第36話 面接

今日はデートクラブ登録の面接日。

15時から18時の間に面接に来てくれと言われているので、私は仕方なく会社を休んだ。


それにしても・・・気が重い。

こんな私が登録させてもらえるのだろうか?

30手前のババァだし、貧乳だし。取り立てて美人でもないし。


相沢にバレないように私は変装してデートクラブに入る予定なので、面接の時も同じ風体で行かないと・・・と言うワケで、面接に行く前に別人メイクをしてもらった。

山下新之助の事務所専属のメイクさんが部屋へ出張してきてメイクをしてくれたのだが、別人になるともなると結構時間がかかるのだ。


普段はもちろん自分でメイクをしているのだが、私はお化粧とかヘアスタイルとか、実はそれほど興味が無い。

いや、まったく無頓着ってワケじゃないけど「ま、テキトーでいいや!」って思ってしまう。


私くらいの年齢の女性でも、外出時のメイクは最低でも30分以上はかけて・・・と言うのが普通だと思うんだけど、私なんか長くても10分くらいだもんね。

あー女子力低いな。ハハハ。


だから他人にメイクしてもらう事なんて滅多にない。それもプロのメイクさんに。だから今回はとても新鮮な体験だったのだ。

薄いシャドウの付け方だけでこんなに印象が変わるなんて思ってもみなかった。毎日見ている自分の顔が、メイクさんのテクニックでどんどん違う自分に変わっていく。

スゲーな!

プロの技って、ホントにすごい!


そしてド貧乳の胸にはデカイ胸パッドが挿入され、私の胸はいきなり美咲ちゃんと同じくらいの”おっぱいバーン”になった。

そうだったのか・・・胸があると立った時につま先が見えなくなるのね。知らんかったよ・・・

仕上げにロングヘアのカツラを被り、スタイリストさんが用意してしてくれた細いスクエア型のメガネ、そして黒いスーツとミニのタイトスカートを着て鏡に映った自分を見ると・・・


ち、痴女だ・・・


何かこう、男性新入社員を誘惑する社長室の色ボケ秘書みたいじゃんか!?

『誘惑社長室 逆セクハラ残業はコンプラOK』とかのAVに出れそうだぞ。アホか。


「わ~!りんこすごーい!」

「さ、坂口さんっ!全然雰囲気変わりましたね!ホントに別人ですよっ!」


美咲ちゃんと山下新之助も驚いている。と言うか、若干引き気味のような・・・


自分でも『こりゃちょっとやり過ぎじゃないか!?』と思ったが、まあ仕方ない。




「じゃあ面接行ってきま~す」


14時半にマンションを出て、デートクラブがある最寄の赤坂駅に着いたのが15時半。

平日のこんな時間に仕事以外でこんな場所に居るなんて・・・


まさか会社の人に会ったりしないよね?

知り合いにバッタリ会ったりしないよね?

でも変装してるから大丈夫かなあ?


私はちょっとビクビクしながら、やわらかい秋の日差しが降り注ぐさくら坂を美咲ちゃんと一緒に歩いた。

慣れないヒールを穿いたつま先がちょっと痛い。


面接という事で、今日は美咲ちゃんもメイクをしてもらっている。

ふと気づいたのだが、美咲ちゃんっていつもスッピンだったんだよね、スッピンであのレベルだったんだね・・・

それなのに化粧なんかしたもんだから、美少女を通り越してスーパー美少女っつーか、もう何て言ったらいいのか分かんないくらい超絶美人になっちまったよ。

ただでさえ美味いラーメンなのに、黒豚の厚切りチャーシュー乗っけてみました!みたいな。よく分かんねぇか。


それに引き換え、アタシは・・・痴女か?

もう美咲ちゃんと並んで歩くのが苦痛になって来た。

帰りてぇ・・・

今すぐ帰ってソフトさきイカでも食いながら酎ハイ飲みてぇ。


などと考えながら歩いていると、住宅街の中にポツンとある大きな洋館が見えてきた。

あれがデートクラブの建物か。

山下新之助が言った通り、レトロなゴージャスさが漂う、一般人ではちょっと近寄りがたい雰囲気の建物だ。


大きな門の柱にインターホンが設置してある。


「あのー、面接にお伺いしたモノですが・・・」


「はい・・・えーと、山下さんのご紹介の方ですね、今門を開けますね」


鉄製の大きな門がガラガラと音を立てながら自動で左右に開いた。


門を抜けて車寄せの前まで歩くと、品の良さそうな初老の女性が笑顔で出迎えてくれた。

え?この人がここのオーナー?


「山下新之助さんの紹介で面接を受けさせていただきたく、お伺いしました。坂口と森下(美咲ちゃんの苗字は森下という事にしてある)と申します。本日はよろしくお願いいたします」


「はいはい、お話は山下さんから聞いていますよ。さ、どうぞこちらへ」


女性の後に付いて中へ入ると、天井から下がった大きなシャンデリアが目に付いた。

大きいシャンデリアだなあ、高そうだなあ。

内部はフランス風ルネッサンス様式とでも言うのだろうか、シックな中にも金色の装飾がゴージャスな雰囲気を醸し出している。

中央にある階段の踊り場にはあざやかなステンドグラスが施されており、太陽の光を透過して輝く姿に思わず足を止めて見入ってしまった。


「あのステンドグラス、気に入りました?」


私が立ち止まったのに気づいたのだろう、初老の女性が声を掛けてきた。


「あ、はい、すごく美しいですね、まるで教会みたい」


「この建物はね、1920年にオランダ人の貿易商が建てたものなんですよ。だからもう100年くらい経ってるのよ」


歴史ある建物なのに、今は売春あっせん所みたいになってるなんて、オランダ人の貿易商も草場の陰で泣いてるだろうな・・・


私と美咲ちゃんはオーナーと思しき初老の女性に案内されて二階の小部屋に入った。

そこは恐らく事務所として使われている部屋で、テーブルや椅子、キャビネットなどが置かれていて、隅には簡単な応接セットがある。

その応接セットのソファーに座ると、女性がコーヒーを出してくれた。

彼女は60歳くらいだろうか?背は150cmくらいでかなり痩せている。

穏やかな笑顔を絶やさず、立ち振る舞いも上品で、いかにも上流階級の人間と言った雰囲気だ。


「坂口さんと森下さんですね、山下新之助さんからお話は伺っていますよ。今日は平日のこんな時間にわざわざお越しいただいてありがとう。ここの場所はすぐ分かりました?」


「はい、とても素敵な建物なので、すぐに分かりました」


「そうですか、それは良かったわ。ここって住宅街の中でしょう?道に迷う方が多いんですよ」


それからはたわいもない世間話が延々と続いた。

面接じゃなかったの?

つーか、結局どうすればいいの?


「あの・・・今日は面接と言う事でお伺いしたのですが・・・」


私は不安になって女性に聞いてみた。


「あー、そうですね、はいはい、大丈夫ですよ。お二人とも来ていただけます?」


「はい・・・あの、でも、面接って・・・」


「あー、そうね、こんな世間話ばかりしてたら不安になっちゃうわよね。ごめんなさいね。私、もうこんな歳でしょ?この仕事も長いから、しばらくお話したらその方がどんな人なのかな?って分かっちゃうのよ。だからね、

お二人ともオッケーですよ」


そうだったのか・・・

デートクラブの面接って言うもんだから、ひょっとしたら怖いおじさんとかが出て来て「じゃあ服脱いでもらえる?ゲヘヘヘ」とか言われるのかと思ったよ。いやマジで。

まあ別に裸を見られるくらいだったら何て事ないけどさ、胸に入れてる特大パッドがバレるのが怖かったのよ。


それからはお客を取った時の注意点を説明してくれた。

客の男性から見たり聞いたりした情報は決して誰にも言わない事。このデートクラブはあくまでも出会いの場であって、建物から一歩でも外へ出た後で起こった事は、デートクラブ側は一切関知しない事。

客とホテルへ行こうが何しようが、それは自由恋愛の範疇であるから、デートクラブ側は知ったこっちゃありませんよ。というワケだ。

女性は登録したら毎日来ようが、週イチで来ようが自由だが、かならず月に7日は顔を出さなければいけないらしい。

そして登録時のデポジットとして20万円が必要で、1年以内に月7日以上来られなくなった場合は、デポジットは返金されない。

えっ!20万円も!?

と思ったが、既に私と美咲ちゃんのデポジットは山下新之助が支払ってくれたそうだ。

ああ、また山下新之助に頭が上がらなくなっちゃうよ、いつも申し訳ない・・・


面接を終えてデートクラブを出たのが17時半。

辺りはもう夕暮れ時で、西の空は茜色に染まっていた。

何だかんだ言って結構時間かかったなあ・・・


面接からの帰り道、赤坂駅までの道すがらにサカス坂を歩いている時だった。

後ろから近づいて来る人の気配・・・

わわわ?ひょっとして私、また狙われてるんじゃ!?

でもキーホルダーはちゃんと持ってるし、私と美咲ちゃんがここを歩いている事は誰も知らないはず。

美咲ちゃんは何も気づいていない様子で、初めてのサカス坂の景色をキョロキョロ見ながら楽しそうに歩いている。

後ろの人の気配がだんだん近づいて来る。

心臓がバクバクしてきた、走るか?一気に逃げるか?どうしよう!?


「お姉さ~ん、ちょっとぉ、お二人さん、どこ行くんスかぁ~!」


え!?

後ろを振り返ると、二人の男が立っていた。

一人は20代前半だろうか、茶髪に薄い色のサングラスをかけ、耳たぶに金色のピアスをしている。大き目のパーカーにピチッとしたダメージジーンズを穿き、蛍光イエローのスニーカーを素足に履いている。

もう、どこから見ても、まごうことなき”チャラ男”。

もう1人はもう少し年上だろう、私と同い年くらいか?

ノーネクタイでスーツを着ており、ワイシャツのボタンを第二ボタンまで外している。どう見ても日サロで焼いたと思われる不自然な日焼けした肌に無精ひげ。そして髪はロンゲ金髪。

コイツもどこから見ても、まごうことなき”チャラ男”。

今時いるんだ、こんな人。


「ねぇ、お姉さんたち、すげーイケてるっつーか、マジやばくねぇっスか~、これからどこ行くんスか?」


あー、面倒くさい奴らに引っかかっちゃったなぁ。

ナンパか?

まあそうだろうな。歩いていると美咲ちゃんを見る男性の視線をビシバシ感じたもんな。

でも、よりによってコイツらかよ・・・


「美咲ちゃん、コイツら無視してそまま歩いて」


私は美咲ちゃんにそっと耳打ちしてそのままスタスタとサカス坂を下って行った。

が、4~5歩歩いたところで横を見ると美咲ちゃんが居ない。

振り返ると、チャラ男どもと美咲ちゃんが何やら話している。


「ちょっと、美咲ちゃん!そんなのに構ってないで帰るよ!」


「あー、お姉さ~ん、『そんなの』なんてヒドイなあ、俺らまだ何もしてないっしょ!俺らこう見えてもマジメっすから」


どこが真面目に見えるんだよ。

どう見ても『これから飯食って飲み行ってカラオケ行ってホテル』とか考えてんだろ。


「りんこー、この人達ねー、ご飯ご馳走してくれるんだってー!それでねー、一緒にお酒飲んでねー、りんこお酒好きでしょー、その後カラオケ行くんだってー!」


嬉しそうに報告する美咲ちゃん。

あーあ、ビンゴじゃんかよ。

ナンパの鉄板フルコースじゃんかよ。

私が大学生の時から変わってないのか?このメニュー。


「こっちのカワイイ彼女、美咲ちゃんって言うの?そうかぁ、美咲ちゃんかぁ、マジかわいいよね~、ひょっとして芸能人かなんか?それにお姉さんの方も超イケてるし!めっちゃアダルトな感じだし!俺ら飯奢るからさ、どう?これから一緒に?何でも好きなモン奢りますから!」


ああー・・・そうか、今日は別人メイクで『社長室の色ボケ秘書』みたいになってるんだよ、私。

超絶美少女と色ボケ秘書がこんなとこ歩いてたら声を掛けられても仕方ないか・・・


「ごめんね~、私達急いでるからね~、他をあたってね~」


私がそう言って美咲ちゃんの手を引いて歩き出そうとしたとき、ロンゲ金髪が私の腰に手を回して私の身体を自分の方に引き寄せた。


「お姉さ~ん、つれない事言わないでさぁ~、メシ食いに行きましょうよぉ、絶対楽しませるからさぁ、取り合えずメシだけ、どう?」


安っぽいコロンの甘ったるい匂いが鼻についた。

そう言えば同期の佐々木が似たようなオーデコロンつけてたな。


「ちょっと、その手、放してもらえます?」


「おー、怖いなあ!でもお姉さん、マジでセクスィ~っすね、ちょっと怒った顔もたまんねぇッスよ!」


てめぇ、マジでキレるぞ。

ナンパするのはいいけどな、もうちょっとやり方ってモンがあんだろ?

こんなんでホイホイ付いてく女が居るのか?


美咲ちゃんの方を見ると、若い茶髪が寄り添い、美咲ちゃんを必死に口説いている。

そして私がされたのと同じように、若い茶髪が美咲ちゃんの腰に手をまわした時だった。

美咲ちゃんは男の手を後ろ手に掴んで上にひねり上げ、頬に平手打ちをかましてから足払いをかけた。

尻もちをついたような格好で地面に倒れる若い茶髪。


「てめぇ、何し・・・!」


ロンゲ金髪が美咲ちゃんに殴り掛かろうとする。

が、すぐさま体勢を立て直した美咲ちゃんが、ミニスカートからパンツ丸見えの鮮やかなハイキックをロンゲ金髪の顔面に叩き込んだ。

あ、美咲ちゃん、今日は黒いパンツ穿いてるんだ。それいつ買った?ってこんな時に何考えてんだ、私。


歩道脇の植え込みに倒れ込むロンゲ金髪。

植え込みの中でゴソゴソ動いているから死んじゃいないだろう。

若い茶髪がロンゲを植え込みの中から引っ張り出そうとしているが、恐怖心からか腰が抜けたようになってしまっていて上手く引っ張れない。

仕方ないので私と美咲ちゃんでロンゲを植え込みから引っ張り出してあげた。

美咲ちゃんのハイキックをまともに受けたロンゲは、鼻血を出して顔面血だらけ。


「アンタらさ、ナンパするのは自由だけどね、しつこくするのはアウトだからねっ!分かった?」


「は、はい・・・すいません・・・」


「じゃ、帰ろっか、美咲ちゃん」


「あ、あの・・・」


「何よっ!まだ何かあんの?」


「あの、お詫びに飯でも・・・」


「お兄さん、もう一回蹴られたいの?」


「あ、いや、ウソです、冗談です、すんませんっ!」


この期に及んでまだそんな事言うか?

でもまあ、その熱意だけは認めてやる。つーか、その意欲を他の事に使えよ。

それにしても美咲ちゃん、すごい早業だった。ひょとして珍之助より強いんじゃないの?

若い茶髪が美咲ちゃんの腰に手を回してからロンゲが植え込みに倒れるまで、僅か2~3秒の出来事だった。


「美咲ちゃん、大丈夫?でもいきなりだったからビックリしちゃったよ、ちょっとやり過ぎかなって思っちゃったけど」


「あのね、しんちゃんがね、男の人に触られたらやっつけちゃっていいって言ったからね、やっつけちゃった」


「あ、ああ、そう・・・山下さんがそう言ってたのね」



山下さん、美咲ちゃんの事が心配なのは分かるけど、ありゃちょっとやり過ぎだよ。

今回は大した事無かったからいいけど、美咲ちゃんが本気出してたらアイツら死んでたかもしれない。

珍之助もそうだけど、もう少しちゃんと常識を教えてやらないといけないかも。


赤坂駅に着くと帰宅ラッシュの真っただ中。

改札周辺は人でごった返している。

このまま満員の地下鉄に乗って美咲ちゃんが痴漢にでも遭ったら、また大立ち回りをして大変な騒ぎになるかもしれない。


私達は地下鉄を使うのはやめにして、タクシーで帰る事にした。

この時間、都内はそこかしこで渋滞していて、赤坂から用賀までタクシーを使うとなると結構な金額になるだろう。

でもまた美咲ちゃんが大暴れするよりはいいか・・・

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