第43話 相沢亮太

ベッドのふちに座る相沢がボソボソと話す護世会の話を、私達は黙って聞いていた。

まるで荒唐無稽な話だが、この話ってどこかで聞いた覚えがある・・・そうだ、ハゲがEKMキットを私の部屋に送ってきた時、同じ話をしていたんだ。


私の子供が、将来起こる戦争を阻止する人物になると、ハゲも言っていた。

だったら護世会とやらの事もハゲやメルティーは知っているのか?ハゲやメルティーも護世会の仲間なのか?

でも相沢の話だと、護世会は戦争を起こしたがっている。しかし、ハゲやメルティーはそれを阻止するために、私に子供を生ませようとしている。

分からない・・・何がどうなってるんだ?


相沢の話では、天上人とやらが護世会を手助けして戦争を起こし、新しい世界を作ろうとしているらしいが、天上人って確かハゲも自分の事を『天上人』って言ってたよな?

やっぱりハゲやメルティーもグルなのか?

じゃあなぜ珍之助や美咲ちゃんを私達の元に送って来た?

新たに別の世界から違う人類をこちらの世界に召喚?

私の卵子が必要?

何だそれ?


それによく考えてみると相沢の行動もちょっと変だ。

先ほどの話では、私の卵子が必要だから坂口凛子は殺してはならないと護世会に言われていたと・・・

でも相沢は優子を使って私を毒殺しようとしたじゃないか?


「相沢さん、さっきの話だと、私の卵子が必要だから私を殺しちゃダメだって護世会から言われていたはずだよね?でもアンタ、優子を使って私を殺そうとしたでしょ?それって矛盾してない?」


私が尋ねると、相沢は悪びれる様子もなくこう言った。


「ああ、あれはな、毒なんかじゃねぇよ、ただの粉末ビタミン剤だ。試したんだよ、優子がちゃんと俺の命令を実行できるか試してみたんだよ。だってよく考えてみろよ、あんなふうに大っぴらに毒なんて仕込んだら、絶対に警察にバレるに決まってるだろ。フェンタニルは体内から消えるのが早いクスリだけどな、人を殺せるほどの高濃度なフェンタニルなんか一日や二日で体内から消えるわけがねえよ。警察の鑑識が死亡解剖すれば一発でバレるさ。まぁ結局のところ優子はアンタにアレを飲ませることが出来なかったんだから、ビタミン剤でも毒でもどっちでも良かったって事だ」


「じゃあひょっとして、多摩川沿いで偽警官に私達の乗った車を襲わせたのも・・・」


「ああ、アレも俺の差し金だよ。アンタが用賀の辺りに引っ越したって事は優子から聞いて分かってたからな、いつでも襲えるようにあの辺を根城にしているヤクザ連中に準備させておいたんだよ。その日いきなり護世会から連絡があってよ、アンタの乗った車が二子玉川の辺りを走ってるから拉致しに行けってな。大急ぎで劇用車のパトカー用意させてよ、護世会から送られて来たGPS座標を走っていたアンタの乗った車を襲わせたんだよ。ま、それも失敗しちまったがな」


そうだったのか、あの襲撃も相沢が仕組んだものだったのか。


その後は誰も口を開かなかった。

静寂に包まれた部屋の中、入口ドアの傍に設置された小型冷蔵庫のコンプレッサーから出るブーンと言う低い音だけが妙に耳についた。


「ねえ、みんな、嘘だったの・・・?」


ふいに優子がつぶやいた。


「ねえ、ホントにみんな噓だったの?・・・相沢さん、私と一緒に居た時間のすべてが嘘だったの?一緒に行った場所も、一緒に食べたものも、抱きしめてくれた時のタバコ臭いシャツも、腕枕してくれたあの腕も、優しく笑ってくれたあの目も、みんな・・・みんな、みんな嘘だったの?」


優子の目から大粒の涙がポロポロこぼれ落ちていた。

最後は相沢に性欲のはけ口のように扱われていた優子・・・でも、まだ心のどこかで相沢の事が好きだったんだ。


「ああ・・・ああそうだよ、みんな嘘っぱちだ!お前の事なんかハナから何とも思ってねえよ、みんな坂口凛子に近づくための大嘘だ!俺はこんなクズ以下のゲス野郎なんだよ!自分の事は自分が一番よく分かってるさ、俺は救いようの無い最低の人間だ。優子、これでお前もよく分かっただろ?俺に対する変な妄想なんか早く捨てちまえ!」


部屋の中は重い空気が漂っていた。

私はどうしたら良いのか分からないまま、優子にかける言葉を頭の中で必死に探していた。


「俺はな、小さい時から出来のいい兄貴の陰で卑屈に育ってきたんだ。何をやっても兄貴に勝てなかった・・・オヤジもオフクロもそんな俺には無関心でよ、いつも兄貴ばかりがチヤホヤされてたんだよ。でもな、そんな時に護世会のヤツがコロナワクチンのデータを俺に渡したんだ。俺は思ったよ『ああ、やっと兄貴に勝てる』ってな。お陰で相沢製薬は世界で一番最初にコロナワクチンを開発して株価は急上昇だ、俺が護世会からもらったデータのお陰でな。そしたらよ、オヤジは掌を返したように俺を持ち上げ始めてよ、今まで散々可愛がっていた兄貴を差し置いて、俺を次期社長にするとまで言いだしたんだ。その時はよ、もう天にも昇る気分だったよ。やっと思いが叶ったってな。バカだよな、もうその時点で俺の人生は終わったも同然って事に気づいてなかたんだからよ。それからはさっき話した通り、護世会のヤツらにいいように使われて、今じゃただのヤク中だ・・・」


確かに相沢はどうしようもない最低のクズだ。

でもある意味、相沢も護世会に利用された被害者なのかもしれない。

もうこれ以上、何か聞いたところで相沢からは目ぼしい情報は聞き出せないだろう。


「相沢さん、話してくれてありがとう。アンタの言った事が全部ホントかどうか分からないけど・・・で、これからどうするの?」


「さあな、どうしよっかなぁ・・・まぁ、もうどうでもいいわ。実を言うと自分でも驚いてるんだけどよ、みんなアンタらに話したらスッキリしたって言うかよ、肩の荷が降りた気分なんだわ。今まで四六時中護世会の奴らの目を気にして生活してたからな。話したらやっと楽になれたよ。で、これから俺はどうすりゃいいんだ?覚せい剤使用容疑で警察に突き出すのか?まあそれでも俺は構わねぇけどな、刑務所の檻の中までは護世会のヤツらも追っかけて来ねえだろうし」


「警察に突き出したりなんかしないわよ!最初に言ったでしょ?ちゃんと話してくれたら帰してあげるって。珍之助、結束バンドを取ってあげて」


珍之助が結束バンドを引きちぎると、相沢はゆっくりと立ち上がって背伸びをした。そして美咲ちゃんが差し出したペットボトルの水を一気に飲み干した。


「じゃあ俺はもう行っていいのか?」


「ええ、いいわよ。駅まで送って行く?」


「いいよ、タクシーで帰るからよ」


「そう・・・じゃ、お気をつけて」


「ああ、じゃあな」


そして相沢は血が付いたワイシャツを隠す様にスーツのボタンを留めながら、優子の方をチラっと見て言った。


「悪かった・・・一生俺の事を憎んでいてくれ」


静かにドアを開け、相沢は部屋から出て行った。


長い一日だった。


そしてその日を境に、相沢亮太は行方不明になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る