第三話 救世主の青年

 ――シラーは暫く、沈黙した。

 シラーの後ろ側にいる団員達は皆、臨戦体制に陥っている。

 一触即発のこの状況では、青年が増援を呼ぶのは明らかに困難を強いるだろう。

 やはり、ただ傍観しているだけの瑠璃が他の神に助けを求めに行った方がいいのだろうか。


「――増援を呼ばれる前に、俺らがあんたをぶっ殺すぜ?」

「いや、もう既に騎士団の増援が此処へ向かっている」

「……どういうことだ」


 青年はこの場所に来てから、移動はしていない。つまり、増援を呼ぶ機会はなかった。

 それなら何故、増援を呼んでいる最中などと言っているのか。

 それは、青年が持っている能力を行使したからであった。


「俺の神能は、自身の分身を造り出す《複体アルテ・レゴ》だ」

「なるほどなぁ……つまり、その分身を使って、増援を呼んだって訳か」

「あぁそうだ。どうする? それでもまだ、俺と、騎士団と戦うのか?」


 増援が到着したら、シラー達は一気に潰されるだろう。

 それを回避するためにシラーは、当然の選択を取った。


「――! 待て! 逃げるな!!」


 シラーは目にも留まらぬ速さで酒場の天井を殴り破り、外へと逃げた。

 団員達もそれに続いていく。青年は団員達を止めようと試みた。

 しかし、ある短髪の団員が自身の神能を使い、青年の動きを封じた。


「体が……動かない」


 そうしている内に、シラーと団員達は何処かへ消えて去った。

 青年は徐々に体の自由を取り戻していき、完全に動ける様になったのと同時に、増援が到着した。


「――スイレン! 大丈夫か!?」

「……俺は何ともない。だが、シラーと団員には逃げられた。……すまない」


 銀色の鎧を纏った男性が、青年の名を呼ぶ。

 他にも鎧を着た騎士の様な神が複数おり、腰には剣が入った鞘も付いている。


「逃がしたか……。だが、奴らがまた次の拠点を見つけるまで時間が掛かるだろう。その間に仕留めておきたいな。……それはそうと、何故団の拠点を発見できたんだ?」

「彼処に立っている彼のお陰だ」


 スイレンはそう言うと、少し離れた場所で直立していた瑠璃に近づき、感謝の意を示した。


「結局は逃してしまったが、君のお陰で奴らの拠点を見つけ出すことができた。――本当にありがとう」


 瑠璃は戸惑った。

 感謝しているのは自分の方だと、伝えたい。もし彼がこの場所に来なかったら、今頃腹には大穴が空いていただろう。

 しかし、原因は不明だが現世の頃の自身に関わる記憶が復活し、大嫌いな名前も思い出した。

 現世ではその名前の影響で、人と関わるのが恐怖でしかなかった。スミレには何故か自然に話せたが、他の神は違う。

 ――瑠璃は、沈黙を選んだ。


「スイレン。彼は一体……?」

「彼は、尋常じゃない程の量の神気を持っている。それに目を付けた、『王権強奪団』団長のシラーが彼を誘拐したんだ。俺はそれを追いかけた」

「シラー自らが誘拐するとはな……。だとしたら、次もまたこの少年が狙われるかもしれない」


 鎧を着た男性が、両手を腰に当て言った。男性の言う通り、瑠璃がまたシラーに狙われたとしても、おかしな点はない。

 だが、そこまで瑠璃に拘る必要があるのだろうか。


「まぁ、念のため一時的に保護するのが妥当だろうな」

「そうだな。けど、まずは神政に報告してから――」

「だめだ」


 スイレンが今までとはまるで違う、低い声でそう言った。

 男性はビクッと体を震わせた。そしてすぐに、スイレンにその理由を聞いた。


「何故だ? 神政に彼のことを伝え、ちゃんとした保護を受けるのがベストじゃないのか?」

「――さっきも言ったが、彼は神気量が尋常じゃない。それが神政の上層部にでもバレたら、彼は間違いなく騎士団か、『ローリエ』行きだ」

「――わかった。神政には彼のことは伏せて、俺が今回の件を報告しておく。……その代わり、あんたがしっかり彼を守れ」


 そうして騎士達は、スイレンと瑠璃を残し城へと飛んでいった。

 ――気まずい空気が、二人の間に流れる。 スイレンは瑠璃の方へ向き直し、改めて自己紹介を始めた。


「俺はスイレン。今日から暫くの間、君を保護する。理由は、さっきの会話から分かるな?」

「――」


 返事が、できない。

 命の恩人が更に、自分のことを保護までしてくれると言っているのに。

 何か言わなければ。だが、口が動かない。

 伝えたいことは山程あるのに、それを伝えられない。

 瑠璃の中のトラウマと似た様なものが、喋るのを止めている。

 ――記憶がない時に、戻りたい。


「……ま、まぁ、とにかく何処かで休憩しようか。君とも色々、話したいことがあるし」


 そう言うとスイレンは何処かへ歩き始めた。

 瑠璃は何も言うことが出来ず、少し距離を空け、後を付いていった。

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