穴の4 ぷはぁー

鏡に映る背広の男。僕だ。


会社から帰宅してすぐに洗面所で顔と手を洗う。薄緑の洗面所はやはりエイリアンが出そうな気配がする。一度もそんなものは出たことがないけれど。


チカチカと不安定な蛍光灯に照らされた顔は疲れ切っていて骸骨のようだと僕は思う。おまけに今朝剃ったはずの髭もぽつぽつと顔を出している。


みたいだなと馬鹿な感想が頭を過ぎって、へへへと笑う自分と目があった。それで僕は正気に戻る。


咳払いをしてから僕は冷蔵庫に向かう。月曜日は右から二番目の列のビール。右端から順に飲む曜日が決まっている。


「んっんっん〜」


独身中年男の思いつきの鼻唄は、電気をつけてもなぜか薄暗い部屋に、歌ったそばから吸い込まれていく。


ぷしゅっ


プルタブを起こした時だった。


ぎゅおんおんおんおんおん…!!


胸に空いた青い穴がけたたましい音を立ててインナーとワイシャツを吸い込もうとする。


「か…かはーっっ…」


まるでビニール袋を被されたように息ができなくなった。


ぶちぶちぶちっ…!!


僕はワイシャツのボタンがちぎれるのも構わずシャツの前を乱暴に開けてインナーをたくしあけだ。


「ぷはぁー」


やっと息が吸えた僕は、何度も部屋の中のすさんだ空気を吸い込んだ。



ぷはぁー…


胸から聞こえた音に嫌な予感がした。


見ると缶ビールは空っぽになっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る