4-5 異種族間の密室

 異種族は検問を突破可能なのか?


 その実験のために、ユイトは集まった人々に呼びかけていた。


「人間代表としてジョシュアさん、ウェアウルフ代表としてロレーナ君、異世界人代表として僕、それからヴァンパイア代表としてカルメラさん…… 皆さん、ご協力願えますか」


 反応はさまざまだったものの、協力を拒む者はいなかった。


「……まぁ、いいでしょう」


 訝しみつつも、ジョシュアは最後には了承する。


「分かりました」


 ロレーナは迷わずそう答えた。


「…………」


 カルメラは無言で頷いていた。


 ただし、実験をするのに、彼ら被験者だけではまだ不足である。ユイトは彼女にも声を掛けていた。


「検問官は本職のマイヤさんにお願いしたいと思います」


「普段通りの手順で行えばよろしいですか?」


「ええ、もちろんです」


 ユイトの返答を聞いて、マイヤはすぐに準備に取りかかる。


 言われた通り、彼女はいつもと同じ手順でチェックを始めた。銀製のものと金製のものをまとめた針の束を用意したのだ。


「では、まずヴァンパイアのカルメラさんからお願いします」


 ユイトが指示をすると、カルメラが進み出る。皆の前で、マイヤは彼女の腕に針を突き刺す。


 針を離すと、傷口は一部のものだけが瞬時に塞がり、それ以外からは血が流れ続けていた。銀がヴァンパイアの持つ高い再生力を抑えたからである。


 すなわち、カルメラがヴァンパイアだということが証明されたのだ。


 念のため、「この結果はどうですか?」とユイトが確認すると、「ヴァンパイアだと思われます」とマイヤは請け合った。


 次にユイトの腕に針が刺された。異世界人は特に銀にも金にも弱くないので、どの傷口からもしばらく血が流れ続け、またほとんど同じタイミングで流血が止まった。これを見て、「ヴァンパイアではありません」とマイヤは判断を下していた。


 ユイトの知るかぎり、異世界人とこの世界の人間の間に大きな差はない。そのため、三番手のジョシュアも同じような結果に終わる。


 最後にロレーナがチェックを受けたが――


「えっ」


 その結果に、ルドルフは目を丸くしていた。


 銀の針でついた傷だけ再生するのが遅れていたからである。


「でも、これはウェアウルフも銀が苦手だからですよね?」


 ランスは冷静に言った。ロレーナに紅茶やブドウジュースを出すのを避けたように、彼はウェアウルフの弱点をよく知っているのだ。


 しかし、ルドルフは憲兵で、ランスもあくまで議員である。ユイトは本職の意見を仰ぐことにする。


「どうですか、マイヤさん? この時点で、ロレーナ君がウェアウルフかどうか見抜けますか?」


「不可能だと思います。帽子で耳をお隠しになっているので」


 検問官という立場としては、異種族が入国できる可能性は否定したいはずだろう。だが、マイヤはあくまで論理的に考えて出た答えを口にしていた。


「頭を隠していて怪しいとは思いませんか?」


「ヴァンパイアなら日除けのために帽子をかぶることは珍しくありませんから、すぐにその発想には至ることはないかと」


「こんな夜中にもですか?」


「もしもの時のために、普段からかぶっているという人もいますからね」


「では、ロレーナ君を国内に通すと?」


「しかし、まだ日光によるチェックがあります」


 検問のシステムは完璧なものだとばかりに、マイヤはユイトにそう答える。


 彼女の言う通り、次は日光によるチェックが行われることになった。


 ヴァンパイアが日光を浴びると、日焼けや火傷を起こす。そのことを日光と同じ力を持つ日長石を使って確認するのである。


 今回も手本として、先にヴァンパイアのカルメラがチェックを受けた。


 腕に日長石が押し当てられる。すると、銀の針の時と同じように、今回は肌に赤い日焼けの跡が残るのだった。


 次は、ウェアウルフのロレーナの番になった。


 彼女の腕に石が触れると、その跡には――


 何の変化も残っていなかった。


「マイヤさん、誰を通しますか?」


「それはもちろん、ヴァンパイアと証明されたカルメラさんだけですが……」


 ユイトの質問に、マイヤは困惑気味だった。いや、彼女に限らず、集まった人々は皆同様の反応をしていた。


 ロレーナはウェアウルフだから、日長石の効果を受けなくて当然である。しかし、この実験は異種族にチェックを誤魔化す方法があることを証明するものではなかったのか。そう考えているのだろう。


 だが、ユイトの狙いはそこにはなかった。


「この推理はまだマイヤさんにはお話ししていなかったと思いますが、異種族が第二の事件で毒殺に失敗したので、実行犯の正体を誤魔化すためにヴァンパイアが僕を襲撃した――つまり、ヴァンパイアが異種族と協力して犯行に及んでいたという説があります。

 正しいかどうかは別として、今の推理を聞いた上で、もう一度カルメラさんを国内に通すかどうか考えてみていただけませんか?」


 そのための実験だったとは思ってもみなかったようだ。マイヤの表情が困惑から驚嘆へと変化する。


 けれど、彼女は検問のシステムを信頼しているらしい。チェックの続きを行うことによって、ユイトの説を否定しようとする。


「本来なら、検問所の中で掌紋の照合も行います。ただカルメラさんの顔は知っているので、本人だと確認できたと見なしてもいいでしょう。

 他にも検問所内では、異種族を隠している場合を想定して、荷物の検査も行いますが――失礼します」


 そう断って、マイヤはボディチェックを始めた。腕、脇、胸、腹、脚…… カルメラの体をあちこち触っていく。


 しかし、それらしいものは何も出てこなかった。


「やはり服だけですから、隠そうにも隠せないでしょう。仮にカルメラさんが協力したとしても、異種族を国内に侵入させることは不可能です」


 ボディチェックを済ませたマイヤはそう断言した。


「…………」


 チェックを受けたカルメラもそれを否定しない。


「皆さんも同じ意見ですか?」


 ユイトはそう全員に向かって尋ねる。しかし、やはり否定論は出なかった。中には、頷くなどはっきりと肯定を示す者までいたくらいだった。


「では、実験は成功ですね」


 そうユイトは宣言した。


 続いて、戸惑う一同にその証拠を見せる。


「カルメラさん、変なことを頼んでしまってすみません。もう結構ですよ」


 ユイトが皿を渡すと、彼女はそれを顔の前に持っていった。


 口の中から、小さな人形を吐き出していたのだ。


「この通り、検問官の目を欺いて、異種族を侵入させることができました」


 皿ごと人形を掲げて、ユイトは改めてそう宣言するのだった。


 何を言っているのか、まったく理解できなかったらしい。反論どころか質問をする者さえ出てこない。皆呆然としてしまっている。


 結局、実験に付き合ってくれたカルメラ本人が最初に口を開いていた。


「どういうことかよく分からないのですが……口の中に隠して持ち込んだとおっしゃるんですか?」


「カルメラさんがずっと黙っていたので、怪しんだ方もいるでしょう。検問官から何か質問をされる可能性だってあります。ですから、正確には口の中ではなく、体の中に隠していたんだと思います」


 検問官としての知識から、マイヤはこの説に反対のようだった。


「胃の中に隠していたということですか? そうやって麻薬などを密輸する方法は聞いたことがありますが、生物は胃液に耐えられないのでは?」


 また、ジョシュアも議員として、異種族に関する知識を使って反論してきた。


「そもそも胃に入らないのではないですかな? フェアリーですら、その人形よりもずっと大きいはずですが」


「僕の推理では、犯人はもっと小さかったんだと思います」


 ユイトは親指と人差し指を使って、2~3センチほどの大きさを示す。もしかしたら、これよりさらに小さかった可能性すらある。


「そんな種族は寡聞にして聞いたことがありませんが……」


 融和派で、各種族に精通しているからだろう。ベルデにはユイトの話が信じがたいようだった。


「仮にいたとしても、ヴァンパイアを刺殺するような力があるのでしょうか?」


 第二の事件を引き合いに出して、ランスは疑問を呈していた。


「人間を魔法で一時的に小さくしておいたっていうのはどうですか?」


「そんな特殊な魔法はないだろう」


 ルドルフの意見を、カルメラが小馬鹿にしたように一蹴する。


「強化魔法と属性魔法以外には、せいぜい変身魔法や予知魔法のような種族固有の魔法があるくらいで、これらに分類できない特殊な魔法を使える者はほぼ存在しない」というのがこの世界の常識である。口に出さないだけで、周りもカルメラと同じ考えのようだ。


 しかし、ユイトの反応は対照的なものだった。


「いえ、ルドルフ君の発想は正しいですよ。順序は逆ですけど」


「入る前は小さくて、入ってから大きくしたってことですか?」


「そうそう」


 今回もルドルフの意見にユイトは賛同していた。


「そんな魔法が実在するのですか?」


 カルメラは信じがたいという顔をする。あらかじめ実験の内容を聞いていた彼女でさえ、まだ真相が分かっていないのだ。


「孤立派には、いやこの世界の人たちには、やっぱり偏見や先入観があって難しいようですね。だからこそ、異世界人の僕がもっと早く解かなければいけなかったんですが……」


 第一の事件の時点で、すでに真相を推理できるだけの材料はあった。第二の事件が起こるのは止められたはずだったのである。


 結局、口では聞こえのいいことを言っていても、自分の中にも偏見があったということなのだろう。


「いいですか、皆さん。人を大きくするのに魔法なんて必要ないんですよ」


 誰からも答えが挙がらないのを見て、ユイトはさらにそう付け加えた。


「ああ、そういうことですか」


 ロレーナはとうとう真相にたどり着いたようだった。


「ヴァンパイアが国内に持ち込んだのはダンピール――ヴァンパイアと人間の子供ですね?」


 自分の考えが自分でも理解できない様子で、彼女はゆっくりと続ける。


「ヴァンパイアが、国の外で人間との子供を身ごもって、国の中で生んだんですね?」

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