第42話 護世会

初老の男性の命令で、相沢が桃栗出版で働き始めてから約一ヶ月が経ったある日、相沢の携帯に見慣れない番号から着信があった。

普段なら無視するのだが、この時はなぜか嫌な予感がして、恐る恐る出てみると・・・


「相沢さん?元気かね?どうですか?新しい職場は」


その声は、あの初老の男性だった。


「何だよ、どうやってこの番号を知ったんだ?」


「ハハハ、そんな事はどうでもいい、まったくどうでもいい事なんですよ。それでね、相沢さんね、今日の夜9時に渋谷のフォーラムセブンって言うレンタルスペースに来てもらえませんかね?友愛化粧品入社説明会って看板が出てるから、そこへ来てくださいね。いいですね?夜9時に渋谷のフォーラムセブンですよ。それでは」


初老の男性は一方的に喋って電話を切った。

9時に渋谷へ来いだって?次は何をさせるつもりなのか?

行きたくはないが、ヤツには弱みを握られているから行くしかない。ああ、ストレスで押しつぶされそうだ・・・こんな時はどこかでクスリをキメて気分転換したい・・・


指定されたフォーラムセブンと言うレンタルスペースは、渋谷駅から徒歩3分ほどの雑居ビルの中にあった。階段の横の案内板に『友愛化粧品入社説明会へお越しの方は7階へ』と書いた張り紙が貼ってあった。

エレベーターで7階へ上がると、真正面の部屋のドアに『友愛化粧品入社説明会』と書いてある。

恐る恐るそのドアを開けると、パーテーションで部屋の中は見えないようになっていた。どうしようかと思っていると、ふいに後ろから肩を叩かれた。

驚いて振り向くと、そこにはあの初老の男性が立っていた。


「相沢さん、よくお越しくださいました。さぁ、こちらへどうぞ」


男性に促されてパーテーションの脇を通り、部屋の中へ進むと、長いテーブルを囲んで10人ほどの男性が座っていた。

それは異様な光景だった。

全員背広姿で顔には目出し帽をすっぽりと被り、その目出し帽越しに鋭い目つきで相沢を見つめている。


「さあ、こちらにお座りください」


初老の男性に勧められて一番端の椅子に座ると、奥から体格の良い男性が出てきた。この男性も背広に目出し帽姿だ。

レンタルスペースの安っぽいイスとテーブル、そこに無言で座っている背広に目出し帽の男達。相沢は得体の知れない恐怖感を感じていた。


「それでは、定例会を始めます」


初老の男性が前に出てそう言うと、その場に居る全員が立ち上がって一斉に合言葉のようなセリフを唱えた。


「「「尊き命、尊き天命、尊き慈悲、全て尊き災いの元にて新たなる世が新生し、真理たる天命の言霊を護りたりてその世を迎え奉る、我ら護世会に天上の加護あらん事を」」」


セリフの唱和が終わると全員が椅子に座り、再び初老の男性が話し出した。


「本日は新しい仲間をご紹介いたします。皆さんご存じの事かと思いますが、こちらが新しいメンバーの相沢亮太さんです。皆さま、拍手でお迎えください」


初老の男性がそう言うと、全員がパラパラと拍手をした。

相沢があっけに取られていると、初老の男性が相沢に向かってこう言った。


「相沢さん、今日からあなたは我々護世会のメンバーです。あなたに拒否権はありません。今後は護世会の一員として、人生のすべてを捧げていただきます。分かりましたね、もう一度言いますが、あなたに拒否権はありません」


「い、いや、まったく意味が分からない・・・何なんだよ、これはどう言う事だ!」


相沢は混乱していた。そして恐怖を感じていた。今まで感じたことの無い、得体の知れないとてつもない恐怖を。


「ねえ、相沢さん、この世の中って変だと思いませんか?何の能力も無い無知な人間が平気な顔して堂々と生きている。その陰で多くの真っ当な人間が煮え湯を飲まされている。おかしいでしょう?我々護世会は、この様になってしまった今の世界をいったん浄化し、正しい真理のみが存在できる世の中を新たに創造するために天上人から託された選ばれた者の集団なんですよ。今日からあなたもその一員になったのです。これはとても喜ばしい事です。あなたも選ばれた人間として、新しい世界を創造する役割を担う事になったのですよ」


正気か?

こいつは一体何を言っているのか?さっぱり意味が分からない。

世界を浄化?天上人から選ばれた?

何かの宗教か?

こいつら全員アタマがどうにかしてるんじゃないのか?


「相沢さん、どうやらかなり驚かれているみたいですね、ハハハ・・・まあ混乱するのも無理はありません。それでは私から護世会の事をもう少し詳しくご説明いたしましょう」


初老の男性は、相沢を見つめながら、護世会についての説明を始めた。


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今から数十年後、ある国で起きた紛争が火種になって全世界を巻き込む戦争が勃発する。この戦争は10年ほど続き、これによって世界の総人口が60%ほど減少してしまう。

そしてその戦争後、疫病が蔓延して人類の殆どが死に絶える。しかし護世会のメンバーだけは天上人の加護によって生き残り、新たに別の世界から違う人類をこちらの世界に召喚し、護世会を軸とした世界秩序を擁する新世界が誕生する。


しかし、ここ数年間の間に、将来起こるはずの紛争を阻止しようとする者たちが世界各地に現れた。もし将来、紛争が起こらなければ、護世会の最終目標である新世界の樹立が阻止されてしまう。

そのため、護世会は紛争を阻止しようとする者たちの排除を行っており、その排除するべき人間の最後のターゲットが坂口凛子なのだった。


近い将来、坂口凛子は結婚して男児を出産する。この男児は成長すると、将来は護世会に反目する組織を作り、起こるはずの紛争を回避させる役割を担う事になる。それを阻止するため、護世会としては坂口凛子を妊娠させないようにしなくてはならない。でもそれならいっその事、坂口凛子を殺してしまえば良いのではないのか?答えは否だ。


坂口凛子は護世会の手によって妊娠が出来ない身体になると、体外受精で子供を作る事になる。この体外受精をする坂口凛子の卵子は、体外受精の際に護世会によって天上人から授けられた特殊な薬品を注入される。そしてその子供が成長すると新世界の頂点に立つ現人神となり、その世界の象徴として君臨する。だから坂口凛子にはそれまで生きていてもらわねばならない。坂口凛子自身の卵子が必要なのだ。

そしてその体外受精を行う病院が、相沢製薬の所有する京英女子大附属病院なのだと言う。


しかし、なぜ坂口凛子なのか?なぜ坂口凛子の卵子が必要なのか?

天上人とは何なのか?

相沢は初老の男性に質問したが、それについては『そんな事はどうでもいい。あなたが知る必要は無い』とだけ言われた。

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