第13話 突然山下
「はい・・・申し訳ございません、こちらの情報共有がしっかりしていなくて・・・ええ、もう一度修正して提出させていただきますので。はい、よろしくお願いいたします。はい、失礼いたします」
ったくよう、佐々木ぃ!
テメェのせいでまた村上ペイントに怒られたじゃねぇか!
同僚の佐々木から引き継いだ仕事だが、私は佐々木から仕事上必要な事をまったく伝えられていなかったため、先日提出した広告のラフ案の中に必要な記述が抜けていたのだ。
あ~っ、イライラする!
当の佐々木は今日から3日間の有休を取って旅行とやらに出かけているらしい。
そう言えば昨日、
「明日からちょっと北海道行って来るんだわ。お土産に北海道のワイン買ってくるからさ、凛子ちゃん一緒に飲もうよ」
とかほざいていた。
ぶっ殺す!
ワインの瓶で頭カチ割ってやる!
『プルルル・・・プルルル・・・』
机の電話機が鳴って内線ランプが点滅している。ったくこんなタイミングで誰だよ、イライラしてるのに・・・
「はぁい、坂口でぇす」
「坂口さん、ヴィーナスプロモーションさんから2番にお電話です」
ヴィーナスプロモーションというのは山下新之助が所属している事務所だ。
でも何の用事だろう?この前撮影したデータの確認は済んでいるし、次の撮影までは特に用事は無いはずなんだけど・・・
「はい、お世話になっております、営業部坂口です」
「あっ、坂口さんですか?あの、山下です」
山下?ヴィーナスプロモーションの担当に山下さんって居たか?新人さんか?
「あの、えーっと山下様、ですか・・・?」
「山下です。山下新之助です。覚えていらっしゃいます?」
うわあぁ~~~~~~~!ななな何なんだ!
山下新之助から直電!?
何かヤバいことしちまったか!?
この前の撮影写真が気に入らなかったのか!?
とうとうやっちまったか?
本人が直にクレームか!?
ヤ、ヤバイ・・・どうしよう・・・
「あ・・・、や、山下さんですね、先日はどうも・・・あの、どのようなご用件でしょうか?」
「すみません、いきなり連絡しちゃって・・・あの、坂口さん、今日ってお時間ありますか?」
「へ?お、お時間でふか?」
「はい、ちょっとお話したい事があって・・・ご迷惑でしょうか?」
「いいいえ、だだだ大丈夫れす、じ、時間はいっぱい持ってます!」
何言ってんだアタシ。
「ご迷惑でなければ、二人きりでお会いして話したいことがあるんですけど・・・大丈夫でしょうか?」
「だだだ大丈夫れす!全然大丈夫れす!」
「本当ですか?良かった・・・僕、今日はCM撮影があって18時頃に終わる予定なんですけど、それ以降の時間にお会いする事ってできますか?」
「だだだ大丈夫れす!全然大丈夫れす!」
「坂口さんの会社って四谷ですよね?19時頃に迎えに行かせてもらってもいいですか?」
「だだだ大丈夫れす!全然大丈夫れす!」
「どうしようかな・・・じゃあ四谷消防署の前で19時ではどうですか?僕、車で迎えに行きます!」
「だだだ大丈夫れす!全然大丈夫れす!」
「ありがとうございます!じゃあ19時に四谷消防署の前で。よろしくお願いします!」
「は、はい・・・失礼します・・・」
うわぁぁぁぁぁ!どうしよう!山下新之助から誘われてしまった!
何で何で何で?
ひょっとして『実は・・・初めて打ち合わせでお会いした時から、ずっと坂口さんの事を・・・』とか!?
どこか雰囲気のいいバーとかに行った後、『この後、僕の部屋でもう少し話しませんか?』とか!?
ブヒョォ~~~!
明日有給取っとくか?万が一のために有給取っとくか?あ、もう有給無いか!
こっそり写真週刊誌に撮られて『人気若手俳優 山下新之助 一般女性との密会をスクープ!』なんて中吊り広告が出ちまうのかぁ!?
キャ~~、どうしようどうしようどうしよう・・・
ついにアタシの時代が来た!やったぜ、ビバ自分!
もう舞い上がるような気分だぞ!今だったら空を飛べる。間違いない!
19時か!
あ。
珍之助、どうしよう・・・
頑張って定時の18時に会社を出ても、一旦アパートに帰って珍之助にご飯あげてたら間に合わない。
思い切って早退するか!
いや、今日は17時半から部内の打ち合わせがあるんだ。この打ち合わせをブッちぎったらかなりヤバイ。
どうしよう・・・・・
そうだ!メルティーに頼もう!それしかない!
LINEでメッセージだ!
Rinko---
メルティー 元気?
Melty---
おねーさん何?
Rinko---
あのさ、今日の20時頃って空いてる?
Melty---
空いてない
Rinko---
本当は空いてるでしょ?
嘘ついたっておねーさん分かるぞ
Melty---
何さ
Rinko---
ちょっと頼みたいことがあるんだ
Melty---
断る
Rinko---
そんな事言わずに一生のお願い!
Melty---
ヤダ
Rinko---
お願いお願い!超緊急事態だ!
メルティーにしか頼めない
Melty---
何よ?
Rinko---
今日、珍之助にご飯あげて
Melty---
えー!やだよ
Rinko---
お願い!頼むから!後で埋め合わせするから
Melty---
しょーがねーなー
Rinko---
いい?
Melty---
わかったよ 飯食わせておくよ
Rinko---
ありがとー!メルティー大好き!愛してる!
Melty---
はいはい
あーめんどくせー
よかったぁ~!
メルティー、あんた本当にイイ子だよ。
それからと言うものの、仕事なんて完全に上の空。
頭の中はすっかりお花畑状態で、山下新之助の事ばかり考えている。
だって、27歳独身OLが男性からいきなり電話で誘われたんだぞ、それもあの人気イケメン俳優、山下新之助にだ。
もうすぐお昼だがドキドキして全然食欲が湧かない。さっきからペットボトルのウーロン茶ばかりガブガブ飲んでいる。
でもなぜに山下新之助はいきなり私を誘ったんだろう?
【考察1】
初めて会った時から気になっていた
↓
もう居ても立っても居られなくなり
↓
思い切って誘ってみた
↓
坂口さんの事が好きです
↓
合体
【考察2】
始めは単なる仕事相手
↓
この前の撮影で会ってから気になってしまって
↓
思い切って誘ってみた
↓
坂口さんの事が好きです
↓
合体
【考察3】
始めは単なる仕事相手
↓
打ち合わせで会うたびごとにちょっとイイかなって意識
↓
夢に出てきた
↓
思い切って誘ってみた
↓
坂口さんの事が好きです
↓
合体
キャァ~~~!どうしよう!どうしよう!どうしよう!
こんな事になるならもっとオシャレな服を着てくれば良かった。
下着は?あ、今日はベージュのばばあパンティーを穿いてるんだ・・・
どうしようどうしよう、今すぐ駅ビルの下着屋へ行って下着買うか!?
赤い下着とか買っちゃうか!?ガーターベルトとか買っちゃうか!
いや、アタシの方が1つ年上なんだし、ここはガッツリとTバックなんぞ試してみるか!?
ええい!もうこうなったらTフロントとか行っちゃうか!ちょっとズらすだけでお手軽だよっ!
変態か・・・
私のゲスな妄想はブレーキの壊れた機関車のように脳内を爆走する。
そしていよいよ迎えた18時30分。
四谷消防署まではゆっくり歩いても5分かからない距離だから、10分前に会社を出れば余裕で間に合うはずだ。
私はいそいそとトイレに行き、メイクを直しながら鏡で全身をチェックする。
髪の毛、ちょっとパサついてるなあ・・・
口紅、もう少し明るい色にしてくれば良かった・・・
このシャツ、ちょっと皴になっちゃってるなあ・・・
ベージュのおばさんパンツ、ヤバいなあ・・・
「凛子ちゃん!お疲れ!どうしたの?ひょっとしてデート?」
いきなり優子に声を掛けられた。
あちゃ~、変なところを見られてしまった・・・
「あ、う、ううん、そんな、デートとかじゃないって!」
「そうなのぉ?でも珍しいじゃん、凛子ちゃんがメイク直してるなんて」
「ま、まあね、ホラ、最近暑くなってきたじゃん、汗拭いたりすると化粧落ちちゃうからさ。私なんか厚塗りしないと表を歩けないからね、あははは」
「本当~?怪しいなぁ・・・」
「本当だって!じゃあ私、用があるから帰るね、お先~!」
ヤバイヤバイ、これから山下新之助と二人きりで会うなんて優子にも言えないよ。
私はしれ~っとタイムカードを押して待ち合わせ場所の四谷消防署前へ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます