第38話 女優 美咲

相沢は部屋に入るとこちらには目もくれず、さっきまで変態脇坂が座っていたソファー席に腰掛けた。

あの席から女性を物色するつもりだろうか?でもあそこからではちょっと遠い様な気がする。


「美咲ちゃん、相沢のそばに移動するよ」


私と美咲ちゃんはグラスを片手に、相沢が座っている向かいのソファー席に移動した。

私からは微妙に斜めになっていて相沢の姿は見えにくいのだが、美咲ちゃんは相沢から良く見える位置に座っている。


「美咲ちゃん、この前貸したDVDの映画でさ、女の子がバーで殺人犯を誘う場面があったでしょ?覚えてる?あんな感じで何気なく相沢の方をチラチラ見て意識させて。出来る?」


「うん、分かった、やってみる・・・あ、しんちゃんが来たよ」


ドアの方を見ると、ちょうど山下新之助が部屋に入ってきたところだった。

彼はカウンターで飲み物を注文し、出されたグラスを持って私達が座っている席にやって来た。


「よろしければ、僕と二人で飲みませんか?」


山下新之助が、さも初対面と言った感じで私に話しかける。


「はい・・・(美咲ちゃん、私は山下さんと移動するからね、頑張ってね)」


私と山下新之助は、美咲ちゃんが座っている隣のソファー席に腰を下ろした。

相沢からはこの席は柱が死角になって見えない。


席に着くと、山下新之助は早速スマホを取り出し、美咲ちゃんが胸に着けているブローチのカメラとブルートゥース接続をした。

スマホ画面の映像には、一人で向かいのソファーに座る相沢の姿が映し出されている。

そして山下新之助がワイヤレスイヤホンを取り出し、片方を私に差し出した。

これでブローチのカメラに内蔵されているマイクを通して、美咲ちゃんと相沢の会話を聞くことが出来る。


スマホの画面には、相変わらずソファーで足を組んで一人で座る相沢の姿が写っている。

どうした?女性を物色しに来たんじゃないのか?こんな所に5万円も払って一人で飲みに来たワケじゃないだろう?

私と山下新之助が移動してから既に10分近く経っているが、相沢に目立った動きはない。


その時、美咲ちゃんの席でカチャンと音がした。

スマホの映像が乱れている。どうしたんだ!?

すぐにスマホの映像が元に戻ったが、どうやら美咲ちゃんがグラスを倒してしまったようだ。

テーブルの上に倒れたグラスと、こぼれた飲み物で濡れた美咲ちゃんの足と手が映っている。


「大丈夫ですか?」


ん?相沢の声?

スマホの画面にはハンカチで美咲ちゃんの手を拭いてあげている相沢の姿が映っている。

ひょっとして相沢の気を引くために、美咲ちゃんワザとやったの?


「大丈夫ですか?おしぼり持ってきましょうか?」

「ええ、すみません、大丈夫です、ごめんなさい、ハンカチ汚しちゃって・・・」

「いえ、ハンカチくらい構いませんよ。ああ、このソファー濡れちゃったね。どう、僕の席に来ない?」

「あ、はい・・・」


美咲ちゃんは相沢と共に柱の横の席に移動した。

やったぜ、まずは第一関門突破だ!

美咲ちゃん、やるな!なんて機転の利く子だ!


二人が席に着くと、すぐさまウェイターがやって来た。


「何か飲みます?」


「はい・・・じゃあ、マッカランのロックを、ダブルで」


「かしこまりました」


ああっ!

美咲ちゃん、さっき注文してたのを覚えてたんだな。

またウイスキーをダブルで頼んじゃって大丈夫か?まさかまた一気に飲んだりしないよね?


「え?ウイスキーのダブル?お酒強いんだね、好きなの?ウイスキー」


「ええ、まあ」


相沢がちょっと引き気味だ。

美咲ちゃんに無難なカクテルとか教えておけば良かったな。

会っていきなりウイスキーのダブル頼む女の子って、どうなのよ?


「キミ、どこに住んでるの?」


「今住んでるのは高輪です。ホテル住まいで・・・」


「えっ!?ホテル住まい?マジ?」


「はい。一人暮らしだと家事とか大変だろうって父が心配して、ホテルの部屋を借りてくれたんです」


「へぇー、すごいね。お父さんお金持ちなんだねぇ。キミ、出身はどこなの?」


「出身?えっと、生まれたとこですか?生まれたのはアメリカですけど・・・」


「アメリカ生まれなの?じゃあ帰国子女?」


「はい、18歳までアメリカに居て、19から日本の大学に入りました」


「へー、そうなんだ、アメリカのどこ生まれなの?」


「えっとぉ・・・生まれたのは、あの、えーっとぉ、ニュ、ニューヨークで・・・」


「ニューヨーク?へぇー、都会生まれなんだね。で、ずっとニューヨークに?」


「生まれたのはニューヨークですけど、えっと、あの、そ、それからは父の仕事の関係で色んな場所に住んでて・・・」


「本当?いや、疑うわけじゃないけどさ、最近居るんだよね、帰国子女って言うと自分の価値が上がると思って嘘つく子が。そう言う子って英語すら話せないんだよね、帰国子女って言ったクセに」


相沢のヤツ、美咲ちゃんの返答がちょっと戸惑ったのに感づいて疑ってやがるな。

早くも少々ボロが出てしまったか!?初っ端から疑われちゃうとマズいな。

美咲ちゃん、何とか乗り切ってくれ!


「じゃあさ、僕が英語で質問するから答えてくれる?」


「あ、は、はい・・・」


相沢は高校大学の7年間、アメリカに留学していたって優子が言っていたな。だから英語が話せるのか・・・

美咲ちゃんも珍之助と同じように英語の言語パックを読み込ませてあるはずだよね。だから英語は話せるはずなんだけど、大丈夫かな?


「Your hair looks so shiny and beautiful today, and the perfume you're wearing has such a refreshing and pleasant scent!」

(君の髪の毛、つやつやしていて綺麗だね。それに今日付けている香水も爽やかでいい香りだよ)


「Thanks! That suit you're wearing looks great on you too. Although, I'm not too fond of that body fragrance you have on. I think a more subtle scent would leave a better impression on women you meet for the first time. But hey, that's just my personal opinion, so don't worry too much about it」

(ありがとう。あなたの着ているスーツも似合っているわ。でもそのボディーフレグランスはイマイチね。もっとさり気ない香りの方が、初対面の女性には印象が良く感じるわ。でもこれは私の個人的な意見だから、あまり気にしないでね)


「R...Really... that's the first time anyone's ever said that to me. By the way, what brand of fragrance do you think would suit me?」

(そ、そうかな・・・そんな事言われたのは初めてだよ。ちなみにどのブランドのフレグランスが僕に似合うと思う?)


「Well... I think JO MALONE's Wood Sage & Sea Salt Cologne would be nice.」

(そうね・・・JO MALONEのWood Sage & Sea Salt Cologneなんかがいいかな)


おお!美咲ちゃん、バッチリ会話してるじゃんか!

ちなみに私には二人の会話が速すぎて何言ってんのかサッパリ分からない。

ま、ゆっくり話したって分からんけどな。

自慢じゃないが、高校の時から英語の試験は毎回赤点ギリギリだったし。


「ふーん、キミ、まともに英語話せるんだね、疑って悪かった」


「あはは、構いませんよ、あなたも英語上手なんですね!」


「まあ、アメリカに一時期留学していたからね・・・ところでキミってなぜここに来たの?やっぱりスポンサー探しとか、パパ活みたいな?」


「うーん、お金には特に不自由してないですけど・・・」


「じゃ、何で?マジで彼氏を探しに来たってワケじゃないでしょ?キミくらいの容姿だったら男なんていくらでも寄って来るでしょ?」


「えーっと・・・何て言うか・・・ちょっと刺激的な体験をしてみたいって言うか・・・」


「刺激的な体験?どんな?」


「あの・・・えっとぉ・・・やっぱり今ここで話すのはちょっと恥ずかしいって言うか・・・やっぱりいいです!ごめんなさい、変な事言いだしちゃって」


美咲ちゃんの言葉を聞いて相沢が少し身を乗り出した。明らかに目の色が変わって来ているのがブローチの小型カメラ越しにも見て取れる。

よーし、いいぞ美咲!その調子で攻めつつ引きつつ、上手く釣り上げてくれ!


「どう言う事かな?聞いてみたいな、キミの言う刺激的な体験ってヤツを。ここってさ、そこいらの下品な若造が集まるクラブとかじゃなくて、僕も含めて経済的にも社会的にも成功してる大人の男性が来る場所なんだ。だから君がその刺激的な体験ってのをしてみたいんだったら、それを叶えてあげられると思うけどね。どう?」


「どうしようかな・・・あの、同年代の男の子とかじゃ満足できないって言うか・・・普通じゃ物足りないって言うか・・・」


「普通じゃ物足りない?それって、具体的にどう言う事なの?」


「あの・・・ごめんなさい、言えません!やっぱり無理です・・・初対面だし、すごく恥ずかしいです」


「大丈夫だよ、僕とキミだけの秘密だから。そう言えばまだ名前を聞いて無かったよね?キミ、名前は?」


「美咲です」


「美咲ちゃんて言うのか・・・美咲ちゃん、心配しないでいいからさ、キミの願望を僕に話してみてよ」


相沢はもう完全にガッツリと食いついて来てる。ここまでは上出来だ。美咲、頑張れ!その調子だ!


「でも・・・やっぱり恥ずかしい・・・本当に無理です、ごめんなさい」


「美咲ちゃん、キミはその願望の為にここへ来たんでしょ?こう見えても僕は色んなタイプの女性と付き合って来たからね、きっとキミのその願望を叶えてあげられると思うんだけどな」


「はい・・・」


「さあ、話してみて」


「あの・・・色んな・・・」


「え?色んな?」


「あ、穴・・・」


「穴?」


「か、身体中の穴と言う穴に色んなもの入れられながら、汚い言葉で罵られながら、変な場所でものすごい恰好して犯されたいド変態なんです、私!」


うわぁぁぁーーーー!

美咲ちゃん、何なんだよっ!どこでそんなセリフ覚えた!?

ふと横を見ると、山下新之助が頭を抱えて俯いている。そりゃそうだ、目に入れても痛くないほどカワイイ美咲ちゃんの口から出たあんなセリフを聞いたんだ、凹むのも無理はない。


「ぼ、僕のせいだ・・・僕があんな本を美咲に読ませたから・・・」


「え?どうしたんですか?や、山下さん、何か美咲ちゃんに読ませたんですか?」


「ええ、相沢が変態だって聞いて、何かの参考になるかと思って、美咲に団鬼兵衛の『新妻地獄 陰獣調教 穴の舞い』って本を読ませたんですよ、その中に出て来るセリフまんまですよぉ~」


山下さん、アンタ美咲ちゃんにそんな本読ませたんかいっ!

でもまあ、この流れだったら別にこれでいいんちゃうの?むしろ役に立ってるんじゃないの?

その証拠に、さっきまで美咲ちゃんの向かいに座っていた相沢が、今は美咲ちゃんの横に移動している。


「そ、そうか・・・キミはその手の経験がしたいんだね、そうだよね、キミと同年代の男の子じゃ役不足だね・・・」


恐らく美咲ちゃんに密着して話しているのだろう。マイク越しの相沢の声のトーンが低くなっている。


「あの、ごめんなさい、初対面なのにこんな事言っちゃって・・・こんな変な女の子、嫌ですよね。私、今日はもう帰ります、ごめんなさいっ!」


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ!ね、待って!あのさ、良かったらそのキミの願望ってのを、これから叶えに行かない?僕と」


よっしゃあああ!

釣れたどー!!

すげえぞ美咲!

あんたの演技、アカデミー賞もんだよ!


相沢はウェイターを呼んでタクシーを手配するように言っている。

恐らく5分ほどでタクシーが到着するはずだ。

相沢と美咲ちゃんが席を立って部屋を出て行く。


「坂口さん、僕達も行きましょう!」


ソファー席から立ち上がると、ふいに山下新之助が私の腰に腕を回してきた。

ちょ、ちょっと!山下さんっ!マジかよ!?

まあ確かにこうしていれば即席カップルのように見えるもんな。

う、嬉しい・・・

い、いや、喜んでる場合じゃないぞ!

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