第12話 デカブツ

あけぼの飲料の広告撮影終了後、珍之助の服を買ってから会社へ戻り、バタバタ仕事をして今日も19時にタイムカードを押して退社。

ここんとこずっと19時に会社を出ている。

今まで22時とか、遅い時には終電で帰っていたのがウソみたいだ。


「ただいまー!」


部屋のドアを開ける。

が、今日は台所に珍之助の姿は無い。


何だよ、ご飯作ってくれたの1日だけかよ・・・期待してたのに。

居間のドアを開けると珍之助はテーブルの前に正座して図書館から借りてきた本を読んでいる。


「珍之助、ただいま」


「おう・・・ちんこか?しばらく見ないうちに立派になりおって・・・どれどれ、もっとよくお顔を見せてくれんかのう・・・バックします、ご注意ください」


お前、何だその喋り方は。

でも相変わらず『バックします』は外せないのね。こだわりか?


珍之助はものすごいスピードで本のページをペラペラめくっているが、ただページをめくっているわけではなくてちゃんと読んでいるようだ。


最後のページまで読み終えるとまた最初のページに戻り、また読み始めて・・・って、お前、ひょっとしてずーっとその一冊の本だけ読んでるのか!?

何読んでるんだ?と思って本の表紙を見て見ると、『日本昔ばなし』


あちゃー・・・

だからそんな爺さんみたいなセリフになっちゃってるのね。

きっと『読み終わったら他の本を読みなさい』とか教えてあげないとダメなんだろうな。


「珍之助、私お腹空いちゃったよ。何か作ってよ」


「はいはい、珍子は食いしん坊さんじゃのう・・・どれどれ、ワシが何かうまいモンこしらえちゃるけん、ちーっとばかし待っててくれんかいのう?バックします、ご注意ください」


珍之助は「よっこらしょ」と言って立ち上がり、台所で何か作り始めた。

マジじじい。


「ほい、できたけんのう、たんとお食べ。バックします、ご注意ください」


爺さんみたいにヨタヨタした動きで珍之助が持って来た皿には、何やら黄色い饅頭のような物が3つ。


「何これ?」


「きびだんごじゃ。バックします、ご注意ください」


作る料理まで昔ばなしにしなくていいんだよ。

今日は疲れてお腹空いてるのに・・・きびだんごって。

私はこれから鬼退治にでも行くのか?

仕方ないのでその『きびだんご』とやらを食べてみた。

可も無く不可も無く。

ご飯に塩振って周りに炒り卵をくっつけただけなのね。

何だかなあ・・・


あ、珍之助にも食事させなきゃ。

台所の炊飯ジャーの中を確認すると、先ほど炊いたと思われるご飯が目いっぱい入っている。


そう言えば『バランスの良い食事を摂らせてください』とか言ってたな・・・

冷蔵庫の中にはしなびかけたレタスとイカの塩辛、鯖缶と塩らっきょう、食べるラー油、チーズetc・・・

酒のつまみオンパレード。


「珍之助、悪いんだけどさ、今日はこれで我慢してね。明日ちゃんとした物買ってくるから」


昨日のようにご飯を丼によそって目の前に置いてあげると、珍之助は犬のようにガツガツ食い始めた。

その食い方、ヤバいな。


台所からスプーンを持ってきて渡すと、不思議そうな表情でスプーンを見つめている。

私は珍之助からスプーンを取り上げて、スプーンを使って食べ物を食べる仕草を見せてやり、もう一度スプーンを珍之助に渡す。

すると珍之助はちゃんとスプーンを使ってご飯を食べだした。


良かった・・・

こんな事で嬉しくなってしまうなんて、この感情は一体何なの?

このままだと私はマジで珍之助のお母さんになってしまうんじゃないか?


「珍之助、ご飯ばっかり食べてないでさ、他の物も食べてね」


私がレタスを指差すとレタスを食べる。鯖缶を指差すと鯖缶を食べる。

これじゃ命令した事しかやらないロボットみたいだ。

ずっとこのままだったらイヤだなあ・・・ちょっとメルティーに聞いてみるか?


Rinko---

メルティー 質問!


Melty---

おねーさん 何? アタシ今忙しいんだけど


Rinko---

ごめんね。

あのね、彼氏がね言った事しかしないの

これじゃロボットみたいだよ


Melty---

まだ自我が覚醒してないからだよ

心配しなくていいっつーの


Rinko---

その自我はいつ覚醒する?


Melty---

もう少し身体が成長して知識も増えてきたら

確か第4フェーズで自我覚醒アップデートがある


Rinko---

じゃあそれまではこの調子なの?


Melty---

そうだよ

まだ赤ちゃんと同じだから しばらくはそのままだから


Rinko---

そうか 分かったよ ありがとー


Melty---

おねーさん


Rinko---

何?


Melty---

今度遊びに行ってもいい?


Rinko---

いいよー いつでもおいで!



そうかぁ・・・ある程度の知識や身体が出来るまではこんな調子なのか。

ま、人間の赤ちゃんもそうだしなあ。

それにしてもメルティーったら、『今度遊びに行ってもいい?』なんて・・・相変わらずツンデレだなあ!


私がLINEでメルティーと会話している間に、珍之助はジャーの中のご飯と出したおかずをすべて平らげてしまった。


「珍之助、お腹いっぱいになった?」


「余は満足じゃ。苦しゅうない。たらふく食ったら眠くなりおった。チト寝るかのう・・・バックします、ご注意ください」


今度は殿様か?どんな話を読んだ?

あ、そうだ、お前さんの服を買って来てやったぞ!・・・って、アンタもう眠ってるんか。


床に倒れて死んだように爆睡する珍之助。半ズボンの太腿あたりがピチピチで、今にも張り裂けそうになっている。


心なしか身長も少し伸びたような・・・

ピチピチの半ズボンに白ソックスのイケメン・・・いや、これじゃどこからどう見ても変態コスプレ野郎だ。


今日、スーパーで買ってきたジャージやTシャツ、下着などを珍之助の身体にあてがってみた。

やっぱりちょっと大きいな。まあいいか、これだってすぐに着られなくなっちゃうだろうし。

半ズボンがあまりにもパッツンパッツンで窮屈そうなので、眠っている隙に着替えさせる事にした。


シャツを脱がせて買ってきたTシャツを着せて、半ズボンを脱がせて・・・パ、パンツも脱がせなきゃ・・・・・

恐る恐るピチピチになったパンツを脱がせると・・・


「うわわわわ・・・」


デロン!と現れたソレは、もう何と言ったらいいのか・・・身体のわりにでかいのだ。


「で、でけぇ・・・」


まだ成長途中でこれだったら、成長しきった時には一体どれくらいになるのだ?でもって、男の人ってそういう時にはもっと巨大化するよね?ね?だよね?そんなの入るか?これってヤバくね?

いや、何ドキドキしてんだ、アタシ。


ひと通り着替えさせると上はTシャツ、下はジャージのどこにでも居そうなヤツが出来上がった。これだったら変態コスプレ野郎には見えない。ちょっとブカブカだけど。


それにしても・・・

さっきから何か変な匂いがする。

履き古した運動靴のような、でももっとケミカルな匂いと言うか。すごく臭いわけじゃないけど、微妙に臭い。

脱がせた珍之助の半ズボンの匂いを嗅いでみると・・・


「く、くせぇ!」


コイツだ!そう言えば、コイツ、まだ風呂入った事ないじゃん!


珍之助の胸の辺りに顔を近づけて匂いを嗅ぐと・・・マジくっせぇ!お前、臭いぞ!


このままじゃどんどん臭くなって、駅に寝転がっているレゲエの方々みたいになるんちゃうの?

ヤバいぞ!

風呂だ!シャワーだ!今すぐ洗浄だ!


とは言え、どうやって洗えばいいのだ?

もう眠っちゃってるし、一度眠ったら何やっても起きそうも無いしなあ。

でもこの匂い、一旦気にしだしたら気になって仕方ない。



---ボンッ!!---


「うわっ!」


いきなり爆発音と白い煙。

そして現れたメルティー。


「おねーさん、どもー」


「あーっ、メルティー!アンタいつもだけどさ、いきなり来てビックリさせないでよ!」


「ゴメーン。つーかさ、この部屋、なんか臭くね?」


「うん、それがね、珍之助が臭いみたいなんだよね」


「おねーさん、全然洗ってないっしょ?」


「え?こいつ、洗うの?」


「あたりめーだよ!こいつだって生き物じゃん、風呂入んなきゃ臭くもなるしー」


「そうか・・・でもアプリでそんな事言ってなかったじゃん」


「おねーさん、マニュアル読んでないっしょ?」


「え?マニュアル?」


そう言えばそんな物あったな。ダンボール箱の中に放り込んだままだったよ。

全部アプリで説明してくれるのかと思ってたよ。


「マニュアルにちゃんと書いてあっからさー、第3フェーズが終わったら2日に1回は洗えって」


「あー、そうなんだ、知らなかったよ」


2日に1回、こいつを洗うのか?

うわ~、めんどくさいなあ・・・


「あのさ、さっきメルティー、2日に1回洗えって言ったじゃん?こいつさ、自分で洗ったりしないのかな?いつも私が洗ってやらなきゃならないの?」


「最初に一緒に洗ってやったら覚えるんじゃね?子供と同じだけどさ、物覚えだけはメッチャいいから、1回教えてあげれば大丈夫だよ、きっと」


「ふーん・・・でさ、こいつ、今もちょっと臭うじゃん、臭いよね?今洗ってあげたいんだけどね、私ひとりじゃちょっと大変だから、悪いけどメルティー手伝ってよ」


「はぁぁぁ?こいつ洗うの手伝えってか?おねーさん冗談キツイなぁ」


「いいじゃん!ちょっとだからさ!そんな事言わずに、ね?」


「ったく・・・しゃぁねぇなあ」


メルティー、ちょうどいいところに来てくれて助かるよ!


さて、どうしたものか。

まず服を脱がせなきゃならないな。さっき着せたばかりだけど。

爆睡してグダグダになっている珍之助の服を私とメルティーで脱がす。

私がTシャツを脱がし、メルティーがパンツごとジャージを脱がした時・・・


「うわっ!おねーさん!こいつ、チョーでっけぇ!メチャメチャでかいんですけどぉ!ウケる~、なにこれー!キャハハハハ!」


珍之助の股間に鎮座するブツを見てメルティーは大爆笑している。まぁ、確かにデカイっすけど・・・


「おねーさん、ひょっとしてボディーエレメントをここのトコだけいっぱい盛ったっしょ?自分の理想をコイツの股間に詰め込んだっしょ?キャハハ!おねーさんスケベだなあ!」


「盛ってない、盛ってない!何もしてないよ!自然にそうなったんだよ!」


「ウソー!じゃなきゃこんなにデカくなるハズないもん!おねーさん、将来コイツをAV男優にでもするつもりですかぁ?」


「メルティー、ワケわかんない事言ってないで、風呂場にコイツを運ぶよ!足持って!」


「はーい」


メルティーと二人がかりで珍之助を風呂場まで運ぶ。それにしてもコイツ結構重いな・・・まあ二日で10合近く飯食ってるからなぁ。


狭いユニットバスの浴槽に珍之助を入れ、ボディーソープを付けたスポンジで身体を洗うと何やら茶色いカスのような物が肌からボロボロ剥がれて来た。

うわぁ~、何だこれ?キモいなあ。


「今日初めて洗ったっしょ?きったねーカスが出てきたっしょ?それを落としてやると肌がキレーになっからさ、ごしごし洗ってやってねー」


メルティーが言う通り、きつめにゴシゴシ擦ると下から綺麗なすべすべした皮膚が現れた。

ひと通り洗ってタオルで全身を拭いてあげると、珍之助は超スベスベ肌の色白に!あれま!驚きの白さ。


メルティーと二人で珍之助を持ち上げて風呂から引きずり出し、服を着せて床に寝かせる。

白い肌に切れ長の目、髪はサラサラでスッと通った鼻筋・・・顔はマジでイケメンだ。喋るとアレだが。


その横でメルティーはあぐらをかいてパンツ丸見えで携帯を弄っている。

相変わらず可愛いなあ・・・

おっぱい大きいし・・・

でもキミも喋るとアレだが。


「で、メルティー、今日は私に何か用事でもあるの?」


「あ、そうそう、今日はおねーさんに渡す物があったんだ」


メルティーは持って来たカバンの中をゴソゴソと探り、小さな袋を取り出して私に差し出した。


「これ、何?」


「開けてみ」


袋の中から出てきたのはキラキラ光るキーホルダー。

あれ?このキーホルダーって私がバッグに付けてるのと同じだ。でも色が違うな。これは色がブルーだ。


「このキーホルダーってさ、あのハゲに貰ったヤツと同じだよ。色が違うけど、ホラ」


私は近くに置いてあったバッグを引き寄せ、持ち手に付けてあるキーホルダーをメルティーに見せた。


「ああ、それって部長が置いて行ったヤツっしょ?それはおねーさんが持っててさ、この青いキーホルダーは珍之助に持たせておいて」


「これは珍之助に?何で?」


「えっと、何て言うかなー、えー・・・まあ、お守りみたいなモンよ。詳しい事はおねーさんに説明しても分からないだろうしさ、とにかくこの後第4フェーズが終わったら必ずいつも身につけさせるようにしてほしいんだよねー」


「ふーん、わかった」


「それからさ、おねーさんのそのキーホルダーだけどね、それもいつも必ず身に着けておいてよね。特に外出する時は絶対に肌身離さず着けておいてね」


「ふーん・・・わかったよ、気にしておくよ」


「じゃ、アタシはこれで帰っから、また来るわ」


「え~、もう帰っちゃうのぉ?もうちょっとゆっくりしてけばいいのに」


「いやー、これから彼氏とデートなんスよぉ」


「えっ!?メルティー彼氏居るの?」


「居ちゃ悪いのかよ?」


「そうじゃないけど・・・で、デートってどこ行くの?」


「末廣亭」


「末廣亭?新宿の?」


「そーだよ!今日は五代目江戸家股八の襲名披露があんだよ!早く行かねえと終わっちまうんだよ、じゃねー!」


---ボンッ!!---


メルティー・・・渋いな。渋すぎるな。

デートが寄席かよ。

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