第25話 お引越し

今日は山下新之助のマンションへ引っ越す日だ。(と言っても一ヶ月限定だけど)

私と珍之助はタクシーでマンションのある用賀へ向かっていた。


今日から一ヶ月、あの豪華マンションに住むのだ。


山下新之助はとても忙しいらしく、結局会えないまま仕事でタイへ行ってしまったが、私が一緒にいる間に美咲ちゃんの服や身の回りの物を揃えて欲しいと頼まれており、その費用としてちょっとビックリするくらいのお金を振り込んでくれた。


こんなに必要ないですよ!と言ったのだが、余った分は坂口さんへのお礼ですと・・・

でもこれって、私のお給料●ヶ月分だよ・・・


今回の件について何回か山下新之助と電話で話したのだが、彼は美咲ちゃんの事が可愛くて仕方ないらしい。

以前はよく芸能人仲間やスタッフさんと飲み歩いていたらしいのだが、美咲ちゃんが来てからは一切飲みにも行かずに一直線に帰宅していると言っていた。

1秒でも早く帰って美咲ちゃんに会いたいそうだ。


だから仕事とは言え、一ヶ月も美咲ちゃんに会えないのが耐えられない!なんて言っていた。

もし私が一ヶ月珍之助に会えなかったら・・・


いやぁ、別にどうってコトないスけどね~、むしろちょっとスッキリするわー。

でも・・・私も珍之助が来てから、私は定時に帰るようになったな。



マンションの前でタクシーを降りると、エントランスからバタバタと走って来る人の姿・・・美咲ちゃんだ。


「りんこー!ちんのすけー!」


満面の笑みでサラサラの髪をなびかせながら走って来る美少女。

う、美しい・・・

君の周りだけ、何かキラキラしてるぞ、気のせいだけど。

でも美咲ちゃん、ちょっと見ない間にずいぶん大人っぽくなったなあ。髪が伸びたせいか?


「美咲ちゃん、私達が来るのを待っててくれたの?」


「うん、待ってたよー」


「そっか、ありがとね」

また山下新之助の部屋へ来てしまった。

もう二度目だ。

でも今回は一ヶ月間。

もうこうなったら彼女と言ってもいいのではあるまいか?

うんうん、そうだそうだ。

なーんてな。


本当に私が山下新之助の彼女になれたら・・・

ああ、考えるだけでニヤけてしまう。

ま、考えるだけなら別にいいよね、タダだし。

今回だって私以外に頼めない事だってのは理解しているし。


山下新之助からは部屋は自由に使ってくれて構わないと言われていたが、流石に彼自身の部屋を使うのは気が引ける。

『僕の部屋のベッドを使ってくれても構いませんよ』なんて言っていたが、やっぱりねぇ・・・


私は前回泊めてもらった時と同じく、美咲ちゃんの部屋で寝る事にした。

珍之助も前回同様リビングのソファーで寝かせる事に。

きっと高価なソファーだから、ウチの煎餅布団なんかよりはずっと寝心地がいいハズだ。


この日は3人で近所のスーパーへ行って夕食の材料を買い、珍之助と美咲ちゃんに料理をしてもらった。

このメンバーで食べる初めての夕食はちょっと不思議な感じだったが、美咲ちゃんはメッチャ嬉しそうで、何かにつけて「ちんのすけー!」と言いながら珍之助にベタベタしている。

それに引き換え、珍之助は普段通りの仏頂面で、美咲ちゃんが話しかけても「うん」とか「ああ」とかしか返事をしない。

もうちょっと構ってやれよ。そんな可愛い子と一緒に居られるなんて、私が男だったら幸せ過ぎて即死だぞ。


食事中に山下新之助からLINEのメッセージが届いた。

もう既にタイの列車に乗っているようで、車内で写した自撮り写真が添付してある。


Shinnosuke---

無事に引っ越しは済んだでしょうか?

こちらも暑いですが、日本の夏みたいに蒸し暑くないので何とか凌げます。

美咲の様子はどうですか?


Rinko---

豪華マンションは快適です!今、3人で夕食を食べています。美咲ちゃんは楽しそうにしてますよ。


私は3人で撮った写真をメッセージに添付して送った。


Shinnosuke---

楽しそうですね!いいなあ、僕も早く帰ってみんなに会いたい。あー、早く帰りたい


いや、山下さん、もう帰りたいって・・・まだあと一ヶ月近くタイに居るんでしょ?

そんなに美咲ちゃんの事が恋しいですか?


Rinko---

まだ先は長いですよー!美咲ちゃんの事が心配で仕方ないんじゃないですか(笑)


Shinnosuke---

あー!バレました(笑)

坂口さん、お世話掛けてすみませんが美咲をよろしくお願いします


Rinko---

はい、任せてください。山下さんもお仕事頑張ってください



やれやれ。

まったく親バカだよなあ。って親じゃないか。

でも私も珍之助に対して似たような感情を持っているから、山下新之助の気持ちがちょっと分かるんだ。


まあ珍之助は男だから、あんまり心配する事は無いけれど、美咲ちゃんだったら心配になるよね、こんなに可愛いし。

今日だって買い物に行く途中、珍之助と美咲ちゃんを見た女子高生が「あの二人、メッチャ美男美女じゃん、芸能人?」なんて話しているのが聞こえてきた。

良かったよ、私は少し離れて後ろに居て。もし二人と一緒に並んで歩いていたら「何で一人だけオバハンが付いてるん?マネージャー?」とか言われかねない。



Shinnosuke---

すいません、実は言い忘れていたことがありまして


Rinko---

はい、何ですか?


Shinnosuke---

岡島激斗にDVDを貸していたんですが、彼が明日、近くに来るついでに僕の部屋まで返しに来る事になってまして


Rinko---

え?岡島さんが明日ここへ来るんですか?


Shinnosuke---

はい。13時頃に行くそうです


Rinko---

ちょっと待ってください!それって色々とまずいんじゃ・・・


Shinnosuke---

大丈夫です 前にも話したように美咲は親戚の子って事にしてあります


Rinko---

美咲ちゃんはいいんですけど、私と珍之助の事は・・・


Shinnosuke---

坂口さんは美咲のお姉さん、珍之助君は美咲の彼氏って事にすればいいんじゃないかな?


Rinko---

ええー!そんなんで大丈夫ですか


Shinnosuke---

大丈夫ですよ!激斗ってかなり天然入ってるんで、絶対に疑ったりしませんから


Rinko---

大丈夫かなあ


Shinnosuke---

大丈夫です!それよりも心配な事がちょっとあって


Rinko---

心配な事?何ですか?


Shinnosuke---

激斗ってちょっと自分の世界に浸っちゃうと言うか・・・あれって何て言うんだっけ・・・まあいいや、でもいいヤツなんで大丈夫でしょう!


Rinko---

はあ・・・


Shinnosuke---

それじゃあそろそろ寝ます。寝台車なのでベッドが固くって・・・


Rinko---

おやすみなさい、撮影頑張ってください


Shinnosuke---

ありがとうございます。おやすみなさい。



え~~!

岡島激斗が来るって?それも明日?

山下さん、そう言う事はもっと早く言っておいてよ!

美咲ちゃんが親戚の子で私が美咲ちゃんのお姉さんで珍之助が美咲ちゃんの彼氏?

いやいやいや、その設定、ぜってー無理があんだろ!


だって私と美咲ちゃんって全然似てないし、そもそも何で山下新之助の部屋で私と美咲ちゃんと珍之助が寝泊りしてるのだ?

こりゃ少し辻褄合わせと言うか、架空の設定を考えておかなきゃならないな。何か聞かれた時にボロが出るとマズイ。


どうしよう・・・

まず、美咲ちゃんが親戚の子で、その姉が私って事は変えられないから・・・


よし、私と美咲ちゃんは腹違いの兄弟って事にしよう。で、美咲ちゃんはアメリカの大学から日本の大学に編入することになって、その関係で山下新之助がこの部屋を留守にする一か月間、この部屋を貸してもらってると・・・

美咲ちゃん、ちょっとまだ日本語がアレだから、アメリカに住んでたって設定もちょうどいいか?


で、珍之助か・・・

美咲ちゃんの彼氏って事にするんだよね。

一緒にこの部屋に住んでるって・・・ちょっと変だよな。


よし、珍之助もアメリカ育ちで、美咲ちゃんと一緒にこっちの大学に編入するって事にしよう。今日はたまたまこの部屋へ遊びに来たって事でいいよね。

でもなあ、アメリカ育ちって事は英語喋れないとなあ・・・

あ!

そう言えば、珍之助って言語パックってヤツを全部読み込ませたんじゃん。つーことは英語ペラペラなハズだよね?


「ねえ、珍之助。アンタ英語喋れる?」


「英語?喋れるが」


「じゃあさ、これ英語で言ってみ 『僕は美少女フィギュアと巨乳が好きな変態美少年です』」


「I’m a kinky beautiful boy who likes beautiful girl figures and big tits!」


おお!

速攻で出て来るじゃねえか!

これならまあ大丈夫だろう。

ついでに美咲ちゃんにも試してみるか。


「美咲ちゃん!」


「なにー?」


「これ英語で言ってみて 『私ってこんなに超絶可愛いのにパンチ力は450kgで胸はEカップの巨乳なのよ!男の視線が気になるわ!』」


「I'm super cute, but my punching power is 450kg and my breasts are big E-cups!・・・ I'm curious about the guys gaze!」


おお!

美咲ちゃんもイケるじゃねえか!

つーかこの文章、自分で言っててちょっとムカつくな。

まあいい、明日はこの設定で行こう。


「ねえ、珍之助、美咲ちゃん、ちょっとこれから話す事を良く聞いてね、あのね、明日ね、岡島激斗さんって言う山下さんの友達がこの部屋へ来るんだけど・・・」


私は明日の設定を珍之助と美咲ちゃんに説明した。

2人とも大人しく聞いているが、本当に理解してるんだろうか?何か怪しい・・・

まあしょうがない、ヤバくなったら適当に誤魔化すしかないか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る