第48話 世界の仕組み

「まずはな、凛子ちゃんの事を話す前にな、この世界の事を話しておかなきゃならねえんだ。ちょっとややこしい話なんだけどよ、まあ黙って聞いてくれや」


「世界の事?何それ?・・・まあいいや、話して」


「凛子ちゃんたち人間が知っている事ってよ、この世界は地球があって、宇宙があって、その宇宙にはいっぱい星があって、銀河系とか何とか系とか、そんなのが果てしなく広がってて・・・って感じだろ?まあ、それは合ってる。正解だ。でもな、それはひとつじゃなくて無限にあるんだわ、人間の考えてる世界みてぇなモンがな、ミルフィーユみてぇによ、上下にいくつもダーッと重なっててよ、それこそ無限に積み重なってるんだわ」


「はぁ・・・」


「でな、そのいくつも無限に積み重なってる世界だけどな、今は分かりやすいように三つの層だけを例にして考えてみて欲しいんだけどな」


「三つの層?えーと、パフェみたいな?一番下がプリンで真ん中がチョコレートで、一番上が生クリームみたいな?」


「そうそう、まあそんな感じだ。でな、三層の一番上にある生クリームに当たる世界、これを仮に『世界A』と呼ぶことにする。この世界はな、俺やメルティーが住んでる世界だ。でな、『世界A』の一層下、凛子ちゃんが住んでるこの世界な、チョコレートの部分だ。これを『世界B』と呼ぶことにしよう。そしてこの凛子ちゃんが住んでる世界の一層下の世界、三層の一番下でプリンに相当する世界。これを『世界C』と呼ぶ。本当は無限に層が連なってるんだけどよ、今回は分かりやすくするためにこの三層で考えるとしよう」


「えーっと、よく分かんないんだけど・・・私が居るこの世界の上と下にそれぞれ別の世界があるって事?で、アンタとメルティーはひとつ上の世界から来たって事?」


「そうだ、その通り。ちなみにな、四次元って聞いた事あんだろ?『一次元は前と後ろの線、二次元は一次元に上下が加わった平面、三次元はさらに左右が加わった立体、四次元はそれに時間の概念が加わったモノ』って人間は考えてるみてぇだけどよ、四次元は時間なんかじゃなくて、この無限に積み重なった世界の状態の事なんだよ。まあいい、こりゃ蛇足だったな」


「はぁ・・・」


「でな、この積み重なったそれぞれの世界はな、通常は行き来する事が出来ねぇんだ。でも変だろ?俺やメルティーは『世界A』から凛子ちゃんの居る『世界B』へ来てるじゃんか?変だよな?さっき『通常は』行き来出来ないって言っただろ?これな、それぞれの世界に何人かは一層下の世界とを行ったり来たりする事が出来る能力を持ったヤツが存在するんよ。俺とメルティーはその能力があるのよ」


「何で?何でアンタとメルティーはそんなチートな事が出来るのさ?メルティーはまあいいけどさ、アンタは何でそんな事が出来るのよ?ハゲのクセに」


「ハゲは関係ねぇだろ!まあいいや。それはなぁ・・・それを話すと半年くらい掛かっちまう長い話でよ、まあ簡単に言うと、俺やメルティーの居る世界のもう一層上の世界の奴らが関係していて、そいつらももう一層上の世界の奴らにアレして・・・って感じでキリがねえんだ。だからまあ、ここは『そーゆー事になってる』って事で納得してくれ」


「はぁ・・・」


「そんでよ、俺とメルティーは『世界A』と『世界B』を行ったり来たり出来るだろ?この凛子ちゃんの居る『世界B』にもな、一層下の『世界C』とを行ったり来たり出来る奴らが存在するんだよ。それがな、凛子ちゃんを襲った『護世会』の奴らだ」


「そうなの!?じゃあ『護世会』の奴らって、アンタやメルティーと同じように物を一瞬で動かしたり、未来を予測したりできるの?」


「いやいや、それがよ、『護世会』の奴らはこの『世界B』ではそんな能力は使えねぇんだ。奴らがそんな能力を使えるのは一層下の『世界C』にいる時だけなんだよ」


「はぁ・・・」


「ちなみにな、俺やメルティーも自分の世界の『世界A』に居る時は何の能力も使えねぇんだよ。ただの一般人だ。要するにな、一層下の世界に行く能力を持ったヤツはな、自分が生まれた世界では魔法みてぇな力は使えねえ、そんな力を使えるのは一層下の世界に居る時だけなんだ」


「ふーん、そうなんだ。でもさ、アンタがくれたあの『所在を隠すキーホルダー』を護世会のやつらが探してたって相沢が言ってたよ。それに相沢製薬にコロナワクチンの製法を教えたのも護世会だって。でもさ、アンタが言うには護世会の奴らってこの世界では何の能力も無いんでしょ?だったらどうしてキーホルダーを探したり、ワクチンの作り方を知ってるのさ?」


「そう、そこだ!さすが凛子ちゃん、頭の回転が早いな。実はな、俺やメルティーが居る『世界A』にな、俺達の他にこの一層下の『世界B』を行き来できる能力を持ったヤツが居るんだわ。そいつの名前は孕石はらみいしって言うんだけどよ、そいつが護世会の奴らをたぶらかして、操ってるんだよ」


「なに、それ?どう言う事?」


「コロナウィルスな、凛子ちゃん達人間が大騒ぎしてるコロナだけどよ、俺達の居る『世界A』だとコロナなんて風邪みてぇなモンなんだ。全然大した事ねぇの。薬局で薬買って飲めばすぐ治っちゃうようなモノなんだわ。だからコロナワクチンの製造方法なんて『世界A』の図書館にでも行ってちょっと調べりゃ誰だって手に入るんだな」


「へぇ~、そうなんだ、こっちは大騒ぎなのに」


「だから孕石は『世界A』で調べたワクチンの製造方法を護世会に渡してよ、そんで護世会は相沢を利用するためにそのワクチンの製造方法を相沢にくれてやったってワケだ」


「じゃあキーホルダーの件は?」


「俺達『世界A』の者はよ、こっちの『世界B』に居る時は魔法みたいな能力が使えるって言っただろ?例えば俺が凛子ちゃんの居場所を知りたいと思うと、その能力ですぐさま凛子ちゃんを見つける事が出来るんだわ。でもな、凛子ちゃんがあのキーホルダーを持ってると、俺らは凛子ちゃんを探せなくなっちまうの。そーゆー特殊な機能があるんだわ、あのキーホルダーには」


「あ~、前にもそんな事行ってたよね、アンタ」


「だからよ、孕石は凛子ちゃんを探すためにキーホルダーを取り上げなきゃなんねえのな。そんで護世会の奴らにキーホルダーを奪うように命令してだな、相沢を使って凛子ちゃんからキーホルダーを盗もうとしたんだな」


「ふーん・・・でもその孕石ってヤツは何でそんな事するのさ?」


「孕石はな、ある理由で凛子ちゃんの居る『世界B』の人間をすっげー憎んでるんだ。でよ、そいつも俺やメルティーと同じように、凛子ちゃんの居る『世界B』の未来を見る能力があるべ?だからこの世界で将来起きる紛争を利用して世界中の人間を根絶やしにしてな、自分が頂点に立つ世界を作ろうと画策したんだ。護世会と凛子ちゃんを利用してな」


「はあ?何でアタシが利用されなきゃならないのさ?アタシ関係無いじゃん!何でよ?」


「それが今回の件の一番重要な部分なんだよ。これから俺が話す事、すぐには信じられないかもしれないけどな、凛子ちゃんにとって大切な事だからよく聞いてくれ」




ハゲはソファーに姿勢を正して座り直すと、脇に転がっていたティッシュの箱からティッシュを二枚ほど取り出して額の汗をぬぐった。

これまでは人をバカにしたような、ふざけた態度のハゲしか見た事が無かったが、今日はいつもと全然雰囲気が違う。

落ち着いた態度でゆっくりと話し、真剣な目つきで私を見つめている。ハゲのクセに。




「凛子ちゃん、おめぇよ、母ちゃんの事って憶えてるか?」


「お母さんの事?うーん・・・父さんと母さんが離婚したのって私が三歳の時だからなあ。お母さんの事ってほとんど記憶に無いんだよね。なぜか分からないけど写真も一枚しか残ってないんだ。だからさ、母さんの顔ってその写真の顔しか知らないんだよね・・・でも何でいきなり私のお母さんの事なんて聞くの?」


「あのな、凛子ちゃんの母ちゃんはな、この世界の人間じゃねぇんだよ、俺達と同じ『世界A』から来たんだ」


「は?何言ってんの?ハゲのクセに」


「ハゲは関係ねぇだろ!まあいいや・・・凛子ちゃんの母ちゃんはな、俺やメルティーと同じように『世界A』と『世界B』を行き来する事が出来る能力を持ってんだよ。しかもな、凛子ちゃんの母ちゃんは『女神』なんだ」


「め、女神?女神って、メルティーと同じ、女神?」


「ああそうだ。メルティーと同じだ。でもな、凛子ちゃんの母ちゃんは重大な過ちを犯してしまったんだよ、この『世界B』で」


「過ち?なんなの?その過ちって」


「母ちゃんはな、凛子ちゃんの父ちゃんを好きになっちまったんだ。違う世界の人間を好きになっちまった。そんで子供を作っちまったんだ、凛子ちゃんと、凛子ちゃんの兄貴を」



私のお母さんが違う世界から来たって!?

そんな事いきなり言われたってなあ・・・

だって、私は母に関する記憶がほとんど無い。

三歳の時に両親は離婚したと聞かされていたし、離婚して別れたから母方の親戚が居ないのは当然だと思っていた。

だからそんな事を言われても、正直言って驚いていいのか、それともシレっと受け流せばいいのか良く分からないのだ。



「あのな、凛子ちゃん。父ちゃんと母ちゃんが出会って子供が出来て離婚して・・・それだけだったら別にどうって事はねぇ、よくある話だ。でもよ、これに限っちゃそうでもねぇんだ」


「はぁ・・・ちょっとなにいってんのかよくわかんないけど・・・まあいいや、続けて」


「あのな、『女神』と違う世界の人間の間に子供が出来た場合な、それが男なら何の問題もねぇんだ。でもよ、生まれた子供が女だった場合、それは異世界の女神の血を引く『』を持った女神が生まれちゃうんだよ。それがよ、おめぇだ、凛子ちゃんが負の力を宿す女神なんだよ!」


「ふーん、そうか、私って女神なんだ!そうかそうか・・・って、いやいやいや、ちょっと待てよ!アタシはただのOLだよっ!27歳にもなって結婚も出来ない、浮いた話のひとつも無い、ただの寂しいOLだよっ!それに負の力がどうだとか、何バカな事言ってんの!こんな時に中二病みたいな冗談言わないでよ!ハゲのクセに」


「ハゲは関係ねぇだろ!まあいいや・・・凛子ちゃん、さっきこの部屋の電球が割れたりテレビが倒れたり戸棚のガラスが割れたりしただろ?あん時って凛子ちゃんどうしてた?」


「え?あの時?・・・うーん、良く分かんないけど・・・珍之助が殺されそうになった場面が頭に浮かんで来て、ドキドキしてきて・・・ブーンって音が聞こえて来て・・・身体が熱くなって・・・」


「だろ?そんなふうにな、怒りや恐怖の感情がワーッと込み上げてくるとな、凛子ちゃんの中から負の力が溢れ出して近くにある物を壊しちまうんだ。それが凛子ちゃんが持ってる負の力だ」



ハァ?・・・いきなりそんな力がどーだとか言われても意味が分からない。

だから何だって言うのだ。仮にもし私がその負の力とやらを出す能力があったとしても、何で私が拉致されて殺されそうになったりしなければならないんだ?



「凛子ちゃん、護世会の奴らに拉致されて連れて行かれた場所でな、奴らは凛子ちゃんに何をしようとしてたんだ?」


「あいつら・・・私の卵巣を摘出するって言ってた」


「そうか・・・護世会はな、凛子ちゃんの卵巣から卵子を取り出して、凛子ちゃんと同じ『負の力を持った女神』を生もうとしていたんだな、将来その負の力を使って、この世界から人間を一掃するためにな」


「でもさ、さっきだってそうだったけどさ、その負の力とかがあってもせいぜい電球を割ったり物を倒したりできるくらいじゃん。人間を一掃するなんて出来るわけないじゃん」


「あのな、その負の力ってのはな、小さい時から訓練みてぇな事をするとどんどんでっけぇ力を出せるようになるんだ。そんでな、その力を最大限出せるようになるのが身体能力が一番高くなる17~18歳頃なんだ。そんでそれ以降はどんどん力が減っていくんだよ。凛子ちゃんはもう27歳だべ?だからもう大した力は出せねぇよ」


「あのさあ、『もうアンタは婆さんだから女としての魅力が無い』みたいに言わないでよ」


「しゃあねぇだろ!そーゆーモンなんだからよ!でな、その最大限出せる時の負の力ってのはスッゲー強烈でよ、下手したら大陸の一つや二つ吹っ飛ばすくらいの威力があるのよ。だから護世会の奴らはその負の力が欲しくて凛子ちゃんの卵巣を取り出そうとしたってわけだ」


「ふーん・・・でもさ、護世会は何でそんな事を知ってるの?私が女神だとか、そんな力を持ってるとか」


「それはさっき言っただろ?俺やメルティーみたいに『世界A』と『世界B』を行き来出来る孕石ってヤツが居て、そいつは『世界B』の人間を憎んでるって。そいつが護世会の奴らに凛子ちゃんの事とか負の力の事を吹き込んでたんだよ」


「じゃあ護世会の連中もその孕石ってヤツに利用されてたって事?」


「まあ、簡単に言えばそう言う事になるわな。でもな、護世会は護世会で、『世界C』の住人をこの『世界B』へ連れて来て、自分達が頂点に立つ世界を作ろうとしてたんだ。まあ、利害が一致したってわけだ。でも女神が放つ『負の力』を使われたら、いずれにせよ護世会の奴らも消されちゃう運命なんだけどな」


「そうなんだ・・・その孕石ってヤツさ、そもそも何でそんなに私達『世界B』の人間の事を憎んでるの?人間を根絶やしにしたいほど憎んでるって、尋常じゃないよ」


「あのな・・・実はな、凛子ちゃんの母ちゃんとその孕石ってヤツな、ずっと恋仲だったんだな」


「え?私のお母さんと?そいつが?恋人同士だったの?」


「ああ、そうだ。『世界A』では恋人同士だったんだ。でもな、凛子ちゃんの母ちゃんが父ちゃんを好きになっちゃってよ、母ちゃんは孕石を捨てて凛子ちゃんの父ちゃんの元へ行っちまったんだ。そんで孕石は激怒してな、この『世界B』の人間をすべて殺してやる!って思い始めちまったのよ」


「え~~~!」


「これがこの話の真相だ。まあ、簡単に言えば、『異世界間を跨ぐ壮絶な痴話喧嘩』って感じだな」


「そんなぁ・・・・」



「ねえねえ、ちょっと!みんなテレビ見て!」


優子が倒れていたテレビを驚いた表情で指差して叫び出した。

画面にはニュース番組の生中継の映像が映っており、そこに映しだされていたのは倒壊して瓦礫の山と化している建物だった。

赤色灯を点滅させて停まっている救急車やパトカー、消防車と、瓦礫を掘り起こしている重機、その傍らで埋もれた者を救助しているレスキュー隊員・・・


『本日午前11時頃、江東区辰巳三丁目の雑居ビルが突然倒壊した模様です。現在も数名の方が倒壊した瓦礫の中におり、現場ではレスキュー隊員による懸命な捜索が続いています。えー、今現在、生存者の安否など詳しい事は分かっておりません。倒壊の原因については警察と消防で調査を行っており・・・』


「凛子ちゃん、ここだよっ!凛子ちゃんと珍之助君が居たのはここだよっ!」


優子がテレビの画面を指差して血相を変えて叫んでいる。


そうだ・・・ちょっとだけ思い出した。

護世会の奴らに病院みたいな建物に連れ込まれて、初老の男性に『あなたの卵巣を取り出す』って言われて、珍之助が連れて来られて・・・

怖くて、ツラくて、どうしようもない怒りが込み上げて来て、目の前が真っ白になって、頭の中にあのブーンって音が鳴って、プツっと意識が途切れて・・・


「凛子ちゃんよ、さっきこの部屋で負の力が出た時は電球やガラスが割れるくらいで済んだけどな、本当に怒りや憎しみが抑えきれなくなると、今の凛子ちゃんでもこれくらいの力が出ちまうんだぞ」


ハゲがテレビの画面を見ながら、おもむろにつぶやく。

ああ・・・これ、私がやっちゃったんだ・・・

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