、涙もろくて…それにスタイルいいんですし、えへへ」


「あ~、そうですよね~、スタイルめっちゃいいですよね!」


「そうなんですよ、僕は仕事柄、いつも女優さんとか見てるんですけど、あんなにスタイルのいい人って芸能界でもあんまり見かけないです」


「ですよね~!まだ若いから肌もピチピチだし、髪も長くて綺麗だし」


「うーん、若い…?ま、まあ、まだ若いって言えば若いかな、あははは。あれ?髪の毛…長くないですけどね、まあいいか!あはははは」


あれ?山下新之助の表情が、何だか微妙だぞ。

若干引き気味って言うか、困惑してると言うか…ひょっとしてワタシ、何か変な事言った?


「山下さんはその人の事、好きなんですよね?ひょっとして、もう告白とかしちゃったんですか?」


「え?こ、告白、ですか?あっ、いや、まぁ、えっと、ま、まだしてないって言うか、その…何て言ったらいいか…ア、アハハハ」


「もう、なに照れてんですかぁ!ここまで聞いちゃったら、私その人が誰なのか分かっちゃいましたよ!」


「えっ!?ええっ!あの、それって…」


「その人って、あれでしょ?『女神』でしょ?」


「あっ!いや、まあ…ハイ、そうです」


ほ~ら、山下さん、図星だ!そっかぁ、メルティーかあ!

メルティーだったら私や美咲ちゃんの事も分かってるし、何の問題も無いよね。

メッチャ美人だし、山下新之助と並んでもお似合いだよな。


メルティーかぁ…


ひょっとしたら私が全然知らない人だと思ったけど、メルティーならまあいいか。

メルティーは父親違いの妹だしね。

つー事は、メルティーと山下新之助が結婚したら、山下新之助は私にとって『義理の弟』になるのかぁ。


「山下さん、それだったら私、山下さんの事を”山下クン”って呼んじゃおっかな~。あ、それとも”新之助クン”の方がいいかなぁ?」


「アハハハハ、まぁ、どっちでも、いいです」


「それとも美咲ちゃんみたいに”しんちゃん”って呼んじゃおっかな!義理とは言え”弟”なんだし」


「え?」


「ん?」


「弟?」


「弟でしょ?」


「何が?」


「何がって…だって義理の弟って事になりますよね?メルティーは一応私の妹だし」


「メルティー?」


「メルティーですよね?」


「何が?」


「え?」


「え?」


「山下さんの好きな人って、メルティーじゃないんですか?」


「ちちちちち違いますよォ!メルティーさんじゃないですよォ!」


「じゃあ誰?誰ですかぁ?」


「だから、あの…男勝りで」


「男勝りで?」


「勝気で」


「勝気で?」


「ちょっと口が悪くて」


「口が悪くて?」


「でも優しくて」


「優しくて?」


「ちょっとツンデレで」


「ツンデレで?」


「涙もろくて」


「涙もろくて?」


「スタイル良くって」


「スタイル良くって?」


「女神」


「ほら~、やっぱりメルティーじゃないですかぁ!もう!」


「Bカップで」


「え?」


「今、僕の目の前で思いっきり勘違いをしてる人です」


「え?」


「……坂口さん、美咲の事がどうとか、珍之助君がどうとか、女神がどうとか、そんなの関係無いです。僕は坂口さんの事が、好きです」


「え?……」

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