4-7 犯人は……
「これが今回の事件の真相です」
そう言って、ユイトは推理を締めくくった。
「ヴァンパイアが国外で子供を妊娠して、国内に戻ってから出産した」というダンピール犯人説は、まったく予想外のものだったのだろう。集められた関係者たちは、最初戸惑いを見せるばかりだった。
しかし、詳しい話を聞く内に、各々の中で整理がついたようだ。説明が終わる頃には、むしろすっかり腑に落ちたらしい表情を浮かべていた。
ただ一人を除いては。
「ありえない。そんなことは……」
カルメラはうめくように声を漏らした。
「特に破綻はないように思いましたが」
ロレーナは淡然とそう言い返す。
「あるだろう。密室トリックのためだけに、ダンピールを妊娠するくだりだ」
「僕もその点は強引だったと思います。最初から子供を殺人の道具として生み育てるというのは、あまりにも常軌を逸していますからね。皆さんも多分同じようにお考えなのではないでしょうか?」
また、いくら母親が殺人をするように教育したところで、子供が必ずそれに従うとは限らないだろう。カルメラからの指摘を、ユイトはそう受け入れていた。
しかし、ダンピールを生んだ理由に関しては、もう一つ仮説を挙げたはずである。
「ですから、母親は恋愛感情から人間の子供を身ごもって――」
「それこそありえん!」
カルメラが叫ぶように言った。
「ヴァンパイアが人間と結ばれるなど!」
勇者の言葉を遮った。勇者の推理を否定した。勇者に対して声を荒げた。これまでのカルメラからは想像もつかないような態度である。
それくらい彼女には認めがたいことだったのだろう。
「古い時代には、少数とはいえダンピールがいたことが確認されています。彼らが戦争でヴァンパイアハンターを務めたことは、カルメラさんもご存じでしょう?」
「その反省から、徹底的な孤立政策を取るようになったのですよ!」
相手が勇者だと思い出して、少しだけ興奮が収まったらしい。カルメラの口調は丁寧なものに戻っていた。もっとも、意見を譲る気だけはないようだが。
「僕は所詮異世界人なので、ヴァンパイアのカルメラさんの感覚の方が正しいのかもしれません。しかし、一人だけではサンプル数が少ないですからね」
この類の反論が出ることは想定の内だった。だから、再反論の材料にするという目的もあって、ユイトは関係者たちを集めたのだ。
「ベルデさん、どうですか?」
「体質や生活リズムが異なるので、結婚まで行くのはなかなか難しいかもしれません。ただ倫理観が根本的に違うというような大きなずれはないわけですから、恋愛感情を持つことは十分ありえると思います」
「ベルデさんご自身もそうですか?」
「異種族の方を魅力的だと感じることはありますよ」
ベルデはいたずらっぽくそう微笑んだ。融和派という立場から綺麗事を言っているわけではなさそうだった。
「恋愛は二人の問題ですから、次は人間側の意見も聞いてみましょう。ルドルフ君、君はヴァンパイアを恋愛対象として見ることができるかな?」
「はっ、はい。もちろんです」
ルドルフは緊張気味にそう答えた。見る者が見れば、今まさにヴァンパイアに恋をしていると分かるだろう。
「異種族を恋愛対象にできるというのは、確かに少数派なのかもしれません。しかし、決してありえないことではないということが、これで証明できたと思います」
たった一つでも反例が存在するだけで、カルメラの主張は成立しなくなってしまう。だから、彼女は何も言えなくなって、ただ歯噛みするような表情を浮かべるしかないのだった。
さらに念押しするようにベルデは言う。
「そもそも、この世界で一番好意を寄せられているのは、異世界人の勇者様ではありませんか?」
「ああ、それはまぁ……」
「それで」
ユイトがへどもどしていると、ロレーナがそう横から口を挟んで、ベルデとの会話を打ち切ってきた。
「犯人は一体誰なんですか?」
色恋沙汰の話でどこか弛緩していた場の雰囲気が、その質問によって一瞬で緊迫したものに引き戻される。
「では、次は犯人について推理していきたいと思います」
集められた一同に――というかほとんど犯人に対して、ユイトはそう告げた。
「まず僕とロレーナ君は確実に除外できます。僕たちはそもそも国の外で生活していますからね。もしも犯人だとしたら、国内で生まれたダンピールが犯人だという説が破綻してしまいます」
これを聞いて、ジョシュアが我先にと声を上げていた。
「それなら、私とルドルフ君も候補から除いていただけますね?」
「もちろんです。同じ理由で、お二人も犯人ではありません」
ユイトのお墨付きをもらったことで、ルドルフはほっと一息つく。
ルドルフと対立する立場とはいえ消極派だからか、豪商の両親からルドルフのことを頼まれていたからか。彼の様子を見て、ジョシュアも肩の荷が下りたような表情を浮かべるのだった。
「次にカルメラさんも犯人ではないと言えます。今の実験で、カルメラさんはヴァンパイアであることが証明されているからです」
まだヴァンパイアが人間と恋に落ちたという話に納得がいっていないのだろう。自身の無実が明らかになったにもかかわらず、カルメラは不満げなままだった。
「実験なら、検問の手順を確認する時にもやりましたね」
「ロレーナ君の言う通り、マイヤさんには以前にチェックを実演していただきました。よって、彼女もダンピールではありません」
二人の推理に、マイヤはただ静かに頷く。
だが、あくまでも彼女たちが犯人でないと証明されただけである。依然として、彼女たちが犯人の関係者である可能性は残っていた。
「ちなみに、お二人にはお子さんは?」
「そもそも私は未婚です」
カルメラは不承不承そう否定した。
「……息子が一人います」
マイヤは答えづらそうにそう肯定した。
だから、皆の視線が彼女に集まった。
「ただマイヤさんの子供が犯人の可能性は低いと思います。孤立派とは言わないまでも、マイヤさんは国外にはまったく出ていないようでしたからね。職務中はともかく、プライベートで人間と接する機会はなかったと言っていいでしょう」
かといって、仕事をしている最中に、私的な接触をしていたというのも無理があるだろう。検問所には他にも検問官がいるからである。
ユイトの言葉を聞いて、マイヤは安堵の表情を浮かべていた。自分自身の時よりも、子供の潔白が立証された時の方が喜ばしい風な反応だった。
「また、ベルデさんもダンピールではないはずです。融和派の彼女は、何度も国外に出ていて、そのたびに検問でチェックを受けていますからね」
こうして、犯人候補からまた一人名前が消えた。
しかし、ベルデへと向かう視線が途切れることはなかった。
国外に出る機会があったということは、人間と関係を持つ機会があったということだからである。
「まさかベルデさんの子供が……?」
「私に子供はいません」
ルドルフの懸念は杞憂だとばかりに、ベルデはそう言い切った。
以前の事情聴取で、彼女は両親と一緒に暮らしていると証言していた。その時に、実際に家の中の様子も確認している。子供がいないという言葉を疑う必要はないだろう。
「隠しているということも考えられるのでは?」
「ベルデさんの申告は信用していいと思いますよ。生まれた子供がダンピールであることを隠すのはともかく、子供を生んだこと自体を隠すのは難しいでしょうから」
ジョシュアの疑問に、ユイトはそう答えた。育児経験のあるマイヤも、「自分も同意見です」と頷く。
まず同じ家で暮らす両親に見つかってしまうだろう。仮に、彼らの協力を得られたとしても、周囲に見つからないように子供を家に閉じ込めておかなくてはいけない。当然、出産する時や病気になった時に、医者に助けを求めることもできない。子供を隠していると考えるよりも、子供がいないと考えた方が自然だろう。
「となると――」
最後まで候補に残った一人に、全員の視線が注がれる。
「あなたはヴァンパイアにしては珍しく孤立派ではないそうで。それは国外留学をしたことのある母親の影響を受けたからなんですよね?」
「はい」
ユイトの質問に、彼はそう頷いていた。
「あなたにはヴラディウスさんの隠し子だという噂があります。これは父親が誰か分かっていないせいでしたね?」
「はい」
二度目の質問にもそう頷く。
「他にも、あなたが議員に選ばれたのは、公平感を出すためのパフォーマンスだという噂もありました。実際、中立派を自称しながら、国外に一度も出たことがないそうですね?」
「はい」
もう観念しているのだろうか。彼は否定しないどころか、言い訳すらしなかった。
だから、ユイトもこれ以上質問を引き延ばさなかった。
「ランス・バーニィバーンさん、あなたが犯人ですね?」
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