第27話 東京ラブストーリー

「岡島さん、トイレ長いなあ、まさか中でぶっ倒れてるんじゃ・・・」


岡島激斗がトイレに行ってからもう20分以上経っている。

アイスコーヒーの中の氷もほとんど溶けかけてしまっていて、グラスの表面に付いた水滴が流れ落ちて、テーブルの上が水溜りのようになっている。

それを見た美咲ちゃんがティッシュで溜まった水を拭いている。

以外と気が利く子なのね。


それにしても岡島激斗がトイレから帰ってこない。

トイレの中で堕天使ルシファーに変身しちゃったのか?

私は心配になって様子を見に行こうとソファーから立ち上がった時、ちょうど岡島激斗がトイレから戻って来た。

包帯の左腕を庇いながら。


「あー、岡島さん、遅かったですね、大丈夫ですか?ひょっとして具合でも悪いんじゃ・・・」


「あっ、いえ、大丈夫です・・・(ったく・・・デーモンソウルのヤツ、沈めるのに苦労したぜ・・・)」


「え?でーもん?」


「い、いや、な、何でも無いです、ははは」


間違いない。

岡島さん、アンタかなり重症だよ。

普通は遅くとも大学生くらいの歳になれば自然に治って、過去の自分を思い出すと枕に顔をうずめてジタバタしたくなる筈なんだけど、岡島激斗は未だ絶賛発症中らしい。

まあ別に害は無いからいいんだけど、どうしたものか。

これ以上何かあったら思いっきり大爆笑してしまいそうで怖い。


バタッ・・・


玄関の方で物音がした。ドアを閉める音か?


「あっ、ちんのすけ帰って来たー!」


美咲ちゃんが立ち上がって玄関の方へ走って行く。


ああ、そう言えば珍之助にお使いを頼んでいたんだ。

岡島激斗が来る30分くらい前、美咲ちゃんが『大納言あずきが食べた~い』と言い出したので、珍之助に買いに行ってもらっていたのだ。

中二病騒ぎですっかり忘れてたよ。


いや、待てよ・・・

珍之助は美咲ちゃんの彼氏って言う設定だったよな?

そう言えば昨日の夜、「珍之助と美咲ちゃんは恋人同士って事になってるから、明日はラブラブな感じでね」と注文を付けておいたのだ。


だが、二人とも『恋人同士って、ラブラブってどうするの?よくわかんな~い』と言い出した。

私が言葉で説明したのだが、いまいちピンと来ていない様子だったので、ネットでそれ系のドラマを探して二人に見せてあげた。


見せたのは、あのTVドラマの名作「東京ラブストーリー」(注1)

いかんせん古すぎるか?と思ったが、私はこの手のラブロマンス系にはまったく興味が無く、他に思い浮かばなかったのだ。

こんな古いドラマを見せて二人はどんな反応をするかな?と思っていたのだが、以外にも夢中になって見ているようだった。

こんな事までして恋人設定をさせたのだが、ちょっとややこしい事になりそうかも・・・


そう、岡島激斗が美咲ちゃんに惚れてるっぽいのだ、いや、ありゃ絶対に惚れている!

こんな状況でいきなり珍之助が「彼氏でーす!」とか言って現れたら、あたしゃ岡島さんが不憫でならないよ・・・。


でも、ま、いっか。


岡島激斗だって、今や結構有名人。

顔はイケメンってほどじゃないけど、一見したところいかにもスポーツマンって感じで溌溂としているし(今日はアレだけど)、何よりマッチョで強そうだし(美咲ちゃんに負けたけど)、彼の恋人になりたい女性なんていくらでも居るだろう。

美咲ちゃんにフラれたって全然問題ないと思うぞ。


珍之助と美咲ちゃんがリビングへ入って来た。

珍之助はアイスクリームの箱を持っており、反対側の腕に美咲ちゃんが両腕を絡ませてべったりくっ付いている。Eカップのおっぱいがひしゃげる程に。


「ねぇ、ちんのすけ~、何買って来たのぉ~?」


「きっと美咲が食べたいって言うと思ってね、美咲のために買って来たんだ、あま~い大納言あずき」


「え~っ、ウソォ~!マジでぇ~?何でちんのすけは美咲の食べたいものが分かっちゃうのぉ~?もう~、ちんのすけったら、だ~いすきっ!」


し、白々しい・・・

最初っから美咲ちゃんが食べたいって言ったからアイス買いに行ったんじゃないのかよ。

清々しいほどの白々しさ!

しかしよくそこまでアドリブで演技できるな、キミら。


でも、超イケメンと超絶美少女の二人って、やっぱりメチャメチャお似合いだな。

何だかちょっと悔しいけどさ、思わず頭の中で小田和正の「ラブストーリーは突然に」が鳴り響いちゃうよ。

”♪きみーのためーに、つーばーさーにーなーる、きみーをまーもーりつづーけるー♪”

でもやけにハッキリと聞こえるな?変だな?

って、珍之助が歌ってるじゃんか!

ヤメロ!ばか!


「珍之助君、そんなとこで鼻歌歌ってないで、岡島さんに紹介するから・・・あの、岡島さん、こちらが美咲ちゃんの彼氏の珍之助君です」


私は一応”珍之助とは赤の他人”と言う体で珍之助を岡島激斗に紹介した。


「岡島さんですね、その節は美咲とゲームしていただいたそうで、お世話になりました。僕は珍之助と申します、どうかよろしくお願いします」


珍之助が爽やかさフルマックスの笑顔で岡島激斗に挨拶する。

珍之助、アンタやれば出来るじゃん!

いつものボケーっとした感じは微塵も感じない、すこぶる爽やかな好青年だよ!イイ感じだよ!何でいつもそうしないのだ?


「あっ、えっ、お、岡島激斗ですっ、っと、山下君の友人で・・・す・・あの、珍之助君は、みみみ美咲ちゃんと付き合ってるんですかっ?」


うわー、岡島さん、いきなりストレートな質問だな!

さすが格闘家!って感心するトコじゃねえか!?

そんな事をいきなり珍之助に聞くってコトは、やっぱり美咲ちゃんに惚れてるんだ。


「はい!僕と美咲は恋人同士でラブラブです、あの日あの時あの場所で美咲に会えなかったら、僕らはいつまでも見知らぬ二人のままです」


珍之助、なんで歌詞を自分の事のようにシレっと言ってんだよ、それもサビ部分をまるまると。



ふと岡島激斗を見ると、ガックリと肩を落としてソファーに座り込んでしまっている。

あーあ、見事に撃沈だよ・・・

でもこれはあくまでもこの日の為に設定したモノだからねぇ、ちょっと可哀そうな気もする。


「まあまあ、せっかく珍之助君がアイスクリーム買って来てくれたんだし、みんなで食べましょうよ!」


私は場の雰囲気が沈んでしまうのが気になってしまい、珍之助が買って来たアイスクリームの箱をそそくさと開けた。

中には大納言あずきが10個。

いや、珍之助よ、全部同じもの買って来たのかよ。こういう時は色々違う種類を混ぜて買って来いよ、気が利かないなあ。

まあいいか。


「ちんのすけ、アーン!」


「ん~、美咲が食べさせてくれる大納言あずきは美味いね!」


「ちんのすけ何言ってんのぉ~、ウケる~www!そんなことないしー、ちんのすけが一生懸命買って来てくれたから美味しいんだよぉ~!キャハ!」


相変わらず珍之助と美咲ちゃんはラブラブな恋人同士を演じてくれている。

でもちょっとやり過ぎじゃね?

これじゃただのバカップルだよ。

それに美咲ちゃん、微妙にギャル入ってるし。


岡島激斗は相変わらず沈み込んだままで、アイスクリームにも手を付けていない。

困ったな、この微妙な雰囲気。どうしよっかなあ、岡島さんすっかり凹んじゃってるし。

あたしゃこーゆーのって苦手なんだよなあ・・・

いっそ山下新之助に連絡してみるか?

いや、でも仕事中だったら迷惑だろうし・・・


「りんこー、大納言あずき食べちゃったら何するー?」


美咲ちゃんが唐突に聞いてきた。

それな、私もそれで悩んでる最中なんだよ。

岡島激斗に「はい、もう用は済んだから帰ってください」って言うワケにも行かないし、何よりこんなに凹んじゃったままで彼を放って置くのはちょっと可哀相な気がする。

かと言って「じゃあみんなでトランプでもしましょうか!」って雰囲気でもない。


「美咲ちゃんは何したいの?」


「美咲はね、うーん、そうだなあ・・・ちんのすけ、セックスしよっ!」


ゴルァーーーーー!!

いきなり、ななな、何なんだよ!

美咲ちゃん何言ってんの!


「み、美咲ちゃん、何でいきなりそんな事言うのっ!」


「え?だってぇ・・・東京ラブストーリーでリカがカンチに言ってたもん!『カンチ、セックスしよっ!』って言ってたもん!」


あ~・・・それかよ。

やっぱりちょっとボロが出てきたな。

さすがに一夜漬けじゃあこれくらいが限界なのか?


「岡島さん、すいません。この二人っていつもこんな調子で冗談ばかり言ってるんですよ、私もちょっと手を焼いちゃってまして・・・」


その時、いきなり岡島激斗が立ち上がってこう言った。


「あっ、あの、ぼ、僕から皆さんにお願いがあるんですがっ!」


「えっ・・・お願いって何でしょうか?」


「あっ、えっと、今から僕と珍之助君で、1対1で勝負させてください!それでもし僕が勝ったら、みみみ美咲ちゃん、ぼ、僕の彼女になってくださいっ!ハァ、ハァ・・・」


えーーーっ!

岡島さん、アンタいきなり何言ってんですか?

美咲ちゃんを賭けて珍之助と勝負だって!?

そんな昔の青春映画じゃあるまいし、美咲ちゃんの気持ちだって聞かなきゃならないでしょうが。


「美咲ちゃん、岡島さんが言ったこと、分かるよね?珍之助君と岡島さんが勝負して、岡島さんが勝ったら美咲ちゃんは岡島さんの彼女になるんだよ。それでもいいの?」


「いーよー!」


いいのかよっ!

なに即答してんだよ美咲ちゃん、メッチャ軽い女みたいじゃん。

でもさ、勝負って何するの?

まさか殴り合いとかじゃないよね?


「岡島さん、勝負って・・・何の勝負するんですか?」


「男が勝負をすると言ったら・・・もちろん格闘技ですっ!」


「えっ!?格闘技?」


「はい!でも僕はこれでも格闘技のプロ、珍之助君は素人ですからもちろんハンデを付けます。僕は目隠しをして、尚且つ両手を使いません。足のみで闘います。それでもし僕が1回でもダウンしたら珍之助君の勝ち。珍之助君はダウン3回までOK。これでどうでしょう?」


岡島激斗は珍之助の本当の力と身体能力を知らない。

この前パンチングマシーンで美咲ちゃんに負けていたけど、珍之助のパンチ力は美咲ちゃんどころじゃない。

私が思うに、そんなハンデなんか付けないで普通に闘っても、岡島激斗は珍之助に勝てないんじゃないか?


「僕、ハンデ無しで大丈夫です。♪みさーきーのためーに、つーばーさーにーなーる、きみーをまーもーりつづーけるー♪」


「キャー!ちんのすけマジかっこいい~!だいすき~!美咲シビレちゃうぅ~!」


おい!珍之助なに言ってんだよ!

ここは素直にハンデ付けて闘えよ!でないと ”ズブの素人がK-1選手をノックアウト” なんてあり得ない事になっちまうじゃんかよ!

つーか、なにまた歌ってんだ?

それに美咲ちゃんも何なんだよ、『シビレちゃうぅ~』って。そんな死語どこで覚えた?


「いやいやいや、珍之助君、君の気持は分かるけど、素人がハンデ無しで勝てるワケ無いと思うよ。パッと見で体重差だって20kgくらいあると思うし」


「大丈夫です。僕は美咲を愛してますから。♪みさーきーのためーに(以下略)」


この後しばらくハンデを付ける、付けないで揉めていたが、岡島は利き腕の右手を使わないで3分以内に珍之助が3回ダウンしたら岡島激斗の勝ち、そして、岡島が1回でもダウンしたら珍之助の勝ちと言う事になった。


何だか面倒くさい事になっちゃったなあ。

珍之助がマジで闘ったら、いくら岡島激斗と言えども絶対に勝てるわけない。だって珍之助は本当の人間じゃないんだもの。

でも珍之助がワザと負けたら、岡島さんが美咲ちゃんと付き合う云々って話になって、これも後々の事を考えると結構面倒くさい。

珍之助に時間稼ぎしてもらって何とか引き分けにできないか?

いや、そうなったら岡島さんが『決着が着くまで何度でも!』って言いそうだし・・・


【注1】

『東京ラブストーリー』(とうきょうラブストーリー)は、柴門ふみによる日本の漫画。1988年から小学館『ビッグコミックスピリッツ』で連載、ビッグスピリッツコミックスより刊行された。フジテレビ「月9ドラマ」として1991年にテレビドラマ化され最終回平均視聴率が32.3%を記録する大ヒット作品となった 。

サラリーマンの永尾完治(カンチ)と同僚の赤名リカの関係を中心に、東京に生きる若者たちの姿を描く。主演は鈴木保奈美と織田裕二。

若い世代に支持され、「月9」という言葉を生み出すきっかけとなるなどトレンディドラマブームの代表作として大きく貢献する作品になった。その人気は女性たちがこのドラマを見ようと家路を急いだことで、「月曜夜9時には繁華街から人影(特に20代のOL層)が消えるほどだったと言われる。

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