第二話 王権強奪団

「なんだって……」


 最早ラピスが助かるには、前者を選ぶしか方法が見つからない。

 神になり、ものの数十分で死ぬなど、断じてごめんだ。

 しかし、ラピスは何とも無謀な第三の選択肢を考えていた。

 逃亡――である。すぐ後ろには酒場の出入り口がある。

 一瞬で体を百八十度回転させ、猛ダッシュで逃げればひょっとすると助かるかもしれない。

 しかしその場合、捕まったら間違いなく殺されるだろう。

 逃げるのか、入団するのか。――それとも、話し合いで解決させるのか。

 話し合いでの解決はほぼゼロパーセントだろう。そうなると、一番生存率が高いのは組織に入団することだ。

 ――だが、それをラピスの中の“何か”が拒んでいる。ラピスは決して、入団することはないだろう。

 そうなると助かる選択は逃亡しかない。

 まず酒場を出たら、誰でもいいから声を上げ助けを求め――、


「――なぁ。いつまで考えてるんだ?」


 シラーの冷めた声が、ラピスの頭の中に響いた。

 それからシラーは「十秒以内に決めろ。さもないと殺す」と口にし、カウントダウンを始め、ラピスを急かす。

 ――早く逃げなければ。

 だが、それを実行する為の足が――全く動かない。


「はーち……なーな……」


 着々とタイムリミットが迫る。それと同時に、ある筈がない心臓の音が激しく鳴り、鼓動が速くなるのが感じられる。

 ――体が熱い。早く、動かなければ。


「さーん……にー……」


 ラピスの脳は、限界に達した。

 頭の中は真っ白になり、体の感覚は全て失われた。


「いーち……!」


 思考は、完全に停止している。

 そんな中で、ラピスは無意識に言葉を発していた。


「――そんなクソ怪しい組織によぉ……入団する訳ねぇじゃん」

「そうか――残念だ」


 構えていた拳が、真っ直ぐラピスの中腹部へと加速していく。

 その刹那、記憶に掛かっていた霧が晴れ、全てを思い出した。


 ――俺、また意味が理不尽な死に方するのか。

 もう、死にたくねぇよ。折角神様になれたのに、折角新しい人生を始められると思ったのに。

 ……なんで、俺ばっかりこんな――


「――はぁ?」


 死を確信した瞬間、加速していくシラーの拳が止まった。

 ――否、止められた。

 シラーの拳を誰かがガッチリと握っている。後方から伸びているその腕の神を見ようと、記憶を取り戻した瑠璃は振り返った。


「――間に合ってよかった。団の拠点も見つけられたし」


 そこには、白髪はくはつに透き通るような紺色の眼をした青年が立っていた。

 酒場の出入り口にあったウエスタンドアは根元から引きちぎったかのように辺りに捨てられていた。

 瑠璃はゆっくり後退りし、殺伐とした空気が流れる二人から距離を置いた。


「――あんたも、中々の神気量だな……お兄さん同様、殺すのには#勿体__もったい__#ないな」

「殺す……か。俺が握っているお前の拳がびくともしない時点で、無理な話だよ」


 青年は淡々と述べる。シラーはそれに応える様に笑った。

 そして、右手で作った拳を青年に向け加速させる。

 常人ならば、防ぐのも儘ならない速さだ。 ――しかし、青年は自らの拳でそれを受け止める。

 互いの拳が触れた瞬間、銃の発砲音の様な音が辺り一面に広がった。


「すげぇな! 拳を突き出したのが見えなかったぜ。あんた――何もんなんだ?」


 その問いかけに対し青年は、掴んでいたシラーの左手を放し、着ていたジャケットの裏地を見せるという行動で返した。

 すると、裏地にある“何か”を目視したシラーの顔から、一切の表情が消えた。


「――政府の紋章か」

「理解したか? 俺は――『神政』の神だ。お前らの拠点も分かったことだし、これから増援を呼んで完全に『王権強奪団』を潰す。大人しく投降した方が身のためだぞ」

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