第7話 粘土彼氏
どんなに憂鬱だって、どんなにツラくたって、月曜の朝はやって来る。
一週間の始まり。
これはこれで気が重い。
昨日の日曜日、優子が帰った後は部屋を少し片づけて洗濯してダラダラとネットを見ていたら終わってしまった。
いつもの道。
いつもの地下鉄。
いつもの会社。
「おはようございまーす」
出社してタイムカードを押して、席についてパソコンの電源を入れて・・・
あーあ、また社畜タイムの始まりだ。ゲロゲロ~。
「凛子ちゃん、今日のお昼さ、一緒にメシでもどう?」
また同僚の佐々木だ。
悪いヤツじゃないんだけど、30手前の男にしてはチャラチャラしている感じがどうも好きになれない。
でもずっと誘われてるのを何だかんだ理由つけて断ってるしなあ。
まあ、お昼ご飯くらいだったらいいか・・・
「あー、えっと、そうだね、どこ行く?」
「四谷一丁目の交差点にローソンあるじゃん、あのローソンのビルの2階に蕎麦屋が出来たんだよね。行ってみない?」
「へえー、そうなんだ。じゃ、そこで」
11時半に私と佐々木は会社を出て蕎麦屋に向かった。
そう言えば今日から7月だ。
初夏の日差しが照り付ける中、埃っぽい国道20号線の歩道を歩くと首筋にじんわりと汗が滲んでくる。
「いらっしゃいませー」
一週間前にオープンしたばかりの蕎麦屋の店内は、まだ少しだけ建材の匂いがした。
「俺、鶏天そばのセットね、凛子ちゃん何にする?あ、ここは俺が奢るからさ、遠慮しないでね。」
「いいよー、お昼くらい自分で払うよ。・・・・・じゃあ私は山菜そばのセットで」
私は男の人に奢ってもらうのが嫌いだ。
気を遣ってくれるのは嬉しいけど、奢ってもらっちゃったらその瞬間から対等な関係じゃ無くなるような気がしてしまうのだ。
だって男同士で食事に行ったら、絶対に割り勘にするでしょ?
「あけぼの飲料の雑誌広告、どう?順調?いやさ、俺も前に担当だったわけじゃん?ちょっと気になっててさ。まあ凛子ちゃんだったら上手くやってくれてるとは思うけど」
あけぼの飲料の広告とは、あの山下新之助がイメージキャラクターの飲料水メーカーの広告の事だ。
私が担当する前は佐々木が担当していたのだが、佐々木の仕事のやり方が雑で山下新之助の事務所からクレームが入り、一か月前から急遽私が担当することになったのだ。
ちなみに担当替えする事になった原因が自分だと言う事を、佐々木は知らされていない。
「ああ、あけぼの飲料ね、まあ何とかやってるよ。来週撮影なのよねー」
「そうかあ。ま、上手く行ってるんなら安心したよ。でもさ、山下新之助の事務所って正直言ってウザくない?いちいち細かい所まで報告しないとギャーギャー言うんだよねー」
「うん、まあね・・・」
佐々木クン、君が担当を外されたのはそう言うトコだぞ。
「そう言えばさ、凛子ちゃんってデザイナーの岡田さんと仲イイよね」
「うん、よく一緒に遊びに行ったりするけど・・・優子がどうかしたの?」
「いや、岡田さんって身体の具合でも悪いのかなって」
「え?どうして?」
「俺の住んでるマンションの近くに京英女子大附属病院って言うデカい病院があるんだけどさ、その病院の敷地内にコンビニがあってね、ウチから近いからそのコンビニに良く行くんだけど、岡田さんが病院に入っていくのをタマに見かけるんだよね」
「病院?・・・私は優子から何も聞いてないなあ。体調がどうのこうのって話も聞かないし」
「そうなの?凛子ちゃんと岡田さんていつも一緒に居るから凛子ちゃんなら何か知ってるかと思ったよ。ま、いいや。それよりさ、今度一緒にグランドインターナショナルホテルのラウンジに行ってみない?60階にさ、東京を一望できるバーがあるんだ。夜景がスゲー綺麗でさ・・・」
優子が病院通い?
そんな話、今まで一度も聞いた事無い。
何か持病でもあるのだろうか?
京英女子大附属病院って言えば都内にある市立病院の中でも1,2を争う規模の大きい病院だ。
設備は最新だが、治療費も高いって聞いたことがある。
優子に直接聞いてみようか・・・・・だけどプライべートな事だろうし、あまり詮索しちゃいけない気もする。でもちょっと心配だな。
「凛子ちゃん!おーい!聞いてんの?」
「え?あ?ゴメンゴメン、何だっけ・・・」
「だからぁ、グランドインターナショナルホテルのラウンジの件」
「あ、そうか、えっと、まあ考えておくね。それよりもお蕎麦食べようよ!美味しそうじゃん!これ」
「凛子ちゃんそうやっていつもはぐらかすもんなあ・・・・」
それからも佐々木の誘いをのらりくらりとかわしながら、居心地の悪い昼食時間が過ぎて行った。
その後は会社に戻ってひたすらデスクワーク。
明日の入稿データのチェックや広告作成スケジュールの進行管理、突然振られた月末のイベントの調整・・・
月曜日から忙しくなっちゃったなあ。
定時の18時を過ぎ、19時、20時、20時半になったときにスマホの画面にいきなりメルティーのアニメーションが表示された。
<彼氏培養の第二段階だよ!培養皿と触媒プラスター、触媒粉末(青)、整形マットと骨格フィギュア、それから付属のビニール手袋を用意してね!>
あっ!そう言えば『次の作業は72時間後』って言ってたな。すっかり忘れてたよ。
でもなあ・・・あんなモノ放っておいて、とりあえず急ぎの仕事をした方がいいんじゃないか?
でも・・・何か気になる。
「お先に失礼しまーす」
私は会社を出ると、急ぎ足で地下鉄の駅へ向かった。
部屋に着いて適当に着替え、ベッドの下とクローゼットに押し込んであった彼氏製造キットを引っ張り出す。
そして冷蔵庫の横に置いてある培養皿を見ると、金曜日にはこんもりと盛り上がっていた泡の様な物が、今は保護ケースいっぱいに膨らんでいる。
私はアプリの指示通りに培養皿と触媒プラスター、触媒粉末(青)、整形マット、骨格フィギュアを用意してテーブルの上に並べた。
<整形マットを平らな場所に敷き、ビニール手袋をはめた手で培養皿の中身(彼氏エレメント)を整形マットの上へ取り出してね!>
培養皿に被せてあった保護ケースを持ち上げると、スポッ!という感じで保護ケースが抜け、その後には円筒形の白いブニョブニョした物体が立っていた。こいつが『彼氏エレメント』か。
恐る恐るそのブニョブニョを両手で持ちながらテーブルの上に敷いた整形マットに移す。プリンみたいな感触だ。
<整形マットの上で『彼氏エレメント』と『触媒プラスター』を混ぜて『ボディーエレメント』を作るよ。『触媒プラスター』は一気に入れないで、少しづつ混ぜてね!>
プリンのような彼氏エレメントに触媒プラスターと呼ばれる肌色の粉を少量入れ、グニグニと両手で混ぜ合わせる。まるでパン生地を作っているようだ。
触媒プラスターをすべて混ぜ合わせると、目の前にはバスケットボールほどの大きさをした肌色の粘土のような物体が出来上がった。それにしても・・・疲れた・・・
<『骨格フィギュア』を用意して、EKMジェネレーターの上面にセットしてね!>
骨格フィギュア?どれだ?
美術で使うデッサン人形の様な物がダンボール箱の一番下にある保護スポンジの中に折りたたまれて入っている。たぶんこれだろう。
それを取り出してEKMジェネレーターの上にセットすると、高さ70cmほどの大きさになった。けっこうデカイ。
<EKMジェネレーターの上にセットした『骨格フィギュア』に『ボディーエレメント』で肉付けしてヒトの形に整形してね!>
肌色の粘土のような『ボディーエレメント』を少しづつ『骨格フィギュア』に貼り付けながら人型に形作っていく。粘土細工の様でちょっと楽しい。
すべての『ボディーエレメント』を張り終えると、目の前にはデカい肌色の人形が出来上がった。
<出来上がった人型人形の表面に『触媒粉末(赤)』をまんべんなく塗布してね!>
『触媒粉末(赤)』とやらを肌色人形の表面に塗るとデコボコしていた表面がツルツルになり、ソフビ人形のような外観になった。
身長約70cmの肌色の物体。
これが私の彼氏になるのか!?
ちょっとキモいな・・・
<バイオアクティベーションを行うよ!EKMジェネレーターの電源を入れ、そのままの状態で72時間お待ちくださーい!あ、EKMジェネレーターの電源は切っちゃダメだぞ!>
こんなキモい人形を72時間もこのままでここに置いておけってか!?
誰かに見られたら絶対変に思われる!いや、変だけど。
でももう電源入れちゃったしなあ・・・押入れの中に隠しておきたいけど電源コードの長さが足りないし・・・
まあいいや。
誰か訪ねて来る事も無いだろうし、このままにしておくか・・・
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