第46話 負の力
----------- 柿本エージェンシー 1階エントランス -----------
岡田優子は、会社の前で岡島激斗を待っていた。
山下新之助が岡島激斗に連絡してくれたので、珍之助のバイクのGPSトラッカーが示す場所まで一緒に行く事になったのだ。
柿本エージェンシーの前に岡島激斗が運転する銀のSUVが停まった。
「優子さん、乗ってください!早く!」
優子が助手席に乗り込むと、岡島激斗が運転するSUVはタイヤを軋ませながら急発進した。
後部座席には美咲ちゃんが乗っており、心配そうな表情で優子を見つめている。
「優子さん、山下君が僕の所にもGPSの座標を送ってくれたんですけど、ここって辰巳埠頭ですよね?」
「ええ、会社とは全然別方向だし、凛子ちゃんがこんな場所に行くなんて絶対あり得ないんです!絶対におかしい!」
「ですよね?何かヤバい事に巻き込まれてなきゃいいけど」
SUVは四谷駅前を右折して外堀通りに入り、虎ノ門ヒルズを抜けて環状二号線をひた走り、有明中央橋を左折した。辰巳埠頭まではもう目と鼻の先だ。
------- 都内 凛子が監禁されている施設 ------
初老の男性は珍之助の髪の毛を掴み、頭を持ち上げた。
珍之助は意識が朦朧としているようで、何の抵抗も示さない。両手首は簡単にあっけなく切り落とせてしまったが、この太い首はどうだろう?
一発で切り落とせるか?それとも何回か打ち付けなければならないのか?
この日本刀の切れ味を試すちょうど良い機会だ。
手術台に押さえつけられている坂口凛子は、あまりの凄惨な光景に耐えられなかったようで、白目を剥きながら歯を食いしばり、小刻みに身体を痙攣させている。
ちょっと刺激が強すぎたか?この女、狂ってしまったのか?
まあいい、どうせ卵巣を摘出したら死ぬ運命だ。
護世会のため、人類の新しい未来のためにこれくらいの犠牲はあってしかるべきだ。
男性が珍之助の髪をさらに引っ張って頭を持ち上げ、珍之助の首を落とそうとしたその瞬間・・・
手術台で押さえつけられている坂口凛子の口から、恐ろしい断末魔のような叫び声が発せられた。
するとパンパンと言う音がして天井に埋め込まれていた蛍光灯が一斉に破裂した。
手術台の横にある心電図モニターなどの機器が激しい火花を散らして火を吹き、医療用酸素ボンベのバルブが飛んで、ボンベから勢いよくガスが噴出した。
そして部屋の壁には見る見るうちに四方八方から亀裂が走ったかと思うと、ドンドンドンと言う爆音を響かせながら四方の壁が部屋の内側に向かって爆発し、コンクリートの大小破片が部屋内に飛び散った。
ある者はそのコンクリートの破片が頭に直撃して倒れ、ある者は天井から落ちてきたコンクリートの下敷きになった。
凛子が乗せられていた手術用ベッドも倒れ、凛子は意識を失ったまま床に投げ出されたが、倒れたベッドが上手く盾になってコンクリートの直撃はまぬがれた。
珍之助は肩のあたりに、壁から飛んできた大きなコンクリートの破片が当たり、チェーンでイスに拘束されたままの状態で床に倒れた。
部屋の四方の壁がすべて吹き飛ぶと、鉄筋の柱の一本が重さに耐えかねて真ん中あたりで折れ曲がり、それに釣られるかのように建物自体が片方に傾き、やがて鉄筋コンクリート3階建ての建物は粉塵を巻き上げながら積み木崩しのように崩壊した。
-------- SUV車内 岡島、優子、美咲 ----------
「あれー?あれ何かなあ?煙が出てるよー!」
美咲が指差した先を見ると、大きな物流倉庫の向こうで灰色の煙が立ち昇っている。
でもあの煙、火事の煙じゃないみたいだし・・・まさか、凛子と珍之助君があそこに居るんじゃ!?
物流倉庫の横の小道へ入って一つ目の角を曲がると、粉塵と思われる煙で視界が悪くなった。
GPSのマーカーが示す場所は、もうすぐそばだ。
さらに進むと、粉塵の中に倒壊した建物が見えてきた。そしてそのすぐ傍には、倒れたバイクが・・・
「あ、あれ、しんちゃんのバイクだー!」
美咲が前方で倒れているスポーツバイクを指差して叫ぶ。
優子は愕然とした。イヤな予感が当たってしまった。
岡島と優子、美咲はSUVを降りると倒壊した建物の瓦礫の前で立ち尽くした。
所々からチラチラと弱い炎が見え隠れしており、そこから煙が立ち昇っている。
「こ、この中に凛子ちゃんと珍之助君が居るんじゃ・・・」
「わかりません、でも・・・もしそうだったら一刻も早く助けないと」
三人は瓦礫の中に入って凛子と珍之助を探した。
大きな瓦礫の下敷きになって、血を流して動かなくなっている目出し帽の男性や、グリーンの医療服を着た男性の姿・・・
瓦礫の下には既に息絶えている人間が数多く倒れていた。
「あっ!りんこー!りんこー!」
美咲が大声で叫んでいる。
岡島と優子が美咲の元へ行くと、横倒しになった手術用ベッドの陰で凛子が倒れている。
三人で瓦礫を取り除き、凛子の身体をベッドの横から引っ張り上げた。
服はボロボロで顔や腕も傷だらけだが、心臓の鼓動は脈打っている。どうやら気絶しているだけのようだ。
そして凛子が倒れていた数メートル先の瓦礫の下に、珍之助が埋まっていた。
急いで瓦礫を持ち上げて珍之助を引っ張り出したが・・・
「きゃーっ!」
優子は珍之助の血だらけの身体を見て思わず声を上げてしまった。
その両腕には、手首から先が無かったのだ。
「珍之助君、大丈夫かっ!おい!しっかりしろ!生きてるかっ!」
岡島激斗が珍之助の頬を叩くと、珍之助は薄っすらと目を開け、ボソッとつぶやいた。
「凛子は・・・凛子は?」
「大丈夫だ!凛子ちゃんは無事だぞ!今すぐに止血してやるからな、頑張れ!」
岡島激斗は瓦礫の下にあった電気配線のコードを引きちぎり、珍之助の両腕に巻き付けて止血をした。
「このままじゃ危ない!すぐに珍之助君を病院へ連れてかないと!」
岡島激斗は珍之助や美咲の生い立ちをまだ知らされていない。
だから珍之助が普通の人間だと思っているのだ。
もしこのまま普通の病院へ担ぎ込まれたら、色々マズイ事になるのでは?
事情を知っている優子は焦った。
「岡島さん、珍之助君は普通の病院じゃダメなんです!取り合えず山下さんのマンションに連れて行かなきゃ!」
「え?どう言う事?こんな大ケガしてるんですよ!すぐに病院へ・・・」
「ダメだって言ったらダメなのっ!いいから岡島さんは私の言う事をきいて!黙って山下さんのマンションに行って!」
突然激しい口調で優子に言われ、岡島はあっけにとられた。優子は普段はおっとりしていて、どちらかと言うと弱気な性格だと思っていたので尚更だ。
凛子と珍之助をSUVに運びこみ、岡島は猛スピードで山下新之助のマンションに向けて車を走らせた。
凛子は気を失っているようだが、脈拍もしっかりしていて問題は無さそうだ。
でも珍之助が・・・
優子はどうしたらいいか途方に暮れていた。
珍之助を医者に診せたいが、そんな事して大丈夫なのか?
普通の人間じゃないって事がバレるんじゃないのか?
「ねえ、美咲ちゃん、珍之助君ってどうしたらいいの?どこで診てもらえばいいの?」
「メルティーに知らせるのがいいと思う・・・美咲が連絡してみるね」
美咲はスマホでLINEを立ち上げると、メッセージを入力し始めた。
Misaki------
メルティー 大変だ ちんのすけが大変だ
Melty-----
美咲ちゃん、珍しいね どしたの?
Misaki------
ちんのすけの手首がないの
Melty-----
え?なに?どーゆーこと?
Misaki------
だから ちんのすけの手首がないの
Melty-----
手首が無い? なんで?
Misaki------
分からない 血がいっぱい出てる 早くしないと死んじゃうよ メルティー早く治してあげて
Melty-----
マジ?いまどこ?
Misaki------
分からない 車の中
Melty-----
困ったな 車はどこへ向かってるの
Misaki------
しんちゃんのマンションだよ
Melty-----
分かった 私はマンションで待ってるから
幸いにもこの時間の首都高速は空いており、辰巳埠頭を後にしてから30分ほどで山下新之助のマンションに到着した。
岡島激斗が珍之助を担ぎ、美咲が凛子をおぶって部屋に向かう。
美咲が部屋のドアを開けると、そこにはメルティーとハゲが待っていた。
「メルティィィィ~、ちんのすけが、ちんのすけが!りんこも、りんこも・・・」
美咲はメルティーの姿を見ると、緊張していた感情が解き放たれたように泣き出してメルティーに抱きついた。
「うわっ!コイツはひでぇな!一体何があったんだ?凛子ちゃんは?・・・凛子ちゃんは大丈夫みてえだな・・・よし、まずは珍之助を何とかするぞ。珍之助を風呂場に運んでくれ!凛子ちゃんはどこかに寝かせて大きな外傷が無いか診てやってくれ!」
ハゲの指示で岡島激斗が珍之助を風呂場に運ぶ。優子と美咲は未だ意識が戻らない凛子をリビングのソファーベッドに横たえた。
そのリビングの中央には得体の知れない不思議な形をした電子機器のような物が置いてあり、メルティーがそれを重そうに持ち上げて風呂場へ運びこもうとしている。
優子のスマホに着信。
山下新之助からだ。
「もしもし、山下です。その後どうなりましたかっ?坂口さんと珍之助君は見つかりました?」
「あ・・・はい、二人とも見つかったんですけど・・・でも、ちょっと大変な事になっちゃって」
「え?どうしたんですかっ!何かあったんですかっ?二人とも無事なんですかっ!」
「は、はい、無事なんですけど・・・凛子ちゃんは大丈夫みたいなんですけど、珍之助君が・・・大ケガしちゃってて」
「マジですか!?ぼ、僕、今、那覇空港です!これから飛行機に乗りますんで、3時間くらいで帰れると思います、急ぎますんで!」
「はい・・・」
山下新之助はこれから急遽帰ってくるようだ。仕事は大丈夫なのだろうか?
ソファーベッドでは美咲が傷だらけの凛子の身体を消毒薬で拭いている。
そして、岡島激斗はいかにも所在無さげな表情で、リビングと風呂場の前を行ったり来たりしている。
そうだ、いきなり現れたメルティーやハゲの神様の事、珍之助を病院へ連れて行かなかった理由を、岡島激斗は何も知らないんだ。
「岡島さん、ちょっと話せます?」
「え?何ですか?」
「珍之助君や美咲ちゃん、それにメルティーさん達の事、私が知っている範囲でお話ししますね」
「は、はぁ・・・」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます