第6話 突然優子

「う・・・・うぇぇ・・・・」


頬の辺りに感じるベタベタした湿った感触。

私は自分のよだれの不快感で目を覚ました。

私、よだれを垂らして寝てたんだ・・・キモチ悪いなあ・・・


そう言えば昨日の夜は疲れてゲームもしないで寝ちゃったんだ。

変なダンボールが送られて来てスマホで色々やって、金髪の女の子が現れて・・・

妙にリアルな夢だったなあ。

よっぽど疲れてたんだ、私。


ベッドの上で上半身を起こし、しょぼしょぼした目で部屋の中を見回す。

テーブルの上には飲みかけの酎ハイが入ったグラスとスマホ。

その横には変な機械と大きなダンボール箱、粉末の入った子袋と変な形のペットボトルやUSBケーブルetc・・・


「ハ、ハハハハ・・・マジかよ」


ベッドから起き上がって台所の冷蔵庫の横を確認する。

透明な容器に入った白い円錐状の物体が置いてある。


「あー・・・やっぱり現実なのね」


頭の中がハッキリしてくるにつれ、昨夜の記憶が次第に蘇って来た。

彼氏製造キット、メルティー、アクティベート・・・

もしかして、これは誰かが私を騙すために仕組んだ壮大な計画なのか?

いやいや、んなワケ無いよね。私を騙したって誰も得しないし。

じゃあいったい何だ!?


カーテンの隙間から強い日差しが差し込んでいる。

スマホの時計は午前11時25分。

結構寝てしまった。いや、10時間以上寝てたんだ、私。


今日は土曜日で会社は休み。

本来であれば昨日の夜は徹夜でゲームをして、今日は昼過ぎに起きてテキトーに食事して、またゲームやって・・・っつー予定だった。

あんなにゲーム、ゲームって思ってたのに、今はあまりゲームをする気になれない。

でも、27歳の独身OLが一人暮らしの部屋で休日の昼間からゲームって・・・それって寂しい事なのかな。

きっと今頃、優子は相沢さんと二人で下北辺りのお洒落なカフェかどこかでデートしてるんだろう。

可愛い雑貨屋に入って安っぽいアクセサリーを見たり、雰囲気の良さそうな居酒屋を見つけて『今度二人で飲みに来ようね!』って約束したり、小さな公園のベンチに座ってたわいもない話をしたり・・・

私にもそんな事があったっけかなぁ・・・

私はふと部屋の中を見回した。

ハゲから送られて来た大きなダンボールと絨毯の上に散らばった色んな器具、その横に放ってあるTシャツやストッキング。壁際のテーブルの上には無造作に置かれた安物の化粧品と片方だけのイヤリング。ベッドの横には倒れて中身が出そうになっているトートバッグ。玄関先には出すのを忘れたゴミ袋が2つ・・・


こんなハズじゃなかったのに・・・


別に雑誌の中から飛び出してきたようなキラキラした日常なんて望んでないけどさ、でも・・・いつの間にこうなってしまったんだろう。

本当に私が望んでいる物って何?

私は何が欲しい?

何になりたい?

仕事が生きがい?

いや、そんな事これっぽちも思ったこと無い。今の仕事は嫌いじゃないけど、かと言って好きってワケじゃない。

仕事が生きがいとか思えたらどんなに楽だろう。

仕事が大好き!仕事第一!って思えたら、部屋が散らかってたって、毎日コンビニのお弁当で済ましてたって言い訳になるのかな。

こんなコト考えてるのって私だけ?

みんなどうやって自分の心と折り合いをつけてるんだろう?

こんなふうに考えちゃって心がザワザワしてツライ時には人恋しくなるけど、たとえば今ここに好きな人が居て慰めてくれたとしても、それが何の解決になるんだろう。

10年後の今日、私はどこで何をしてるのかな。相変わらず散らかった部屋で酎ハイ飲みながらゲームしてたりして。


私、何でこんな事考えてんだろ?


明日は日曜だから休みだけど、何だか憂鬱だなあ。

いつもはあんなに休日が待ち遠しいのに。


その時、スマホからピコッ!とLINEのメッセージ着信音が鳴った。

誰だろうと思ってスマホを確認すると優子からのメッセージ。




Yuko---

凛子ちゃん 今なにしてるの?


Rinko---

別にー 何もしてないよ


Yuko---

今晩、凛子ちゃんの部屋に遊びに行ってもいい?


Rinko---

え?今晩?


Yuko---

うん ダメかな?


Rinko---

構わないよー 部屋散らかってるけど


Yuko---

気にしないよ 何時頃だったらいい?


Rinko---

何時でもいいよ


Yuko---

じゃあ夜8時頃行くね


Rinko---

夕ご飯は?


Yuko---

済ませて行くから気にしないで


Rinko---

オッケー じゃあビールでも買っておくね


Yuko---

私も何か買って行くね


Rinko---

待ってまーす




優子いきなりどうしたんだろう?

相沢さんと何かあったのかな?


優子からのLINEで私はちょっと気分が晴れてきた。

取り合えず部屋の片づけでもするか!


あ、このでかいダンボールどうしよう。それにこの変な機械や粉末の入った袋とか・・・

こんなの見られたら絶対に変に思われる。

面倒くさいなあ・・・と思いつつ、私は彼氏製造キットをクローゼットやベッドの下に押し込んだ。

そう言えば冷蔵庫の横にもっと怪しい物があったんだ。

でもあれって風通しのいい場所に置いとけって言ってたな。どうしようか・・・まあいいや、コイツもベッドの下に押し込んで・・・と。

大雑把に部屋を片付け、コンビニに行って夕飯用のお弁当とビールや酎ハイを買い込んで帰ると17時を回っていた。

ネットを見ながらダラダラお弁当を食べ、ベッドに寝転がって雑誌を読んでいると玄関のチャイムが鳴った。


「はーい、今開けるよー」


ドアを開けるとコンビニの袋を持った優子が立っていた。

フレンチスリーブの白いTシャツにラベンダー色のロングスカート、首にはさり気ない細いチェーンの銀のネックレス・・・相変わらずお洒落だなあ。


「ごめんねー、急に遊びに来ちゃって」


「いいよいいよ、私もヒマしてたからさー。さっき部屋を片付けたんだけど、まだちょっと散らかってるんだよね」


「全然気にしないよ、じゃあお邪魔しまーす」


優子が私の部屋に来るのはこれで二回目だ。

前回は打ち合わせの帰りに阿佐ヶ谷で飲んで二人とも酔っ払ってしまい、優子は帰るのが面倒くさくなって荻窪の私のアパートに泊ったのだ。


「でさ、優子いきなり来るなんて何かあったの?ひょっとして相沢さんと何かあったとか?」


「え?ううん、彼とは別に何も無いけど」


「そうなの?てっきり今日とか相沢さんとデートじゃないかなあって思ってたんだ」


「今日はお客さんとゴルフだって。出版社の営業って意外と休日も忙しいみたい」


「ふーん」


優子どうしたんだろう?何か話したい事があって来たんじゃないの?

彼女は私みたいに「考える前にとりあえず行動!」って性格の人ではなく、何かハッキリした理由があって動くタイプだ。ワケもなくいきなり訪ねて来るなんて、いつもの優子っぽくない。


「ねえ優子、私に何か話したい事とかあるんじゃない?友達なんだからさ、遠慮しないで言ってよ」


「べ、別に特に話とか無いよー。休みに一人で家に居てもつまんないし、私って実家じゃん、両親も一緒に居るから色々うるさくて」


「そうかあ、まぁそうだよね。私なんか一人暮らしだから誰にも気を遣わないけど、家族と一緒だとウザい事もあるかもね。それよりさ、相沢さんとはどうなのさ?」


「相沢さん?う、うん・・・まあ・・・フツーだけど」


「フツーのセックスしてますってか?」


「凛子ちゃん、相変わらず直球だなあ。まぁ凛子ちゃんのそう言うところが好きなんだけどね」


「いや、ゴメンゴメン、冗談冗談」


「いいよいいよ、私も凛子ちゃんみたいにはっきりとモノが言えたらなあっていつも思うよ」


「そうかなあ?でも私って口が悪いしさ、小さい頃から男兄弟の中で育ったからガサツだし。私は優子みたいに女らしい性格が羨ましいよ」


私達はビールを飲みながらこんなたわいない話をダラダラと続けた。これはこれで楽しいのだが、今日の優子はいつもと何か違う感じがする。

それが何かは分からないのだが、優子がこの部屋に来てから、なぜだかずっとモヤモヤしたものを感じていた。


気がつけばもう午前2時。

二人で缶ビールや酎ハイを10本以上空けてしまい、さすがにだいぶ酔って眠くなってきた。


「優子、今日は泊ってくでしょ?そのソファーベッド、背もたれ倒すと平らになるからさ、そこで寝てもらってもいいかな?」


「うん、全然オッケーだよ」


「じゃあ私準備しておくからさ、先にお風呂入って。あ、シャワーだけど」


「うん、ありがと。じゃあお先にね」


優子がシャワーを浴びて出て来るのを待って、私もシャワーを浴びに行った。が、シャンプーを切らしていたのを思い出して慌ててユニットバスを出ると、優子がベッドの横を覗き込んでいる。

やべっ!あの彼氏製造キットとやらが見つかってしまう!


「優子、何か探し物?」


「えっ!あっ・・・えっと、イヤリング無くしちゃって・・・」


「イヤリング?・・・って、優子イヤリング着けてなかったじゃん」


「あっ・・・そ、そうだね、私イヤリング着けてなかったよね!あ、あははは・・・いつものクセでイヤリング着けてきたかと思っちゃった!酔っ払っちゃってるからかな、ごめんねー」


「今日はいっぱい飲んじゃったからねー、明日二日酔いかもね」


シャワーを浴びてから髪を乾かし、私達は少し話をしてから床に就いた。


「じゃ、電気消すよ。おやすみ」


「うん、おやすみ」

「ねえ、凛子ちゃん」


「ん?なに?」


「凛子ちゃんは相沢さんの事、どう思う?」


「どう思うって・・・まあ、いい人なんじゃないの?外見もいいし性格も良さそうだし。優子と相沢さんならお似合いだと思うよ」


「そうだよね・・・いい人、だよね・・・ごめんね、寝がけに変な事聞いちゃって。じゃ、おやすみ」


「・・・おやすみ」


次の朝、優子は午前10時前に帰って行った。

今日は日曜日で休みだし、ゆっくりしていけば?って言ったのだが、遠慮がちにそそくさと私のアパートを出て行った。

昨日いきなり訪ねて来て、特に何の用事があるわけでも無く、何か話したい事があるわけでもなく、たわいない話をしただけ。

それはそれで別に何ら変な事ではないのだけど、妙に引っかかる優子の様子・・・

何かあったのかな・・・

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