第35話 デートクラブ シミュレーション

今日は会社を出た後、食事がてらに例の「デートクラブ潜入計画」を優子に説明した。

私が計画を話すと、相変わらず優子はオドオドした様子でビビっていたが、最終的には理解してくれた。

まあ、明生クンを病院から連れ出した時のように、イザとなったらバッチリやってくれるだろう。


優子と別れて用賀のマンションに着いたのが21時。


「ただいまー」


「りんこー、お帰りー!」


いつものように美咲ちゃんがリビングからバタバタと走って・・・来ない!?

背筋をピンと伸ばして、ゆっくりとこちらへ歩いて来る美咲ちゃん。

おお!レッスンの効果が出てるじゃんか!


例の計画が決まってから、山下新之助の事務所のダンスの先生が毎日部屋へ来て、美咲ちゃんに歩き方や身のこなし方を教えてくれている。

前は両手を身体の横でブラブラさせて、まるでペンギンみたいに歩いていたのだが(まぁ、それはそれで可愛いんだけど)、ここ数日は歩き方はもとより、日常の些細な素振りも上品になったと言うか、どこかの『いいトコのお嬢さん』みたいな感じになって来た。身のこなし方ひとつでここまで印象が変わるんだなあ。私も気を付けようっと!


リビングでは山下新之助と珍之助がキッチンカウンターに座って、何やらノートパソコンの画面とにらめっこしている。

また新しいアニメでも見てるのか?

タイでの仕事から帰って来てから、山下新之助はラジオのレギュラー番組以外の仕事は入れていないようで、15日からの沖縄ロケまではほとんどオフみたいな感じらしい。

一日中珍之助や美咲ちゃんとアニメを見たり、美咲ちゃんのレッスンを手伝ったり、岡島激斗と外出したりして過ごしているようだ。

毎日会社でヒーヒー言っている私からすると何とも羨ましい感じなのだが・・・でも気楽そうに見えるけど、一般人の私には到底分からない苦労があるんだろうな。


「あ、坂口さん、お帰りなさい」


山下新之助が私を見て微笑みながら挨拶してくれる。

家に帰ると山下新之助の笑顔が待ってるなんて・・・最高かよ!


「ただいま帰りましたー。美咲ちゃん、レッスンの効果が出てるじゃないですか!いつもみたいにバタバタ走って来ると思ったら、今日は楚々としてどこかのお嬢さんみたいでしたよ」


「そうですか!そりゃ良かったなあ!美咲!坂口さんが褒めてくれたよ!」


「えへへー」


「今日はこれから、デートクラブで相沢と話す時のシミュレーションをしようと思ってるんです。もう日にちもあまり無いし、予行練習しておいた方がいいかなと思いまして。で、僕が相沢の役をやって美咲と話しますので、坂口さんは審査員になったつもりで美咲の受け答えをダメ出ししてやってください。まずいトコがあったら、その場で止めて指摘してくださいね。ちなみに美咲は22歳の大学生で、18歳までアメリカに住んでいた帰国子女って設定です」


「わかりました」


「じゃあ始めましょうか。おーい美咲、ちょっとここへ座って。今からさっき言ったお芝居の練習するから。いい?」


「うん、オッケー」


山下新之助に呼ばれて彼の隣に座る美咲ちゃん。いつもだったら椅子の上で胡坐をかいてカウンターに頬杖をついて座るのが彼女のクセなのだが、今は背筋を伸ばして両手を合わせて膝の上に置いている。


「それじゃあ始めますね。ここはデートクラブのカウンター席で、僕が扮する相沢が美咲を呼んで、美咲が隣に来た場面という事にしましょう。じゃ、始めます」


「ねえ、キミ、ここ初めて?」


ドキッとした。

もちろん私が話しかけられたワケじゃないのだが、この一言だけで、さっきまでの山下新之助とはまるで違う別人がそこに座っているような感覚。これがプロの俳優さんなのか・・・


「はい・・・今日が初めてなのでちょっと緊張しちゃって・・・でもアナタみたいな方に誘っていただいて良かったな、優しそうだし・・・あの、お名前教えていただけませんか?」


おお!いいぞいいぞ美咲ちゃん!

その少しはにかんだ様な表情もグッとくるぜ!ええんちゃうの!?


「俺の名前?じゃあ上の名前だけでいいかな・・・堀内だよ(相沢は絶対に偽名を使うはずだ)」


「堀内さん、ですか・・・堀内さんって呼ぶの、ちょっと堅苦しくないですか・・・あの、私が呼びたいように呼んでいいですか?その方が身近な感じがするかなって・・・」


「へぇ、面白いコト言う子だね、キミ。いいよ、俺のコト、何て呼んでくれるの?」


「ホッピー」


「カーーーーット!!」


いやいやいや、『ホッピー』はねえだろ!

浅草の飲み屋じゃないんだから。モツ煮食いたくなるじゃんか。


「美咲ちゃん、ホッピーはダメだよ」


「え~、なんでー、カワイイじゃん」


「いや、まあカワイイって言えばカワイイけどさ、そう言う時は『下の名前で呼ばせて』とかの方がいいんじゃない?」


「そうかー、うん、わかったー」


「じゃあさっきの山下さんの上の名前ってトコからもう一度行きますよ、アクション!」


-------------------------


「俺の名前?じゃあ上の名前だけでいいかな・・・堀内だよ」


「堀内さん、ですか・・・でも、下の名前で呼びたいな・・・あの、その方が身近な感じがするかなって・・・」


「へぇ、面白いコト言う子だね、キミ。じゃあ教えてあげるよ、俺の下の名前は”タカシ”だよ」


「タカシさん、ですか・・・・・じゃあ『タカピー』って・・・」


「カーーーーット!!美咲ちゃん、何でそっち方面へ持ってくの?」


「だってぇ、タカピーの方がカワイイもん」


「いやいや、カワイイ成分とかいらないから!そこは普通にタカシさんとかでいいのよ」


「はぁい・・・」


「じゃあもう一度行きますよ、アクション!」


-------------------------


「へぇ、面白いコト言う子だね、キミ。じゃあ教えてあげるよ、俺の下の名前は”タカシ”だよ」


「タカシさん、ですか・・・じゃあこれからそう呼んでもいいですかぁ?」


「まあ、いいけど・・・それじゃあ君の名前も教えてよ」


「私の名前?どうしようかな・・・もっと仲良くなれたら教えてあげてもいい、かな?タカシさん、どうします?私の名前、知りたい?」


いつもはポニーテールにしている美咲ちゃんだが、今日は髪を下ろしている。

グラスを持った右腕の肘をカウンターに乗せ、グラスを傾けて中の氷をクルクルと回しながら、微妙な流し目で話す美咲ちゃん。

キミ、どこでそんな技覚えた?

まだほんの少しあどけなさが残る美少女が、そんな仕草でそんなセリフ言ったら・・・そのギャップ感がヤバイぞ。

しかもまだ22歳、いや、まだ生後4か月じゃんか!魔性の女か!?


「もっと仲良く?ははは、君の言う『仲良くなる』って、どう言う事なのかな?じゃあさ、仲良くなるために、僕はキミに何をしてあげたらいい?」


「あのねー、大納言あずきをねー・・・」


「カーーーーット!!美咲ちゃん、素に戻っちゃダメでしょ!大納言あずきとか、そーゆーの無しだから!」


「あー、ごめんなさーい」


「じゃあもう一度行きますよ、アクション!」


-------------------------


「もっと仲良く?ははは、君の言う『仲良くなる』って、どう言う事なのかな?じゃあさ、仲良くなるために、僕はキミに何をしてあげたらいい?」


「そうですね・・・もっとお互いの事、良く知らないと・・・私、アナタの事もっと良く知りたい。それと・・・私の事も知って欲しい・・・本当の私って言うのかな、ちょっと恥ずかしいけど・・・ダメ、かな・・・」


くぅ~!

やべぇぞ!やべぇぞ美咲っ!

最後の上目遣いで髪をかき上げながら『ダメ、かな・・・』とか、女のアタシでもドキドキするぞ!

ちょっとあざとい気もするが、高級デートクラブってくらいだから他の女の子も美人揃いなんだろうし、選ばれるためにはこれくらいやっちゃった方がいいかもしれない。


「山下さん、どうですか?美咲ちゃんの演技」


「いやあ、マジやばくないですか?ちょっとわざとらしい所もありますけど・・・でも相沢ってちょっと変態入ってて、性欲が強い人間なんですよね?その辺をつついたらもっと食いつくんじゃないですかね?」


え?

山下さん、美咲ちゃんにこれ以上グイグイやらせる気ですか?

あたしゃ別にいいですけど、美咲ちゃんに出来るのか?


「あの、美咲ちゃん、美咲ちゃんが相手する予定の相沢って人はね、すごくエッチが好きで、変態なんだよね」


「へんたい?じゃあちんのすけと同じだねー!」


うわっ、珍之助って美咲ちゃんに変態認定されてるのかよ?

そりゃまあ、あんなエロフィギュアのサイトをしょっちゅう見てりゃ、変態って呼ばれても仕方ねぇか!


「ち、珍之助は、まあ、確かに変態だけど、善良な変態でしょ?(何だそりゃ)その相沢って人はもっと強烈に悪い最低のクズ変態なんだよ。四六時中女の子とエッチしたくてしょうがない病に罹ってるの。だからね、そこらへんを踏まえて会話してみて欲しいの。出来る?」


「うーん、難しいなー・・・うん、やってみる!」


「じゃあもう一度行きますね、最後のタカシさんのセリフから、アクション!」


-------------------------


「もっと仲良く?ははは、君の言う『仲良くなる』って、どう言う事なのかな?じゃあさ、仲良くなるために、僕はキミに何をしてあげたらいい?」


「そうですね・・・もっとお互いの事、良く知らないと・・・私、アナタの事もっと良く知りたい。例えば、二人きりになったらどうなのかな?とか、抱きしめられたらどうなのかな?とか・・・それと・・・私の事も知って欲しい・・・本当の私って・・・あの・・・私って、実は人に言えないようなコト、してみたいって思っちゃったり、すごく恥ずかしい事されてみたいって思っちゃったりするんだけど・・・こんな私じゃダメかな・・・」


「みみみ、美咲ちゃん!完璧だよ!すごいよ!でも一体どこでそんなセリフ覚えたの?むしろ心配になっちゃうよ、私は」


「あのねー、りんこが貸してくれたDVDの映画の女の子だったら何て言うかな~?って考えて話したよ」


あ・・・そうだ、その手の悪女モノや、ちょっとエロいラブストーリーの映画のDVDを何本か借りて、美咲ちゃんに見ておくように言ったんだった。

そうか、きっとアレだ、あの映画だ。

少女が次々と強姦魔の男やマフィアの悪人を色仕掛けで騙して殺して行くインディーズ映画の中に、こんな場面があったよな。

15歳の少女が変態の殺人鬼を誘い出すシーンで、似たようなセリフを言ってたのを思い出したよ。


それから小一時間ほど、私達は相沢との会話パターンを予想しながら会話シミュレーションをした。

【ルックス最高、スタイル最高、英語もペラペラな帰国子女なのに、性癖をこじらせてデートクラブに登録しちゃった女子大生】

これが今回の美咲ちゃんのペルソナ設定だ。

いやこれって・・・結構ヤバイ奴じゃん。


初対面の女性に対して、相沢はどんな感じで迫って来るのか、どんなアプローチをして来るのか、そこらへんは優子に詳しく聞いてある。

傾向と対策はバッチリ、だといいなぁ・・・


当日は小型カメラとマイクを仕込んだブローチを美咲ちゃんに着けてもらい、その小型カメラからブルートゥースで送信されて来た映像と音を山下新之助のスマホでリアルタイムでモニタリングできるようにする予定だ。その映像と音を離れた席で私と山下新之助がモニターする。これだったら何かヤバイ兆候があったとしても、すぐに美咲ちゃんを連れて逃げ出せるだろう。

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