4-6 ヴァンパイアが生んだ密室

「ヴァンパイアが、国の外で人間との子供を身ごもって、国の中で生んだんですね?」


 半信半疑という様子でロレーナが尋ねてくる。


 しかし、周囲は半疑どころではなかった。まったく信じられないという風に、驚愕や混乱、憤怒の表情を浮かべる。


 そんな中――


「その通りだよ、ロレーナ君」


 ユイトは確信を持ってそう頷いていた。


「のちに殺人犯の母親となるヴァンパイアは、留学や仕事などでトランシール公国を出て、人間の国に渡って――やがて人間との間に子供を授かりました。


「公国に帰国した際に、母親は検問でチェックを受けることになります。もちろん母親はヴァンパイアですから、銀によるチェックでも、日光によるチェックでも異種族だと判定されることはありませんでした。


「一方、彼女の子供はダンピールなので、ヴァンパイアの弱点を受け継いでいません。本来であれば、チェックに引っかかってしまっていたことでしょう。しかし、まだ母親の胎内にいたために、検問官は子供をチェックしようにもできませんでした」


 銀の針も、日長石も、肌に接触させてヴァンパイアかどうか判定するものである。生まれる前の子供をチェックすることは不可能なのだ。


「いえ、もしかしたら、検問官は子供のチェックをしようとすら思わなかったのかもしれません。


「人間の国から妊娠した状態でヴァンパイアが帰ってきたとしたら、お腹の子供がダンピールである可能性は十分予想できるはずです。その場では無理だとしても、出産後にチェックをしようという話になっていたに違いありません。


「ですが、母親が帰国した時はまだ妊娠初期の段階で、お腹はほとんど大きくなっていなかった。そのせいで、検問官は母親が妊娠していることに気づくことができず、彼女と一緒にその子供も通過させてしまったんです」


 妊婦の腹が目立ち始めるのは、およそ妊娠四~五ヶ月頃からだとされている。これ以前の時期なら、見た目だけではまず分からないだろう。


「何故ヴァンパイアが人間の子供を身ごもったのかについては、僕には想像するしかありません。人間に凌辱されたのかもしれないし、自分から体を売ったのかもしれない……


「ただ妊娠に気づいた時に、子供がダンピールである可能性は十分想像できたはずです。生んだあとで確認することもできたはずです。しかし、母親はダンピールだと分かっていながら子供を生み育てた。

 この事実は、二つの解釈ができると思います。一つは、母親は最初から密室殺人をさせるためにダンピールを妊娠したというものです」


 ようやくダンピールが犯人という説を受け入れられてきたらしい。ここでロレーナは再び口を開いていた。


「……もう一つは?」


「もちろん、恋愛感情から人間と関係を持ったんだよ」


 ユイトの答えに、ロレーナはまたもや信じられないという顔に戻るのだった。


「子供に将来殺人をさせるつもりなら、国外で育児はできません。次は検問に引っかかってしまいますからね。


「また、単に我が子への愛情から育児をする場合でも、国外に出るのは難しかったはずです。国外ではヴァンパイアやダンピールに対する差別がありますし、ヴァンパイアの体質も合わさると就ける仕事がかなり限られてきますから。

 恋愛感情が存在していたなら、人間の夫を頼るという手もあったことでしょう。ただ迷惑を掛けられないと思ったのか、それともその時にはすでに亡くなっていたのかもしれません」


 いずれにしても、母親にとって国外に出るのはデメリットが大きかった、という点は変わらないだろう。


「そんなことを考えた末に、国内で育児をすることに決めた母親でしたが、子供がダンピールであることは周囲に隠さなければいけませんでした。密室トリックの要ですからね。また殺人計画抜きに、普通に育児をする場合であっても――」


「もしダンピールだと発覚すれば、おそらく国から追放されてしまう……」


「はい、そういうことです」


 孤立派が多数を占めている点から言って、ベルデの呟いた通りになった可能性が高いだろう。少なくとも、母親はそうなると判断したようだった。


「ただダンピールである我が子にヴァンパイアのふりをさせるのは、さほど難しいことではなかったと思います。再生力が高い、属性魔法も得意といった長所は受け継いでいますし、日光やニンニクといった弱点に関しては、他のヴァンパイアと同様に避けるようにすればいいだけのことですから。

 弱点を強制されるのは検問の時くらいですが、大抵のヴァンパイアは国外に出ないので、この点も問題になることはまずないでしょう」


 それに検問所や壁があるおかげで、国内にダンピールが紛れ込んでいるとは誰も思っていないのである。たとえ日光を浴びたのに日焼けしていないところを見られてしまったとしても、周囲は「日焼け止めを塗っているのだろう」「自分の見間違いだろう」と気に留めなかったのではないか。


「こうして表向きヴァンパイアとして育てられたダンピールは――とうとう殺人を実行できる年齢にまで成長しました」


 この説に思うところがあるのだろうか。今度も説明の途中でベルデが口を挟んでいた。


「母親との共犯にしても、子供だけの単独犯にしても、動機は一体何なのでしょうか?」


「ある程度は推測できますが……僕がいい加減なことを言うよりも、あとで本人から聞いた方がいいでしょう」


 最初に一度説明したが、そのためにこうして皆に集まってもらったのである。


「殺人の実行にあたって、犯人は今更小難しいトリックを弄する必要はありませんでした。ヴァンパイアではないがゆえに家に張られた結界の影響を受けない上に、ヴァンパイア以外を阻む検問はすでに突破した状態でしたからね。

 唯一問題になりそうなのは、国内にダンピールが紛れ込んでいる可能性に気づかれることですが、この点は時系列をミスリードすることで解決しました」


「何のことですか?」


 ランスは心底不思議そうな顔をする。


 一方、当事者のマイヤはすぐに言い当てていた。


「例の怪文書……ですね?」


「そうです。『検問を突破できた』というビラを、事件を起こす直前に撒くことで、あたかも最近になって侵入を果たしたように見せかけたんです」


 最初に話を聞いた時は、ヴァンパイアが異種族の犯行だとミスリードするために撒いたのかとユイトは疑った。しかし、実際には侵入の時期をミスリードするためのものだったのだ。


「事前の準備が済んだところで、犯人はいよいよ殺人を実行に移しました。

 相手が就寝している日中に家に忍び込んで、こっそりと水瓶に毒を混入する。その後、客の来ないような暮れ始めに、被害者は寝起きの一杯としてこの水を飲む。すると、家が密室の状態で死んだことになるので、被害者が自殺したかのように見せかけることができる。これが第一の事件です」


 実際にはコップ以外からも毒が検出されたことで、殺人の可能性も疑われた。だが、それもルースヴェインの犯行という誤った解決にしか繋がらなかった。


「第二の事件でも、犯人はまったく同じ手を使うつもりでした。けれど、実行する最中にアクシデントが起きてしまいます。ルースヴェインさんに犯行を目撃されてしまったのです。


「単に家の中にいただけなら、適当な口実をつけて誤魔化せたかもしれません。他の家族に入れてもらった、とかね。

 しかし、毒を混入するという決定的な瞬間を見られたのか、それともルースヴェインさんが真相を口走ったのか…… 犯人は口封じのために、持っていたナイフで彼を刺すしかありませんでした。


「とっさのこととはいえ、ナイフを持ち歩いていたあたり、最悪のケースとして想定していたのでしょう。犯人は見事に刺殺を成功させました」


 もしかしたら、怪文書の件と同様に、事前にナイフの練習もしていたのかもしれない。これは完全な想像に過ぎないが。


「もっとも、目撃者を殺すだけでは十分とは言えません。死因が刺殺であることを考えれば、家の中に入れた人物が犯人だというのは明らかですからね。そこで犯人は、真相を推理されないように、すぐさま次の行動に移りました」


「襲撃事件のことですな?」


「ええ、そうです」


 ジョシュアの言う通りだった。以前にも推理したが、襲撃をしたあとで、憲兵たちに追われながら殺人に及んだというのは考えにくい。殺人事件が先で、次に襲撃事件という順だろう。


 二人の会話を聞いて、今度はルドルフが質問してきた。


「襲撃犯の正体がヴァンパイアだったということは、母親との共犯だったってことですか?」


「その可能性もあるね。ただダンピールも、変身魔法でコウモリ状の翼を生やすことはできるから、三つの事件すべてがダンピール一人による犯行だったとも考えられるね」


 ダンピールはヴァンパイアの長所だけを受け継ぐ。そのことを思い出して、ルドルフは「ああ」と声を上げていた。


「共犯者がいると説明が少し複雑になるので、今はとりあえず単独犯説を採用して話を進めたいと思います。


「刺殺後、死体や現場の状況から、『このままではダンピールの犯行だと気づかれる』と犯人は考えました。『特に異世界人で融和派で、異種族に偏見を持っていない勇者には』と。実際のところ、僕は間抜けなことに今の今まで気づかなかったわけですが、少なくとも犯人は気づかれると考えて襲撃事件を起こしました。


「ロレーナ君が助けに入ったことで、この襲撃自体は結局失敗に終わります。しかし、これが思わぬ効果を上げました。翼があったことから、襲撃犯はヴァンパイアだと僕たちが誤認してしまったんです。


「その結果、『もしかして、殺人事件の犯人も同じヴァンパイアなのか』『いや、殺人事件と襲撃事件は無関係なんじゃないか』『まさか異種族とヴァンパイアが協力して、それぞれの事件を起こしたのか』……そんな風に捜査が――というか僕が迷走することになってしまったのでした」


 第一の殺人事件、第二の殺人事件、そして襲撃事件のすべてにこれで説明がついた。だから、ユイトは最後に一言だけ言うのだった。


「これが今回の事件の真相です」

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