4-8 動機、あるいはユイトが人を集めた理由

「ランス・バーニィバーンさん、あなたが犯人ですね?」


 最後の最後で、ユイトはそう尋ねる。


 この質問に、これまで潔く答えてきたランスは――


「…………」


 ここに来て黙り込んでしまうのだった。


 無言の抗議なのか、それとも無言の肯定なのか。どちらにせよ、ユイトは彼が話してくれるまで待つつもりだった。


「……証拠は?」


 そう沈黙を破ったのは、ランスではなかった。


 彼に代わって、カルメラが口を開いたのだ。


「証拠はあるのですか?」


「ランスさんの家を調べれば、殺害に使われた毒やその原料が見つかるかもしれません。またランスさんが購入者と分かっていれば、銀のナイフの出どころも特定できるかもしれません」


「つまり、決定的な証拠はないということですね?」


「そうですね」


 その点に関しては、正直に言ってユイト自身も弱いと思っていた。


「ただ、僕が推理した以外の方法で、検問や結界を突破することは不可能だと言っていいかと思います。ですから、ダンピールであることが、犯人であることの証拠になりえるでしょう。

 ランスさん、ご自身がダンピールではないとおっしゃるなら、チェックを受けていただけますか?」


 ユイトは銀の針と日長石を指し示す。


 しかし、ランスは決してその場を動こうとしなかった。ただ硬い顔つきをしたまま、立ち尽くすばかりだったのである。


 代わりに、またカルメラが反論を買って出ていた。ランスの右手に巻かれた包帯に目をつける。


「彼は手に日焼けをしています。これが彼がヴァンパイアだという何よりの証明でしょう」


「それもミスリードですよ。ヴァンパイアだと信じ込ませるために、あらかじめ日焼けをしておいて、それを僕たちの前で意図的に披露したんです」


「そんなことは不可能でしょう。この季節に日焼けをするのは、ヴァンパイアくらいのはずです」


「日焼けと軽度の火傷は区別がつきません。そこでランスさんは火属性の魔法を使って、自ら火傷を負ったんでしょう。ヴァンパイアの血を引くダンピールなら、属性魔法は得意のはずですからね。

 ただ、いくら得意といっても、一度目でいきなり成功させられるほどのものかは分かりません。もしかしたら、今までにも同じことをして、自分がヴァンパイアだと周りにアピールした経験があったのかもしれませんね」


 検問所で日長石によるチェックの実験をした時、ユイトとロレーナは同じような会話を交わしたことがあった。


『犯人が属性魔法を使ったというのはどうですか? 火魔法で自分の肌をうっすらとだけ焼いたんです』


『医学的にも同じものだと言われるくらいだから、確かに日焼けと軽度の火傷は見分けがつかないかもしれないけど……』


 カルメラも日焼けと火傷の関係については知っていたらしい。日焼けを根拠にして、ランスがヴァンパイアだと主張するのは諦めたようだ。


 だが、彼女は単に主張の根拠を変えただけだった。


「以前彼の家を使って、結界の実験をしたでしょう。あの時のことは、どう説明なさるのですか?」


「あの時、ランスさんは結界を張る側でしたよね? ヴァンパイアのみが家の結界に阻まれるというだけで、結界を張ったり解除したりすること自体は異種族でも可能なんですよ」


 そのため、ルドルフのような人間の憲兵に、国外でのヴァンパイアの警護が任せられているのだ。


『実際、ヴァンパイアの警護にはいちいち手間がかかりますよ。料理にニンニクやタマネギが使われていないか確認したりとか、建物に入る時に家主に結界を解除してもらったりとかね』


 国外に出ないせいか、異種族と結界のルールを失念していたらしい。ユイトの指摘に、カルメラは言い返すことができないようだった。


 だが、それでもランスは相変わらず動こうとしなかった。


「ランスさん、この場で断ったところで、時間の問題だと思った方がいいですよ。ダンピールが侵入可能だと分かった以上、いずれは国内のヴァンパイア全員に対してチェックが実施されることになるでしょうからね」


 ユイトの言葉は、自白を促すためのはったりでも何でもなかった。トランシール公国は、厳重な検問体制を敷いてまで、異種族の侵入を阻止しているのである。同じように、総チェックによって、侵入済みの異種族の排除が行われるのは目に見えているだろう。


 しかし、そのことを逆手に取って、カルメラは反論を繰り出してきた。


「もし国内に他にもダンピールがいた場合、彼が犯人だと断定できなくなるのでは?」


「ヴァンパイアの多くは国内から出ません。仮に出ても孤立派という姿勢は保ったままです。ですから、他にダンピールが見つかる可能性は低いでしょう」


 ランスのことを同じ孤立派の仲間だと思っていたからだろう。カルメラは決して彼の無罪を諦めようとしなかった。


「つまり、まだ見つかる可能性が――」


「カルメラさん、ありがとうございます。でも、もうかばってくださらなくて結構です」


 とうとう覚悟を決めたようだ。ランスはようやく口を開いていた。


「勇者様が推理された通り、僕はダンピール……」


 針の束を手に取ると、彼はそれを自らの腕に突き刺す。


 肌からはすぐに血が流れ出したが、その血は彼が告白したように、人間とヴァンパイアの子供のもののようだった。


 金の針でついた傷も、銀の針でついた傷も、すぐに塞がっていたのである。


「そして、今回の事件の犯人です」


 ランスの告白に、かえって場は静まりかえってしまった。


 孤立派も融和派も、人間もヴァンパイアもない。集まった全員が何も言えなくなってしまっていたのである。


 だが、ユイトが関係者たちを集めたのは、ただランスが犯人だと教えるためではなかった。


「よければ、動機についてお話しいただけますか?」


「…………」


 軽々しく口にしたくないのだろう。ランスはまた黙り込んでしまう。


 すると、今度はロレーナが返答を促すのだった。


「第一の事件は孤立派の重鎮であるヴラディウス・ドラクリヤを狙ったものでした。第二の事件も孤立派のルースヴェイン・ストロングモーンやその家族まで巻き込もうとしたものでした。

 もしかして、中立派のふりをされていただけで、あなたは本当は融和派だったのではありませんか?」


 ロレーナは、ウェアウルフにトマトジュースを用意するようなランスに対して、最初は融和派寄りの中立派として好感を抱いていた。しかし、国外に一度も出ていないことが判明して、孤立派だと分かってからは、一転して敵意を持つようになった。


 そんな彼女だからこそ、ただの義務感や興味本位で動機を知りたがっているわけではないことが伝わったようだ。


「……ええ、その通りです」


 ロレーナの問いかけに、ランスはそう頷いていた。


「僕は国の外に出てみたかったんです」


 たったそれだけの願いが、今回の凶行を引き起こす原因になってしまったのだ。


「もしダンピールであることが知られたら、僕はこの国から追放されることになるでしょう。それで子供の頃に、母は僕の出自について教えてくれました。勇者様が推理されたように、母は留学中に人間の父と恋に落ちたそうです。


「でも、母が話してくれたのは、父のことだけではありませんでした。『人間の国は』『人間の街は』『人間は』…… 父が生まれ育った場所だからか、目にすることのできない僕を不憫に思ったのか、母は外の世界の素晴らしさについて何度も繰り返し語ってくれたんです。


「母の話を聞いている内に、僕は次第に自分の目で外の世界を見てみたいと思うようになりました。母が死んで話を聞けなくなると、その思いはますます強くなっていきました」


 ランスの話を聞いている内に、我慢の限界に達したようだ。カルメラは激昂したような呆れ果てたような風に言う。


「出たいのなら出ればよかっただろう。昔ならいざ知らず、今時は出国の理由を大して審査したりしないはずだ」


「いいですかカルメラさん、彼はダンピールなんですよ。半分は人間でも、もう半分はヴァンパイアなんです」


 ユイトに説明されて、彼女もはたと気づいたようだった。


 トランシール公国から出ていくだけなら確かに自由である。しかし、検問を通過できないので、公国に自由に戻ることはできない――


「そうか。この国を嫌っているわけではないのか……」


 国外に出たがる気持ちは理解できなくても、公国を愛する気持ちは理解できるのだろう。今までとはうって変わって、カルメラは憑き物が落ちたように大人しくなっていた。


 このユイトの推理は正しいものだったようで、ランスは特に反論することなく話を続けた。


「母が若かった頃は、今よりも規制が厳しくて、留学や仕事でもなければ国外に行ったりできなかったそうです。また、ヴァンパイアと人間の間にある対立や差別感情も激しかったようでした。

 だから、母の留学期間の終わりが近づいてきた頃、父は駆け落ちを持ちかけたんだそうです。誰も知り合いのいない土地に移って、素性を隠して暮らそう、と。


「しかし、母は結局家族や故郷を捨てられませんでした。母は父や外の世界を愛していましたが、同じようにこの国のことも愛していたからです。

 そんな母に育てられたからでしょうか。気がつけば、僕も母と同じような気持ちを抱くようになっていました」


 留学期間の終了とともに、二人は関係も終わらせたという。だが、お互いに気づいていなかっただけで、母親はこの時すでに妊娠していたそうである。


 こうして、人間の国で芽生えた新しい命は、ヴァンパイアの国で誕生を迎え――


 そのどちらをも愛する存在として育ったのだった。


「ダンピールの僕は、一度国を出たら、チェックに引っかかって二度と入れなくなってしまいます。だから、再入国するには、規制を緩めるしかありません。そのために、最初は議員になって、法律を変えようとしました。


「しかし、議会は完全に孤立派が取り仕切っています。また、議員に選出されるために、中立派という穏健な態度を取らなければいけないせいで、僕の方から大胆な改革案を提出することもできませんでした。

 その上、ダンピールであることがバレないように国外に出ないようにしていたせいで、融和派の皆さんからの信頼まで失って…… いつの間にか、八方塞がりになってしまっていたんです」


 まさにその融和派であるベルデは、悔しそうに顔を歪めていた。


「内密にでも相談してくだされば、私だって協力しましたのに……」


「そうですね。本当はそうするべきだったんだと思います」


 後悔と謝罪の念をランスは滲ませる。何も伝えなかったベルデに、そして殺害してしまったヴラディウスとルースヴェインに。


 悔悟のあとで、ランスは再びユイトに向き直った。


「勇者様の推理に、一つだけ誤りがあります」


「何でしょう?」


「怪文書の件です。あれを撒いたのは僕ではありません」


 国内にダンピールがいると悟られないように、ランスは事件直前に『検問を突破できた』というビラを撒くことで、侵入の時期をミスリードした……とユイトは考えた。だが、この推理は間違いだったようだ。


 かといって、ランスは偶然撒かれたビラをトリックに利用したというわけでもないらしい。


 あの怪文書はトリックではなく、動機に関係するものだったようだ。


「ああいうものが出回るということは、国の規制に対して不満を持っている人が多いという証拠のはずです。だから、あれを議会に持っていって、改めて規制の緩和を考えてみないか提案してみました。他の種族は難しくても、ダンピールの入国なら許してもらえるようになるんじゃないかと思って。


「でも、結果は大失敗でした。にべもなく却下されてしまったんです。考えるようなそぶりさえしてくれなかった。それで僕は――」


 二人を殺した。


 それがユイトが推理しても導き出せなかった、本当の真相だったのだ。


「……だが、殺人は殺人だからな」


「罪は償うつもりです。償えるのなら」


 硬い表情で切り出すカルメラに、ランスは迷いなくそう答えた。


 むしろ、不安がっていたのは周囲の方だった。


 公国の憲兵であるカルメラになら、ある程度予想がつくと踏んだのだろう。ロレーナは彼女に尋ねていた。


「ランスさんはどうなりますか?」


「ひとまずは検問所内に拘束するしかないだろうな。もしかしたら、裁判もここで行うことになるかもしれない」


 人間との会談は、検問所内で行われているという話だった。同じ異種族と考えれば、ダンピールに対する措置も似たものになるというのは妥当なところだろう。


「量刑は?」


「二件の殺人と一件の傷害未遂だから罪は重いが、生い立ちが特殊だから斟酌はされるだろう。もし懲役刑で済めば、人間の国の牢に間借りすることになるのか。もしくは、特例で国内での執行を認めるのか。

 ただ、どちらにせよ、刑期が満了したところで、この国にはもう二度と戻ってこれないだろうが……」


 本人には聞かせられないと思ったのか。カルメラの声は後半に差し掛かるにつれて徐々に小さくなっていった。


 ランスが殺人事件を起こしたのは、国から出るためではない。国から出たあと、また戻ってくるためである。


 二度と戻れなくなるのなら、事件には何の意味もなかったことになってしまう。


「ランスさん、これは異世界ジョークなんですけどね。僕が元いた世界では、バスといって乗合馬車に似た乗り物があるんですが、なんと座っていい場所が肌の色で分けられていて。この規則が撤廃されたのが、百年ほど前のことだったんだそうです」


 ランスが、いやこの場にいる一同が、何の話だろうかという顔をする。


 だから、仕方なくユイトは続けた。


「百年後には僕はもう死んでいるかと思いますが、ダンピールのあなたなら二百年後も三百年後もきっと生きておられることでしょう」


 滑ったジョークの説明ほど寒いものはないが、ランスは莞然と微笑んでいた。

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