第10話 手料理

クライアントとの打ち合わせの後、私は図書館に寄った。

珍之助に読ませる本を借りるのだ。

早急に日本語を何とかしないと、あのままじゃ会話も出来ない。

図書館の児童向け書籍のコーナーから、ひらがな・カタカナ教材や幼稚園児~小学生向けの絵本や童話、ワークブックなんかを借りられるだけ借りた。

仕事は今日も忙しかったが、早く帰るためにムキになって仕事する私。


「坂口さん、イイねえ!最近頑張ってるねえ!がははは!」


部長がいきなり私の肩を叩いて大声で言う。


「あ~、あははは、いえいえ、そんな事無いですよぉ~」


そりゃそうだ。

今までは22時くらいまでダラダラ仕事していたのに、最近は19時に帰っている。

3時間分の仕事を詰め込んでいるのだ。


この日も何とか仕事を片付け、図書館から借りてきた重い本を抱えてアパートに着くと・・・

私の部屋から何やらイイ匂いが漂って来る。

珍之助!何かしでかしたのか!?

慌てて部屋のドアを開けると、台所に立って料理をしている珍之助。


「あ、あんた、一体何してんのよ!?」


「簡単でいておしゃれ。ウスターソースやタバスコも入れますが、味つけはあっさりです。ちんこは空腹ですのでしょうが、冷蔵庫の中は風前の灯火ですので調理気分は最高ですから。バックします、ご注意ください」


な、何言ってんだ・・・

珍之助が何やらフライパンで煮込んでいる。

居間のテーブルの上には既に作り終えた料理が2,3品並んでいた。


「珍之助、ひょっとして私のためにお料理してくれたの?」


「ちんこは空腹ですのでしょうなので、南イタリアの代表的なマンマの家庭料理が冷蔵庫の中はお寒い様相を呈しています。バックします、ご注意ください」


そうか!

昨日、『スーパーの食材が高級レストランの味になる 三國シェフのすご技絶品レシピ 永久保存版』を読ませたから料理覚えたんだ!

すげーな、珍之助!

ひょっとして、私がお腹空かせて帰って来るのを予想して料理してくれたの?

ちょっと嬉しい。


居間のテーブルに並ぶ料理。ちゃんとご飯も炊いてある。

冷蔵庫の中や台所の棚の中を一生懸命漁って作ったのだろう。ううっ、感動・・・


「いただきまーす」


ヤバイ、美味い。

私なんか話にならないくらい料理上手だよ、珍之助。

珍之助はテーブルを挟んで私の前に正座して座っている。コイツにも食わせんとな。

いや、そのちんちくりんな身長を伸ばすため、キミにはモリモリ食っていただきたい。

私はキッチンから丼を持ってきて山盛りにご飯をよそい、珍之助の前に置いた。


「珍之助、食べて!」


珍之助はやおら丼を両手で持つと、顔面からご飯にかぶりついた。

そうか、お箸の使い方、知らないんだ。まぁ、今日は大目に見よう。

珍之助はおかずも食べずに丼のご飯だけをわしわし食べている。すぐに丼が空になった。

丼にご飯をよそう、空にする。またよそう、空にする。

結局五合炊き炊飯ジャーの中のご飯は、すべて珍之助が食べてしまった。


珍之助、すげー食欲・・・

この調子で食われたらすぐにお米無くなっちゃうな。近いうちにスーパーに行って買ってこなくちゃ。


「珍之助、お腹いっぱいになった?」


「空腹は満足ですのでしょう。すぅーっとひんやり、この夏だけの一番搾りはバックします、ご注意ください」


そうか、満足か。

でもなんで必ず最後に『バックします、ご注意ください』って付けるの?


あっ・・・ひょっとして隣の運送会社のトラックがバックする時の音、真似してるのか?

お前は九官鳥かよ・・・

こりゃすぐに日本語学習始めないとヤバいな。


私は図書館から借りてきた本を珍之助の前に置いた。いや、積み上げた。


「珍之助、今日からこの本を読んで覚えてね」


「この本を読むのでしょうですね。バックします、ご注意ください、ブッブー」


「私はバックより、正常位のほうが好きだなあ。だってお互いの顔が見えるんだもん」


「そうですね、私もそう思います」


ここはちゃんと受け答えするんか!?

あんた下ネタはバグって無いんか?

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