第26話 岡島激斗が来た

翌日・・・


『ピンポ~ン』


13時きっかりにインターホンのチャイムが鳴った。

部屋の玄関わきの壁にあるモニターには1階のエントランスに居る岡島激斗が映っている。


「あああ、あ、あのー、お、岡島です、が、あ、あの、アニメの、え、あ、えっと、と、と『とある科学の超電動こけしR』のDVD返しにきたのですけどっ!」


岡島さん、何でそんなにキョドってんだ?

この前、二子玉川のショッピングセンターで美咲ちゃんとパンチングマシーン対決した時とは様子が全然違うぞ。

あの時は取り巻きを3人くらい引き連れて、いかにも強そうな格闘家って感じだったのに。

つーか、DVDのタイトルまで言わなくてもええがな・・・


「あ、はい、今ロック開けますね、エレベーターで5階に上がっていただいて、突き当りの508号室です」


「あああ、ありがとう、ごございますっ!うっ・・・」


モニターに映る岡島激斗は、辺りをキョロキョロ見回しながら低い姿勢で1階エントランスから中に入って行く。

あの動き、どう見ても不審者にしか見えん。

それに何だよ、最後の『うっ』って。


しばらくするとドアをノックする音か聞こえた。


「はーい、今開けまーす」


私はロックを外してドアを開けた。

そこには確かに岡島激斗が立っていた。が、何だか雰囲気が妙なのだ。

背は190cmくらいでがっしりした体格。これは前に会った時と変わっていないのだが、服装が・・・ヤバイ。


9月末とは言え、昼間はまだ30度近くまで気温が上がるのに金具がジャラジャラ付いた厚手のライダースっぽい皮ジャンを着こみ、その下は素肌に黒のタンクトップ。

下はポケットがいっぱい付いたカーゴパンツの裾を、アルミのような鉄板が付いたごつい編み上げのワークブーツの中に入れている。


頭には赤いバンダナを巻き、両手には指先が出るようになっている皮のグローブ。なぜか左腕に包帯を巻いている。

そして一番ヤバイのが、左目に海賊が付けているようなアイパッチをしているのだ。

何なんだ、その恰好は。


「えっと、岡島さんですよね?先日は、あの、二子玉川のショッピングセンターでお会いしましたよね、あの時は色々ありがとうございました」


「あっ、えっ、あああ、そ、そうですね、あの時は、どどどどうもですた。あっ、えっ、あの、山下君から話は聞いてますっ、えっと、山下君の親戚の、さ、坂口さんですよねっ!」


「はい、山下さんが留守の間、妹とここへ転がり込ませてもらってまして・・・えっと、立ち話もアレですからどうぞお上がりください」


「あっ、えっ、は、はい、すみませんっ!あの、えっ、こここ、この前一緒に居た、いいい、妹さんもいらっしゃるんですか?」


「あー、美咲ですか?居ますよ」


「わっ、えっ、うっ、そそそ、そうですかぁ!じゃじゃあ、お邪魔します」


岡島さん、大丈夫か?

何でそんなにテンパってるの?ものすごく挙動不審だよ。どこか身体の具合でも悪いのかなあ?


岡島激斗は、ごついブーツを脱ぐのに手間取っている。

何でそんな靴履いてるんですか?まだ世紀末じゃないよ。


岡島激斗をリビングのソファーに案内し、ちょうどそばに居た美咲ちゃんをあらためて紹介した。


「岡島さん、この前ショッピングセンターでパンチングマシーンをやらせて頂いた妹の美咲です。覚えていらっしゃいます?」


「あっ、えっ、おおお覚えてますっ!僕の師匠ですっ!あ、あのっ、おおお岡島ですっ、よ、よろしくお願いいたしまっす!くぅ~・・・よっしゃあ!」


岡島さん、その最後の”よっしゃあ!”って何なの?

それに顔が真っ赤だし、汗ダラダラですよ。


「あ~、この前パンチのゲームした人だあ!私は美咲でーす、しんちゃんの親戚でーす、お姉ちゃんとここに一ヶ月居まーす」


おお、美咲ちゃん、ちゃんと設定覚えてるじゃんか。

心配してたけど、これなら何とか誤魔化せそうだよね。その調子で何とか演じきってくれよな!


私と岡島激斗、美咲ちゃんの3人でソファーに座り、美咲ちゃんが出してくれたアイスコーヒーを飲む。

が、特に共通の話題も無い3人の間に漂ういたたまれない雰囲気・・・

何か話題を振らないとな・・・うーん、困ったな。


「あの、岡島さん、その・・・えっと、目のアイパッチって言うんですか?それってやっぱり試合とかで殴られちゃったとかなんですか?大丈夫ですか?」


「えっ、あ、ああ、これですか・・・これは、あの・・・僕の左目は見えるんですよ、奴らがね・・・おっと、やべぇ、い、いや、何でもないです、ふふっ・・・」


「はい?奴ら?」


「いい、いえ、な、何でも無いです、ははは・・・」


「それにその左腕の包帯、それも試合とかで怪我しちゃったんですか?痛そうだけど大丈夫ですか?」


「あっ、こ、コレですか?あー、これは何でも無いです。これくらいの怪我、慣れてますんで・・・・・・・(くっ・・・こんな時に・・・疼きやがって・・・静まれっ!結界の外だからって・・・ここはお前の出て来る場所じゃないんだ)」


「あの、岡島さん、大丈夫ですか?」


「あっ、えっ、だだだ大丈夫です!何でも無いですっ!」


岡島激斗の真向かいに美咲ちゃんが座っているのだが、彼は体勢を微妙に横向きにずらして真正面を見ないようにしているっぽい。

そのくせしきりに美咲ちゃんを横目で度々チラ見している。

アイスコーヒーを飲む動作をしながら、それとなく美咲ちゃんを横目でチラっと見るのだ。

だから彼のアイスコーヒーだけどんどん減っていく。

変だ、ぜってーに様子がおかしい。

ものの5分も経たない内に、岡島激斗のグラスは空になってしまった。


「美咲ちゃん、岡島さんのコーヒー無くなっちゃったからお替り持って来てもらえる?」


「はーい」


美咲ちゃんがアイスコーヒーの入ったポットを持って来て岡島激斗のグラスにコーヒーを注いであげるが、彼は横を向いて美咲ちゃんの方を見ようともしない。

俯き加減で横を向いて、周りが聞き取れないくらいの小声で何かボソッとつぶやいている。

やっぱり挙動不審。


「あっ!」


美咲ちゃんが岡島激斗のグラスにアイスコーヒーを目いっぱい注いでしまい、そのせいでグラスを動かした時にアイスコーヒーがこぼれて岡島激斗の腕とズボンにかかってしまった。


「あーっ、岡島さんすいません!美咲ちゃん、早くティッシュで拭いてあげて!」


美咲ちゃんがティッシュを取り、汚れてしまった岡島激斗の腕とズボンを拭いている。

が、先ほどまではかたくなに美咲ちゃんを直視しなかった岡島激斗だが、今度は自分の顔の前約20cmくらいにある美咲ちゃんの顔をじーっと凝視している。

それも口を半開きにして、何かに取り憑かれたような視線で。


「岡島さん、大丈夫ですか?ホント、ごめんなさい。美咲ってドジで・・・美咲ちゃんも謝って」


「岡島さーん、ごめんなさーい、美咲ドジでーす、エヘヘ」


「あっ、えっ、うっ、だだ大丈夫っす!全然大丈夫っす!」


こぼれたアイスコーヒーが岡島激斗の左手に巻かれている包帯にもかかってしまい、包帯が汚れてしまった。


「あの、岡島さん、包帯が汚れちゃいましたよね、どうしよう・・・替えの包帯ってあるかなあ・・・美咲ちゃん、この部屋に包帯ってあるかどうか知らない?」


「うーん、包帯?知らなーい。しんちゃんの部屋、探してくるねー」


美咲ちゃんは山下新之助の部屋へ包帯を探しに行った。

その美咲ちゃんの後姿をジーっと見つめる岡島激斗。妙に熱い視線。

これが熱視線って言うヤツか!?


「あったよー!」


美咲ちゃんがニコニコしながら包帯を持って戻って来た。


「美咲が巻いてあげるー!」


「あっ、えっ、だだだだ大丈夫っす!替えなくても全然大丈夫っすから・・・・・・・・(くっ・・・ここでコイツを取ったら・・・いや、それはマズイ・・・皆を巻き込むわけには行かねぇ・・・でも・・・疼きやがるぜ・・・)」


「岡島さん?どうかされました?」


「あっ、えっ、なな何でも、ないです、うっ・・・、あの、ちょっとおトイレ借りてもよろしいでしょうか?」


「はい、えっと、玄関の右わきの扉です」


「はい・・・」


岡島激斗はトイレに行った。

包帯の巻いてある左手を右手で庇うようにしながら、しかも右足もちょっと痛そうな感じだ。


「私もシャツ汚れちゃったー、着替えて来るねー」


美咲ちゃんのTシャツにもこぼれたアイスコーヒーがかかってしまったらしく、お腹のあたりに茶色いシミが付いている。


それにしても岡島激斗さんよ、アンタ本当にどうしちゃったんだ?

あのショッピングセンターで会った時と比べて、様子がまるで別人みたいだぞ。

何かワケわかんない事ブツブツ言ってるし。


すぐに美咲ちゃんが着替えて戻って来た。


が、美咲ちゃんが着替えてきたのはピンク色のピッチピチのチューブトップ。

君はギャルか!?

その服どこで買った?

確かにすごく似合ってるけどさ、そのおっぱいにピチピチのチューブトップって・・・ヤバくないか?

女のアタシだってドキドキしちゃうよ。


「み、美咲ちゃん、その服さ、どこで買ったの?」


「インターネットで注文したよー」


「何でその服にしたの?」


「異世界対戦ネバーダンジョンのねー、アレクシアが着てたー」


何だかさっぱり分からんが、たぶんアニメのキャラが着てたから同じようなモノをネットで探して買ったんだろう。

でもさ、やっぱりそのチューブトップは刺激が強すぎないか?


知らない人が見たら『何よ、メッチャあざとい恰好して!』って思われそう。特に女性に。

本人にまったく自覚が無いから、なおさら問題だ。


ピンクのぱっつんぱっつんのチューブトップを着た美少女が、ちょっと大き目のグラスを両手で持ちながらアイスコーヒーを飲んでいる。

小さくなった氷が口に入ってしまい、『冷た~い!』と言うような表情をしながら目を閉じて、肩をすくめる。


あざといっ!


ワザとやってないからこそメッチャあざとく見えるぞ!

ああ、その若さと美しさとおっぱいを0.001ミリでもいいからお姉さんに分けてくれよ。


「さっきねー、岡島さんがねー、おトイレの前でねー、何か言ってた」


「え?岡島さんが?一人で?」


「うん、一人で何か話してた」


「何て言ってたの?」


「あのねー、包帯の中にねー、デーモンソウルが居てねー、結界から出ると暴れるんだけどねー、暴れないようにするにはアイパッチを取ってねー、目から邪気を出さないとならないんだってー。でもねー、それをやると岡島さんは堕天使ルシファーに変身しちゃうから出来ないんだってー。でもね、アイパッチのゴムがきつくて耳のトコが痒いから外してボリボリ掻いてた」


「それを一人でブツブツ言ってたの?」


「うん、おトイレの前で一人で喋ってたよー。美咲の部屋はおトイレの隣だから、ドア開けて聞いてたー、キャハ!」


ルシファーって単語を現実で聞いたの、人生で二度目だよ・・・

それに美咲ちゃん、キミって意外と性格悪いな。

つーか、岡島さん、アンタって、アンタってひょっとして・・・



中二病だろ!!



そんでもって、そんでもって、ひょっとして・・・



美咲ちゃんに惚れてるだろ!



間違いない。

あれは中学3年の時、私の隣の席に安田君という男子が座っていた。

彼はいつも学ランに腕を通さずに羽織っており、学校指定のYシャツのボタンを二つ外して十字架のネックレス(見るからに安物)をこれ見よがしに首にぶらさげていた。

もちろん左腕には包帯が巻かれており・・・


中3と言えば高校受験。

そこそこの進学校だったウチの中学では皆それなりに勉強していたが、安田君はいつもボーっと窓の外を眺めているかと思えば、いきなりカバンからボロボロになったノートを取り出して何か書き始める・・・そんな感じの男子だった。

私は彼が何を書いているのか気になって、先生が黒板の方を向いている隙にそーっと身を乗り出して彼の後ろから彼のノートを覗き見してみた。

ノートには魔法陣らしきものが描かれており、そのページの隅に黒いマーカーで文字を塗りつぶしたものがぎっしりと書かれていた。


安田君の休み時間は孤独だ。

でも彼はそれをむしろ望んでいるようなフシがあり、教室の窓を全開にして窓枠に乗り、やっぱり空を見上げて黄昏ていた。

そして時々、「血が足りない・・・」とかつぶやいていた。


いつもこんな様子なので彼には友達がほとんど居なかった。たまに他のクラスからいかにもオタク風情の男子がやって来てアニメ雑誌を彼と見ていたが、その時の安田君は普段の”孤独アピール”テイストは全然無くて、嬉々としてアニメの話で盛り上がっていた。

私は内心「うわぁ、コイツやべぇヤツだ・・・」と思っていたが、別に害は無いし、席が隣だった事もあり、他の男子と同じように普通に接していた。


ある日、授業中に安田君から小さな紙キレを渡された。

そこには『放課後、4時23分、焼却炉の裏で待つ。君だけにこの世界の真実を話す』と書かれていた。

授業中にもかかわらず大爆笑しそうになったが、腹に力を入れて必死で堪えた。

次の日、腹筋が筋肉痛になった。


4時23分、興味津々で焼却炉の裏に行くと、安田君が可燃ごみのダンボールに座って空を眺めている。

私が近づくと、”あっ!?”って感じで今気づいた体を装う彼。

絶対にだいぶ前から気が付いてたよね。


「何か用?」私が聞くと、彼は遠くを見つめながら

「ふっ・・・他の奴らにはわかってもらえなくてもいいけど、坂口だけにはわかってもらえるような気がしたんだ・・・俺は・・・もう逃げないって決めたんだ」

と言った。


いや、全然わかんないですけど。


そして彼は例のボロボロになったノートをカバンから取り出して、中ほどのページを見開いて私に見せながらこう言った。


「このノートは・・・書かれている事が現実になる、いわゆる”禁断の書”ってヤツなんだ。でも現実になるのは人を不幸に貶める事だけなんだけどね。実は、この学校には魔界の手先が何人か生徒と教師になりすまして潜入している。特に教頭の山内、あいつがかなり怪しいと思う・・・だから俺はこのノートにそいつらの名前を書いて黒いマーカーで消した・・・いつか彼らにとんでもない不幸が訪れるだろうね、ふふふ。まあ、ある意味、このノートは”デスノート”ってことかな・・・」


ノートの表紙には”DAETH NOTE”と書かれている。

いや、綴り間違ってるし。


「あ、あのさ、安田君、何で私にそんな事話すの?」


「これから・・・近い将来、この学校内で魔界と人間界の抗争が起きる。俺は人間界の戦士に選ばれて・・・ひょとしたら一般人にも被害が及ぶかもしれない、でも坂口は俺が守るから、絶対に守るから、心配すんな・・・俺にはルシファーの加護があるし・・・でもそれは諸刃の刃でね、ルシファーの力を借りると俺はちょっとヤバイ事になる・・・でも俺はどうなってもいいんだ、お前だけは守るからさ、坂口は、俺のレゾンデートルだから・・・フフフ」


「は、はぁ・・・」


「うっ!そこに誰か居るのかっ!」


いきなり安田君が焼却炉の左にある植込みの方を見て叫んだ。

いや・・・誰も居ねぇし。

園芸部が育てているヘチマの植え込みがあるだけだよ。


「チッ!奴ら、君を追って来たに違いない、クソッ、俺とした事が・・・こんなミスをやらかしちまうとは、まだまだだな・・・坂口、もう帰った方がいい、学校に結界を張ってあるから奴らは外に出られないはずだが・・・でも心配だから送って行ったほうがいいかもしれないな・・・い、い、い、一緒に帰るか?あ、あの・・・も、も、もし良かったら帰りがけに、ばばばバーミヤンに寄って、いちごとマンゴー豆花とか食べる?あれ、おいしいから・・・お、奢るし!」


「いや、大丈夫大丈夫!ぜーんぜんダイジョーブ!アタシ一人で帰れるから!自転車メッチャ早く漕ぐから!」


ひょっとして私いま、すっげー残念な感じで告られてた?


結局、魔界と人間界の抗争は起きず、一般人の被害も無く、教頭は相変わらずハゲ散らかしていて、当の安田君は高校受験に失敗して定時制の学校へ進学した。


ちょっと長くなってしまったが、あの時の安田君と岡島激斗、同じ匂いがするのだ。メッチャ臭うのだ!

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