第28話 決闘?
山下新之助のマンションは6階建ての低層マンションだが、ひと月の家賃ン十万円の高級マンションとあって、ファシリティー(プールやジムなどの共有施設)はかなり充実している。
屋上には壁の無いインフィニティープールとアスレチック機器が設置されたフィットネスジム、サウナにキッズスペース等があり、入居者なら自由に使うことが出来る。
フィットネスジムの中には広いダンススタジオのような場所があり、そこでは入居者向けにヨガ教室やピラティス、ムエタイ教室などが毎週開催されている。
そのダンススタジオのスペースで、岡島激斗と珍之助が試合をすることになった。
ムエタイ教室で使用しているボクシンググローブがあるので、それを借りる事が出来るからだ。
この話が出てから、岡島激斗はやる気満々。さっきまでの挙動不審さはどこへやら。左手に巻いた包帯やアイパッチも外してスタジオ内で準備運動をしている。
アンタ、包帯外して大丈夫なのか?堕天使ルシファーに変身しちゃうんじゃないのか?知らんけど。
「ねえ、珍之助、あんた絶対に本気出しちゃダメだからね、あんたがマジで岡島さん殴ったら、彼死んじゃうかもしれないんだから、ちゃんと手加減してよね!」
私はスタジオ内にある柱の陰で珍之助のボクシンググローブを付けるのを手伝いながら、岡島激斗に聞こえないように小声で珍之助に話す。
「でも僕が負けたら美咲は岡島さんと恋人になるよ?それは昨日決めた設定と違うよ?」
「まあそうだけどさ、こうなっちゃったら設定なんてどうでもいいんだよ」
「じゃあ僕は負けた方がいい?ちんこは僕が負けるがいいのか?美咲が岡島さんとラブラブになるがいい?」
「いや、まあ、それはそれでメンドクサイんだけどねぇ・・・」
「じゃあ僕が勝つ」
「いや、またそれはそれでマズイんだよねぇ・・・」
「なぜ?僕が勝つとなぜマズイ?」
「だってさ、岡島さんってああ見えても格闘技の大きな大会で何回も優勝してるんだよ。だから世間的にはすごく強い人って事になってるの。その強い人を珍之助がボコボコにしちゃったら、色々とマズイでしょ?」
「じゃあどうすればいい?」
「どうしたらいいかなあ・・・えーい、もうわかんねぇよ!珍之助の好きにして!」
部屋の真ん中では岡島激斗が既に準備を終えて珍之助が来るのを待っている。
ボクシンググローブをはめて短パンを穿いた彼は、見るからに逞しく強そうだ。
さっきまでのキョドった彼からはまるで想像できない、やたら強そうな格闘家の岡島激斗の姿。
うわぁ~、マジ強そう・・・ひょっとしたら珍之助が本気で闘っても勝てないんじゃ・・・
「じゃあ私がスマホのタイマーで3分測りますね。それから二人とも絶対に怪我なんかしないでくださいね、何かあったらホントに困っちゃうし・・・いいですか、絶対に怪我だけはしないでくださいね!それじゃ、行きますよ、ファイト!!」
と私が叫んだ瞬間、珍之助がもの凄い速さで岡島激斗の右側に回り込み、これまた物凄い速さで左フックを岡島激斗の顔面に叩き込んだ。
拳を構えたままのポーズでその場にぶっ倒れる岡島激斗。
開始からわずか2秒で岡島激斗は白目を剥いて床に横たわっていた。
「うわああああ!お、岡島さんっ、大丈夫ですかっ!岡島さんっ、岡島さんっ、!あわわわ、どうしよう・・・」
岡島激斗は白目を剥いたまま半開きの口からヨダレを垂らして気絶している。
どうしよう、どうしよう、救急車とか呼んだ方がいいのか!?
「う、ううう・・・」
あたふたしていると岡島激斗の意識が戻ってきたようだ。
珍之助に殴られた右頬の辺りがうっすらと紫色になっている。心なしか少々腫れているみたい。
「岡島さんっ、大丈夫ですかっ?」
「あ・・・う、う・・・あれ、俺、ひょっとしてダウンしちゃってました?」
「はい、岡島さんの顔の右側に珍之助君のパンチが当たっちゃって、倒れちゃいました」
「そ・・・そうですか、あの、どれくらいの時間でした?」
「え?・・・えっとぉ・・・に、2秒くらいかな」
「そうですか・・・2秒くらい気絶してたんですね」
「いえ、2秒って・・・その、私がファイトって言ってから岡島さんが倒れるまでに・・・2秒くらいで・・・気絶してたのは5分くらいかな」
「は?じゃあ俺って試合開始から2秒でノックアウトされたって事ですか?」
「はい・・・」
「あ、あはははは・・・マジかよ・・・素人相手に瞬殺されたのかよ」
「い、いえ、岡島さん、珍之助君は全くの素人ってわけじゃないらしくて、ね、珍之助君!、珍之助君はアメリカに居る時に、なんだっけ?あの、何とかって言う格闘技の先生に教わってたんだよね、格闘技」
私は珍之助に秒殺された岡島激斗が何だか可哀そうに思えて、咄嗟に珍之助に話を振ってしまった。言ってから「やべぇ!」と思ったのだが。
頼むぞ珍之助、何か適当に話を合わせてくれよ。でないと岡島激斗の立場が無い。
「僕は前に神様から格闘技を教えてもらいました。美咲も同じ神様から格闘技を教わっていました」
「そうか・・・道理で強いわけだ、俺でもまったく動きが見えなかったもんなあ・・・ん?神様?」
「あああ、いや、神様何とかって呼ばれている人だよね!何だっけ?その界隈ではすっごく強くて有名な先生なんだよね、だからあだ名が『神様』なんだよね?ね?珍之助君!」
あーっ、もう!
色々突っ込みどころ満載な会話だが、岡島激斗はちょっと意識が朦朧としているようで深く考えていないようだ。良かった・・・
岡島激斗は軽い脳震盪のようで、立ち上がろうとしてもよろけてしまう。
珍之助が彼をおぶって部屋まで連れて行き、リビングのソファーに座らせた。
美咲ちゃんが持って来た冷やしたタオルを左頬にあてて静かにしていたが、15分ほどすると顔色も良くなり、トイレに行って自分で着替えをして戻って来た。
「いやあ、珍之助君、俺の完敗だわー!君があんなに強いなんて思ってもみなかったよ、見くびってしまって申し訳なかったな。ところであの角度から左フックを決めるなんて、どこで覚えたの?」
「あれは『勇者アルテガの技』」
「え?勇者アルテガ?・・・ひょっとして『予備校生、魔王に転生する ~スタディ&デストロイ~』の勇者アルテガ?珍之助君、勇者アルテガ知ってるの?」
「はい、ネットからダウンロードして何回も見たです。だから勇者アルテガの技、全部覚えました」
「え~~!マジ!?珍之助君、アニメ好きなの?マジで!?おお~っ!俺さ、あのアニメ、最終回だけ見てないんだよね」
「美咲のタブレットにダウンロードしてあるから見ますか?」
「え~っ、マジマジマジ?見る見る!」
岡島激斗と珍之助はキッチンのカウンターに座って仲良くその『なんちゃらデストロイ』と言うアニメを見始めた。
何だよ、それ。
またアニオタの絆が結ばれそうになってるよ。
何で君たちはアニメの話題になるとそれ以外のすべてを置き去りにできるのだ?
さっきまで「美咲ちゃんを賭けて勝負だぁ!」なんて息巻いてたのに、今は二人で仲良くアニメ見てるって・・・
でも何かいいなあ。
すぐに共感できるモノがあるって。
でもさ、何で私の周りに居る男ってアニオタばかりなのだ?
気が付けばもう夕方。
そろそろ夕飯の時間だ。何となくお腹も空いてきたし、夕飯の支度でもするか?
岡島激斗も一緒に食べるよね。
アニメを見終わった岡島激斗と珍之助は、アニメに出てきたなんちゃらって言うヒーローの技をあーでもないこーでもないと言いながら二人で再現?して練習している。
あんたら小学生かよ。
「岡島さん、今から夕食の準備するんですけど、岡島さんも一緒に食べますよね?」
「えっ、あっ、いいんですか?」
「ぜひぜひ!みんなで食べた方が美味しいし」
「マ、マジですか!ぜ、ぜ、ぜひご一緒させてください!」
珍之助と岡島激斗は技の研究(笑)に夢中なので、私と美咲ちゃんで夕飯の支度をすることにした。
「ねえ、りんこー、ちんのすけと岡島さん、仲良しだねぇ」
「美咲ちゃんもそう思う?何か変だよね、さっきまで決闘だぁ!なんて言ってたのにね」
さて、何を作ろうか・・・
冷蔵庫の中には買い置きしてあるお肉、野菜・・・
岡島さんも居る事だし、ガッツリ系のメニューがいいよね。どうしよっかなあ。
よし、中華にしよう!
この材料だったら回鍋肉と炒飯と、それから・・・
あれ、回鍋肉ってどうやって作るんだっけ?
ま、ネットで調べりゃいいか。やつらがアニメ見てるタブレット、ちょっと貸してもらおう。
珍之助と岡島激斗はソファーに移動して何やら熱心にタブレットに見入っている。
「ねえ、ちょっと料理のレシピ見たいからそのタブレット貸してもらえる?」
二人からタブレットを取り上げてURL欄をタップすると、二人が今まで見ていた閲覧履歴がズラ~っと出てきた。
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おおおお、お前らぁ~~!
ソファーで大人しくしてると思ったら二人でこんなの見てたのか!
つーか、岡島さん、アンタもかよ・・・何がK-1チャンピオンだよ。
ただの変態じゃねぇか!
しかも全部”巨乳”とか”爆乳”とか・・・
「岡島さん、二人で静かにしてると思ったら、こーゆーの見てたんですかぁ?」
「えっ、あっ、えっ、あの、それは、いや、あの・・・」
「しかも巨乳とか爆乳とか、そんなのばっかりじゃないですかぁ?やっぱり岡島さんもそーゆーのが好きなんですねぇ」
「あっ、えっと、え、うっ、す、すいません・・・」
なーんてね。
実は私は何とも思ってない。
エロ画像を見ようと巨乳が好きだろうと、別にそんな事はどうだっていい。男の人ってそーゆーモンなんでしょ?いや、巨乳はちょっとアレだが。
見たいんだったら見ればいいし、他人に迷惑じゃなければ好きにすればいいと思う。
ただ、岡島激斗があたふたするのが面白いのだ!
珍之助は相変わらずシレーっとしてるけど。
「なーんつってね、岡島さん、ワタシ別に何とも思ってないですよ、男の人ってそーゆーの好きですもんね」
「え?」
「私、男ばっかりの家庭で育ったからそんなの慣れっこなんです。兄の部屋にもエッチな本とかいっぱいあったし、見たけりゃご自由にどうぞ~」
私は回鍋肉のレシピをメモってから、閲覧履歴の中の”巨乳エロフィギュアのエロ画像まとめ。 vol.14”を開き、ページの中にある一番えげつない画像を画面一杯に表示させてからタブレットを返してあげた。
「うわっ!」
「私はコレがエロくてイイと思いますけど~」
「は、はぁ・・・」
作った料理をテーブルに並べ、私と美咲ちゃんも席に着いた。
今日はこの部屋に来てから初めての来客なので少し気合を入れて作ったのだ。
というのはウソで、ウチから持って来た料理本を美咲ちゃんにあらかじめ覚えてもらっていたので、料理のほとんどは美咲ちゃんが作ってくれた。
私はちょこっと野菜や肉を切っただけ。楽チン楽チン。あはは~。
「こ、この料理、全部坂口さんと美咲ちゃんで作ったんですか?」
「はい、そうですよ!って言いたいところなんですけど・・・実はほとんど美咲ちゃんが作ったんですよ」
「え~っ!マジですかっ!?これ全部美咲ちゃんが・・・あ、あの、さっき試合には負けてしまいましたけど、俺、美咲ちゃんのコト諦めないから!珍之助君、悪いけどまたいつか対戦してくれるよね?」
「はい、問題ありません」
「おお!ありがとう!珍之助君はイイ奴だよなぁ!俺と趣味も合うし、ライバルとか言う前に友達だよなっ!また技の研究しようなっ!」
何だかなあ・・・
安っぽい青春ドラマみたいだよ。
まあいいか、岡島激斗の中二病も治まったみたいだし、何より珍之助に友達ができたのは良い事だ。
食事を終えて私が洗い物をしていると、岡島激斗が「俺もやります!」と言って洗い物を手伝ってくれた。
ゴツイ体格に大きい手。見ていると家事はあまり慣れていないようだが、一生懸命手伝ってくれている。
案外イイい人みたいだな。中二病だけど。
「坂口さん、珍之助君と美咲ちゃんって、美男美女でお似合いですよね。俺なんか出る幕じゃないって感じですね、ハハハ」
「いえ、岡島さんだって結構イケてるんじゃないですか~?優しそうだし。それに最近はテレビとかにもよく出てるじゃないですか?女性ファンも多いんじゃないですか?」
「いやぁ、そんなことないですよ。ウチのジムは経理のおばちゃんと社長の奥さん以外はむさくるしい野郎ばかりだし、周りが思ってるほど女生との出会いも無いんですよ」
「そうなんですか?」
「実は、あのショッピングセンターで美咲ちゃんに会った時・・・俺、一目ぼれしちゃったんです、美咲ちゃんに。だから山下君から美咲ちゃんと坂口さんの話を聞いた時、『これは運命的な出会いに違いない!』って思っちゃったんですけどね、いやぁ、まさか珍之助君みたいな彼氏が居るなんて・・・まあそりゃそうですよね、美咲ちゃんってあんなに可愛いし、性格も明るくてイイ子だし、彼氏が居ないワケ無いですよね、ははは」
「ま、まあ、確かに美咲はモテるみたいですけど、本人はあんな性格なんで、姉の私でも何考えてるのかよく分からないんですけど」
「そう言えば、あの、ちょっと失礼な事を聞いちゃうかもしれないんですけど、美咲ちゃんと坂口さんって兄弟ですよね?あの、あんまり似てないって言うか・・・いや、坂口さんもすっごく美人さんだと思うんですけど、顔とか似てないなって思って。あ、気を悪くされたらすみません」
と言う岡島激斗の視線が、私の胸のあたりに一瞬移動したのを、私は見逃さなかった。
そうだよ!似てねぇよ!特に胸がな!
美咲ちゃんはE、私はBに詐称しているAだよ!
ん? Bに詐称しているAって何だ?
ステルス値上げしてるコンビニの弁当みたいじゃんか、ほっとけ!
「あー、気が付きました?実は美咲と私って異母兄弟なんですよ、だから似てないんですよね~」
「そうだったんですね!だからか~、そうかそうか」
と言った岡島激斗の視線がまたも私の胸元に。
あー悪かったよ!そりゃ似てねぇよ!本当は兄弟でも何でもないからね。
その判断基準を胸で図るのってやめてもらっていいですか?
でもまあ、しゃあねえか。岡島さんも健康な男性だしな。
あんなパッツンパツンの服を着た美咲ちゃんが居たら、そりゃそこにばかりに目が行くだろう。
「坂口さん、今日は色々ありましたけど、俺はすごく楽しかったです。美咲ちゃんにも再会できたし、珍之助君には負けちゃったけどアニメの話ができる友達になれたし、坂口さんもこれから広告の仕事でご一緒する前にこうやって知り合えたし、みんなでさっきみたいに食事して、本当に楽しかった。実は俺、本当はすごく内向的な性格で、トレーニングや仕事の時以外はほとんど部屋で引きこもってるんです。人付き合いとか苦手で・・・だから、あの・・・変な妄想とかして虚勢を張る癖が治らなくて・・・」
ああそうか、だからあんな重度の中二病だったんだね。
アニオタで人付き合いが苦手で、引きこもりがちで・・それって山下新之助とまったく同じじゃん。中二病を除いては。
だからあなた達って意気投合して仲良くなったのか。
似たもの同士かぁ。そうかそうか。
「岡島さん、山下さんも同じ事言ってましたよ。自分は内気で人付き合いが苦手だって」
「そうなんですよ!山下君も俺と似たような性格なんですよ、アニメ好きだし。でも彼は本当にイイ奴なんですよね、優しいしイケメンだし。彼女居ないのが本当に不思議ですよ、そう思いません?」
「やっぱり山下さんって彼女とか居ないんですか?」
「うーん、俺も詳しい話を聞いたワケじゃないし、そっち関係の事って俺達あんまり話さないからよく分からんですけど、今は付き合ってる人は居ないらしいですよ。でもちょっと気になってる女性が居るような事は言ってたかなあ?」
ふーん。
山下さん、気になってる女の人が居るのね。
まあそりゃそうだ。
彼は芸能人だし、周りは美人ばかりだからなあ。
それにあの外見であの性格だったら、言い寄って来る女性も居るかもしれない。いや、絶対に居る。
ちょっと寂しいけれど、まあ私なんて眼中にも無いだろうし、こうやってお近づきになれただけでも超絶ラッキーだよ。
洗い物を終えた後、岡島激斗が美咲ちゃんとツーショット写真を撮りたいと言いだし、そこからみんなで撮影大会になってしまった。
特に美咲ちゃんは大はしゃぎで色んな服に着替えては、岡島激斗や珍之助と一緒に写真を撮りまくっている。
セーラー服に着替える!と言いだしたので、それは絶対にダメ!と言って止めさせたが。
時計を見るともう21時過ぎ。
岡島激斗は美咲ちゃんとのツーショット写真を「一生の宝物にしますっ!」と言って上機嫌で帰って行った。
今日も色々あった。
岡島激斗が珍之助と勝負!と言いだした時はどうなる事かとヒヤヒヤしたが、結果的にみんな仲良くなって・・・楽しい一日だった。
明日は会社かぁ・・・
あ~あ、かったりぃなあ・・・
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