第37話 デートクラブ

「ねえ珍之助、デートクラブで相沢を誘い出す時さ、あんたバイクで相沢と美咲ちゃんの乗ったタクシーを追いかける事になってるでしょ?でもさ、あんたバイク運転できるの?」


以前、荻窪のアパートに居る時、私のママチャリを珍之助に乗らせたのだが、最初は全然乗れなくてバタバタとすっ転んでいたのだ。

チャリンコはすぐに乗れるようになったが、バイクともなると勝手が違う。果たしてちゃんと運転できるのか?


「しんちゃんのバイクで練習したから大丈夫」


食事をしながらぶっきらぼうに答える珍之助。

何かさあ、アンタ最近愛想が無いよね。反抗期か?

私が美咲ちゃんとばかり話したり出かけたりしてるからヤキモチ焼いてるの?


山下新之助は車にはあまり興味が無いようなのだがバイクは好きらしく、地下の駐車場に赤い大型のスポーツバイクが停めてある。

部屋にもバイクの模型が置いてあったりするから、結構好きなんだろう。


私の横では一足先に夕食を食べ終えた美咲ちゃんが、お気に入りの大納言あずきを食べながらスマホを弄っている。

スッピンなのに美人だなあ。

いいな、若いって。

私ももう27歳。年明けの1月には28歳になってしまう。

ここ最近、高校、大学時代の友人達からポツポツと結婚式の招待状が送られてくるようになった。

まあ、別に焦ってるわけでもないし、すぐに結婚したいわけでもないけど、この歳になってまったく色恋沙汰が無いのもねぇ…

あ、一応、珍之助が将来のパートナーって事になってるんだった。

でもなぁ、珍之助かぁ…


確かに超イケメンだけどさ、なんつーか、そう言う対象として見る事が出来ないんだよね。

珍之助と●●●するとか…いやぁ、それってアリか?

想像できん。いや、想像できるけどさ、何かこう、ドキドキしないのよ。ときめかないのよ。

もう家族みたいなもんだし。



「来ましたっ!連絡が来ました!相沢がエステサロンに入った!」


山下新之助が叫びながら部屋から飛び出してきた。

いよいよだ。

今晩、相沢はきっとデートクラブに行くはずだ。


すぐにメイクさんが呼ばれ、私の別人メイクに取り掛かった。

大急ぎで私のメイクと変装が終わり、次に美咲ちゃんのメイクが始まる。


面接の時と違い、今回は夜なので美咲ちゃんのメイクは少し濃いめにしてもらい、服装もいつものガーリーな感じではなく、ちょっと大人っぽい感じにコーディネートしてもらった。

私の方は、前回がちょっと攻めすぎ?だったため、今回はちょっとコンサバにしてもらった。これだったら『社長室の色ボケ秘書』には見えますまい!

そして優子に電話して、事前に打ち合わせておいた高輪のホテルを予約するように伝えた。

10分後に優子からのLINEで予約OKのメッセージ。

よし、ここまでの準備は完璧だ。


部屋を出て、私と山下新之助、美咲ちゃんの3人は地下駐車場に停めてある山下新之助の軽自動車に乗り込んだ。

珍之助は、既にヘルメットを被って横に停めてあるバイクに跨り、私達を待っている。


「じゃ、行きますよ」


山下新之助がアクセルを踏み込むと、私達の乗った軽自動車は地下駐車場のスロープを駆け上がり、すっかり暗くなった夜の街へ勢いよく飛び出した。

後ろには珍之助が乗ったスポーツバイクがぴったりと張り付いている。

ここから赤坂のデートクラブまで、どれくらいかかるだろうか?

もう帰宅ラッシュは過ぎているから、渋滞には巻き込まれないと思うけど…


用賀から首都高速に乗り、高樹町で高速を降りて西麻布の交差点を左に曲がり、外苑西通りを青山方面へ。

ホンダ本社のビルを左手に見ながら246を右折、そのまま青山通りを赤坂方面へ向かって走り、牛鳴坂へ入って住宅街の小道へ入ってしばらくするとデートクラブの洋館が見えてきた。

山下新之助は洋館の裏手、人通りの少ない薄暗い小路の脇に車を停めた。

後ろを走っていた珍之助は、デートクラブの門の斜め向かいの歩道脇にバイクを停めて待機している。


時刻は20時45分。

こちらの予想が正しければ、今から約1~2時間後に相沢亮太がデートクラブに現れるはずだ。



「美咲ちゃん、ブローチのカメラの電源ONにしてもらえる?」


美咲ちゃんが胸元に着けたブローチに仕込んである小型カメラのスイッチを入れると、山下新之助のスマホに映像が映し出された。


「よし、カメラはオッケーですね。坂口さん、美咲、頑張ってください!それから、危険を感じたらすぐに計画は中止して逃げ出してくださいね、これは絶対です、絶対に忘れないでくださいよ」


運転席からこちらに身を乗り出して話す山下新之助の真剣な表情を見て、私はちょっと身震いした。


「分かってます。逃げ足だけは早いですから心配しないでください!じゃあ行ってきます」


私と美咲ちゃんは車を降り、デートクラブへ向かった。


デートクラブの門は開かれており、駐車場には数台の高級車が停めてあった。

もう既に何人かの客が来ているようだ。

その高級車の横を通り抜けて建物に近づくと、木々の間から微かに窓に映る人影が見えてくる。


ドキドキしてきた。

果たして上手く行くだろうか?

私の変装が相沢にバレないだろうか?

美咲ちゃんは上手く演技できるだろうか?

何だかどんどん不安になってくる。ネガティブな感情に押しつぶされそうになる。

あー、ダメだ、こんなんじゃダメだ、もっと強気で行かないと。


「ねえ、りんこー、私、お腹空いてきちゃったー。中に食べ物あるかなあ~?」


緊張感MAXでビビっている私にヘラヘラしながら聞いてくる美咲ちゃん。

いや、アンタこんな時にお腹空いちゃったって…

美咲ちゃんの言葉を聞いて、ガクッと気が抜けてしまった。

そうだよね、別に緊張する事無いよね。バレたら逃げりゃいいだけだ。

表には珍之助も見張ってくれてるし、何よりも悪いのは相沢亮太なのだ。

それにこんなサスペンスドラマみたいな経験、そうそう出来るもんじゃないぞ!


デートクラブのドアを開けると、すぐ横のカウンターに例の初老の女性が座っていた。


「あらあら、坂口さんと森下さん、今日は初お目見えね、よくいらしてくれたわね」


「はい、初めてだからちょっと緊張しちゃってますけど…よろしくお願いします」


「さあさあ、こちらよ、女性はフリードリンクだから、バーでお好きな物を注文してね。でも、あんまり飲み過ぎないでね」



女性に案内されて入った大広間は、面接に来た時とは違ってムーディーな薄暗い照明になっており、天井から下げられたシャンデリアだけがキラキラと美しく輝いていた。

生のジャズカルテットが入っているが、会話の邪魔にならないように音量はかなり控えめだ。

右側にはバーカウンターがあって、カウンターの中には二名のバーテンダーがおり、カウンターに座った客や女性と会話している。

左側には大き目のソファーがあり、既に数名の女性が座っていた。

部屋の中央は何も置かれていない広いスペースになっているが…ここでダンスでも踊るのか?

そして部屋の両脇にはソファー席が設置されており、既に数組の男女が座って談笑している。


私と美咲ちゃんがバーカウンターの止まり木に座ると、カウンター内に居たバーテンさんがすぐにやって来た。

歳は50歳くらいだろうか?白髪交じりの口ひげとオールバックの髪。いかにも”バーテンダー”と言った感じの男性だ。


「失礼ですが、お見受けしないお顔ですが、今日は初めてですか?」


「はい、今日が初めてです」


「そうですか、緊張されてますか?どうですか?何かお作りいたしますか?」


そうか、女性は飲み物タダだって言ってたな。

この際だから高い酒飲んじゃうか?

ってもなぁ、いきなり「響21年ロックで。」なんて言ってドン引きされてもなあ。かと言って『ウーロンハイ、ジョッキで!』ってワケにも行かんしな。

こんな感じのオーセンティックなバーって、もう何年も行ってないから、何を頼んでいいか分かんないよ…どうしよっかなあ、まあいっか、定番で。洋酒なんてあんまり知らんし。


「じゃあ、マッカランのダブルをロックでお願いします」


「かしこまりました。そちらのお方はいかがなされますか?」


あ、そうだった、美咲ちゃんが居るんだった。

つーか美咲ちゃん、お酒飲んだ事無いよね?

ヤバいよね、何かあったらマズいよね。

お酒飲めないって事にして、ノンアルコールのカクテルとか作ってもらえば・・・


「私もまっからんのろっくでー!だぶるでー!」


「かしこまりました」


うわーーー!

大丈夫かよ!?

美咲ちゃん、いきなりウイスキーのロックとか大丈夫かよ!?


「お待たせいたしました」


バーテンさんが私と美咲ちゃんの前にグラスを丁寧に置いた。グラスの中には大きな丸い氷が入っていて、ウイスキーの茶色に光が反射してキラキラしている。

おお、コレってバカラのグラスだよ。高いんだろうなあ。

私はグラスを手に取ってひと口飲んでみた。

薄いバカラのグラスで飲むマッカランはとても口当たりが良く、酒の味なんて良く分からない私でさえ美味しいと感じる。

荻窪のアパートでたまに飲んでた”酒大将”で買った安物のスコッチとはえれぇ違いだよ。あん時は水道水で作った冷凍庫の氷を入れて、ピカチュウのマグカップでガブガブ飲んでたからな。


「ぶは~」


え?

何?

美咲ちゃん、一気に全部飲んじゃったの?

アンタ何やってんの!


「りんこー、こんなに氷が大きいのに、ちょびっとしか入ってないよー」


いやいや、スポーツドリンクじゃねえし。

一気に飲むなよ!

ダブルのウイスキー、一気に飲むなよ!


「み、美咲ちゃん、それはね、一回で全部飲むんじゃなくてね、こう、ちょっとづつ飲むんだよ、一気に飲んじゃダメだよ」


「えー、だって喉渇いてるもん」


あー…

事前に教えておかなかった私のミスなのね。

そうだよね、喉渇いてたんだね…

それにしてもさ、ウイスキー一気して大丈夫なの?ここで美咲ちゃんが酔っ払っちゃったら計画が台無しだよ。


「美咲ちゃん、酔っ払ってない?気持ち悪いとか、頭がグルグルするとか、無い?」


「えー?なんでー?全然ヘーキだよー、りんこは気持ち悪いの?」


美咲ちゃんはいつもと変わらぬ調子でケラケラ笑ってる。

アンタ、ひょっとして酒豪なのか?

もしかして、美咲ちゃんや珍之助ってアルコールが効かないように出来てるのか?

でもこれ以上飲ませて何かあったらマズイ。

美咲ちゃんに酒を飲ませるのはやめておこう。


「あの、すみません、この子に何かノンアルコールのカクテルとか作っていただけませんか?」


美咲ちゃんが喉が渇いたと言うので、いっその事チェイサーでも飲ませとくか!と思ったのだが、それはさすがにアレなので、バーテンさんに頼んでノンアルコールカクテルを作ってもらう事にした。


「お待たせいたしました」


バーテンさんが美咲ちゃんの前に差し出したのは、トールグラスに入った薄いピンク色のカクテル。


「美咲ちゃん、一気に全部飲んじゃダメだからね」


「はーい」


美咲ちゃんは面接の時よりもちょっとだけ濃いめのメイクをしているが、薄暗い部屋の中ではちょうどいい感じに際立って見える。

ブラウンのブーツにちょっと深めに胸元が開いたニットのワンピース。

カウンターを照らすダウンライトの淡い照明が、柔らかそうな髪をキラキラと照らしている。


もうホントに何回も言ってるけど、いいなあ、美人って。

どこでどんな格好してても似合うもんなぁ。


そんな美咲ちゃんを横目で見ながら、取り留めない事をボーっと考えつつチビチビと飲むウイスキーはそろそろ無くなりかけていた。


ん?後ろに人の気配。

何気なく振り返ると、例のオーナーの女性が立っている。


「あそこの大きな柱の横の席に座っているメガネを掛けたお客さん、見える?あの方がお呼びなのよ。お二人が入ってきた時から気になっていたんですって」


うわあ、もう美咲ちゃんにご指名かよ。

そりゃまあそうだわな、この部屋に居る女性の中でも一番若そうで目立つもんなあ。

マズいな。こちらの予想では、あと45分ちょっとで相沢が来るかもしれないし…


でも直々に呼ばれたのに顔も見せないで断るってのは良くない気がする。オーナーが直々に呼びに来たし…


「美咲ちゃん、あと少しで相沢が来るかもしれないからさ、取り合えずちょっとだけ顔出して『今日は挨拶だけで』とか言って10分くらいで帰ってきなよ」


私はそっと美咲ちゃんに耳うちした。


「うん、分かった」


しかし、美咲ちゃんが椅子から降りようとしたとき、オーナーの女性がちょっと慌ててこう言った。


「いえいえ、森下さんじゃなくて、お呼ばれしたのは坂口さんですよ」


えーーー!

私かよ!?

ここはどう考えたって美咲ちゃん一択だろ!?

ブス専か?


「あ、あの、わ、私ですか?」


「はい、坂口さんの事が気に入ったようで、どうしてもお話したいから呼んでくるように言われたのよ」


あちゃ~、何でだよ、何で私なんだよ・・・

仕方ない、テキトーに話をして、当たり障りのない理由でもこじつけて早々に引き上げよう。


私はカウンターの椅子から降りて、その男性の席へ向かった。

美咲ちゃんを一人にしてしまうのが心配だ。

もしこの後すぐ美咲ちゃんを指名する男性が現れて、その後タイミング悪く相沢が来たら、今日の計画は失敗してしまう確率が高い。


「あの、初めまして…私をお呼びくださいましたか?」


柱の横のソファー席に座っていたのは小太りの男性。歳は50から60歳の間くらいだろうか?

銀縁ぎんぶちのメガネを掛けて、顔はどことなくタヌキに似ている。

あれ?この男のヒト、どこかで見た覚えがあるような、無いような…うーん、なんかモヤモヤした気分だ。


「ああ、来てくれてありがとうね、どうぞ、こっちへ座って」


男性が少し奥に移動してソファーのスペースを空けてくれた。


「はい、失礼しまーす」


「えーと、何か飲む?何でも好きな物頼みなさい」


私がカウンターからソファーに移動したのを見ていたウェイターが、すぐさまやって来た。さすがにこう言う場所はウェイターもスマートに動く。

さっき飲んでいたマッカランが美味しかったので、もう一回頼もうと思ったが、初対面の男性を前にしてウイスキーのロックダブルとか、ちょっとアレな気がする。

それに多少なりとも酔っちゃマズいしな…ここは無難なカクテルでも頼んでおくか。


「じゃあ、モスコミュールお願いします。ライム多めで」


「かしこまりました」


ウェイターが退くと、待ってましたとばかりに男性が私に身体を密着させてきた。

うわぁ~、何だよコイツ、いきなり距離詰めてきやがって。キャバクラじゃないんだからさ、もっとスマートに出来ないのかよ?


「キミ、名前は何て言うの?」


「え、あ…ま、真子です。真水の『真』に子供の『子』って書いて真子です(とっさに偽名を使った!でも何で真子なのか?自分でも良く分からん)」


「マコちゃんかあ、カワイイ名前だねぇ、へっへっへ、マコちゃんは今日が初めてってオーナーから聞いてるけど、そうなの?」


「はい、今日初めて来たんですよ~、だからちょっと緊張してますぅ」


「へっへっへ、そうなのぉ~、初めてなんだぁ~、そうかそうか、初めてなんだぁ!、いやぁ、ラッキーだなあ、へっへっへ」


キモい笑い方するな。でもこのタヌキ顔、どこかで見たような……うーん、思い出せない。

まさか知り合いの知り合いとかじゃないよね?

私の頭の中で知り合いや仕事関係の人間の顔が、まるでパラパラアニメのように浮かんでは消える。でもやっぱり思い出せない…


あ!


この人、国土交通省大臣の脇坂じゃんか!

私がまだ子供の頃、当時の総理大臣の娘と結婚して婿養子に入った、メッチャ恐妻家で奥さんに頭が上がらないって言われている脇坂国土交通省大臣だ!

そんな恐妻家のアンタがこんなトコに来てて大丈夫なのか?

奥さんにバレたらかなりヤバイんちゃうの?


「お待たせいたしました」


ウェイターが私の目の前にモスコミュールを置き、脇坂の前にもグラスを置いた。

たぶんウイスキーのロックか何かだろう。


「じゃあマコちゃん、乾杯しようか」


「はい、お会いできて嬉しいです(ぜんっぜん嬉しくねぇよ)乾杯!」


「乾杯!へっへっへ、僕も嬉しいよ、いやぁ、今日はラッキーだ」


脇坂はもう数杯飲んでいるらしく、喋ると酒の匂いが漂って来る。こいつたぶん、もう出来上がってるな。

何気なく美咲ちゃんの方を見ると、まだひとりでカウンター席に座っている。

誰かが美咲ちゃんを呼ぶ前に戻らないと。


「マコちゃんはどこに住んでるの?一人暮らし?仕事は何してるの?」


「私は荻窪に住んでます。一人暮らしの普通のOLですよ」


「そうなの~、一人暮らしなんだ~、へっへっへっへ、OLさんかぁ、OLのお給料じゃ家賃とかも大変だよねえ」


「ええ、まぁ・・・うちの会社、そんなにお給料いい方じゃないんで・・・まあちょっと大変かな」


「そうだよねぇ。もし良かったらね、僕が少し助けてあげる事もできるんだよね、場合によっては。へっへっへ」


酒臭い息を吐きながら、脇坂が私の腿に手を置いた。そしてその手を微妙に動かして、私の肌の感触を確かめている。

うぇ~、キモい!ここはそーゆー店じゃねぇだろ!


ヤバい、キレそうだ。

でもここで私がブチ切れたらすべてが台無しになってしまう。

私がリアクションに悩んでいると、脇坂の手がさらに腿の内側へ滑りこんで来た。

はぁ~、ったく、しょうがねぇなあ・・・


「そう言うコト、やめてもらえます?」


私がキツイ表情で脇坂の目を真っすぐ見ながら言うと、脇坂はキョトンとした表情で私の腿に置いた手を引っ込めた。

脇坂は尚もキョトンとした表情で、口をぽかんと開けて私の顔を見ている。

まさか拒否されるとは思っても見なかったのか?どうしたんだ?


「マ、マコちゃん、い、今の目、すごくいいよ!いいよいいよ、すごくいい!もう一回言ってくれないか?さっきみたいに」


はあ?何言ってんだよ?意味わかんねえよ。脇坂さん、アンタ一体どうした?


「な、何なんですか?もう一回って」


すると脇坂がまた私の腿に手を置き、今度はその手をスカートの中に入れてきた。

何してやがる!ふざけんなよ、このエロ狸!もう我慢ならん!


「おい、何してんだよ、いい加減にしろよ」


大声を上げるわけにもいかないので、私は脇坂を睨みつけながら低い声で窘めた。


「ううう、いいよ、すごくいいよぉ!もっと乱暴な言葉で言ってくれないか?頼むから、お願いだから」


「はぁ?何なんだよそれ、このエロ狸!私に頼みごとするなんて100年早いんだよ、このクソエロジジイ!」


「いい!いいよ~、もっと言ってくれよ~、もっと僕を睨みつけて、ハァハァ、もっと叱ってくれよ~、お母さんみたいに叱って!」


「アンタっていつもこうだよね、子供の時からバカでグズでダメな子だったよね、ホント、呆れるわ、こんな最低のクズ野郎、アタシの子じゃないよ!」


「ううう、ハァハァハァ、もっと、もっと言ってよ、もっと叱ってよぉ!ママ~、もっと叱ってぇ!ママ叱ってぇ!」」


「バカ、クズ、変態!アンタこんなふうに言われるのが好きなの?マジキモいわ、もう最悪だわ、あたしゃこんな子生んじゃって本当に恥ずかしいよ、アンタなんかブタ以下のクズ野郎だよ!ブヒ~って言ってみろ!この豚野郎!ブヒィィ!って言え!」


「あ~!ママァ~!ハァハァハァ、ごめんなさいごめんなさい、僕は悪い子だよぅ、ごめんなさい!ブヒ~、ブヒ~、ブヒィィィィ~、ハァハァハァ、ああ~」


「キモっ!うえぇ~、ホントにキモいわ!この腐った豚野郎!ゴミ!クズ!ウジ虫!もう死ねよ、死んじゃえよ、早く死ねって言ってんだよ!今ここで死んじまえっ!」


「ううっ・・・ハァハァハァハァハァハァハァ、ああっ!ああっ!う~~~@$&%▲+●&!$#!!!」


脇坂は顔を真っ赤にして上半身をソファーに横たえ、ヒクヒクしながら右手で股間を触りながらモゾモゾ動かしている。

こ、こいつ、超ドMで幼児プレイ嗜好なんだ!変態の中の変態!HENTAI of the HENTAI!

って、私も何で付き合ってんだ?ちょっと面白かったけど。


その時、脇坂の携帯の着信音が鳴った。

脇坂は背広の内ポケットから携帯を取り出すと、何事も無かったかのように落ち着いた声で話し出した。


「はい…ああ、今ね、道路公団の理事長と一緒でね……ああ、虎ノ門の料亭だ…もうお開きだからすぐ帰る…はい、はい…」


さては奥さんだな。

何が虎ノ門の料亭だよ。アンタさっきまで『ママァ~』とか言ってハァハァしてたじゃんか!


「マコちゃん、本当に残念だけど帰らなきゃならないんだ。今日はすごく良かった!こんなに良かったのは久しぶりだよ!また会ってくれるよね?ね?ね?それからさっきの援助の話だけど、どうかな?また会った時にマコちゃんの希望を聞いてあげるから考えておいてね、約束だよ!それと良かったら電話番号教えてくれないかな?」


「電話番号ですか…いや、それは…」


「じゃあLINEでもいいよ」


「はぁ…」


このまま無下に断るのもナンだし、LINEくらいならいいか?と思い、私は脇坂とLINEのIDを交換した。


「じゃあマコちゃん、連絡するからね、待っててね、絶対にまた会ってね!」


「はい……お気をつけて」


脇坂は名残惜しそうに何度も私の方をチラチラ見ながら部屋を出て行った。


あ~あ、いきなりお呼ばれしたと思ったら、ドMで幼児プレイ趣味の筋金入りのド変態かよ…

まあね、変だと思ったんだよね、美咲ちゃんを差し置いて私が呼ばれるなんて。

政治家も色々大変なんだろうな。ストレス溜まってるんだろうな。



美咲ちゃんの座っているカウンターへ戻ると、美咲ちゃんはまだひとりで座っていた。

良かった、誰もまだ美咲ちゃんを呼んでいないようだ。


「りんこー、何話してたの?何だか楽しそうだったねー」


「え?あはははは、まぁ、楽しいって言えば楽しかったけどね」


その時、入り口のドアが開いて男性が一人入って来た。


来た!ヤツが来た!

相沢だ!

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