4-4 同種族間の密室
「皆さん、急だったにもかかわらず、お集まりいただきありがとうございます」
ユイトはそう目の前の人々に声を掛けた。
月が高く登った、夜半のことである。トランシール公国の外――検問所の前には、ロレーナを始めとした関係者たちが集められていた。
「事件を解決するためですから」
ランスはそう即答した。こうして見ると、やはり裏のない好青年にしか見えない。
「まぁ、これも市民の義務ですな」
ジョシュアはどこか捨て鉢になっていた。仕事がまだ立て込んでいたのだろうか。
「それに、勇者様のお願いとあれば無下にはできません」
相手が救世の英雄だからか、それとも融和派の旗頭だからか。ベルデは魅入られたように答えていた。
「ええ、本当にそうですね」
同じく融和派のルドルフもそう同調する。ただし、これはベルデの意見だからというのが大きいだろう。
そうして皆が異口同音にユイトのやり方に賛同する中、マイヤだけは疑問を呈していた。
「犯人が分かっているなら、早急に逮捕するべきではありませんか? それとも何か我々を集める意味がおありなのでしょうか?」
「話を聞いてほしいからですよ。僕のではなく犯人の」
できれば事件関係者だけでなく、もっと多くの人にも知ってほしいくらいだった。それこそ、トランシール公国やバーナの街はもちろん、世界中の人々にも。
今回の事件はそういう話だったのだ。
「…………」
ユイトの判断をどう思っているのか。何も言わないので、カルメラの心情はいまいちよく分からない。
ただ皆の前で事件を解くことに、これ以上疑問や反対の声は上がらなかった。
だから、ユイトは自分の推理を語り始めるのだった。
「今回トランシール公国で起こったのは、ヴラディウス・ドラクリヤ毒殺事件、ルースヴェイン・ストロングモーン刺殺事件、そしてユイト・サトウ襲撃事件の三つです。
ただし、襲撃事件は単に僕が襲われただけのことです。これ自体は謎でもなんでもない。ですから、殺人事件の方から推理をしていきたいと思います」
皆の関心も大半はこの点にあったのだろう。聞き逃すまいと、ロレーナたちはいっそう熱心に耳を傾けてきた。
「では、二つの殺人事件の犯人は一体誰なのか。まずはざっくりとヴァンパイアか、それ以外の種族かに場合分けして考えてみましょう。
「ヴァンパイアが犯人の場合、検問を突破して国に侵入するのは簡単です。侵入も何も、もともと国の中に住んでいるわけですからね。
この場合、問題となるのは結界です。ヴァンパイアは招かれないと他人の家に上がることができません。にもかかわらず、どちらの事件も被害者が犯人を招いたとは考えにくい状況でした」
ヴラディウスは滅多に家に人を招くような性格ではなかった。ルースヴェインは他人が家に来たら不審がられる日中に殺されていた。
「しかし、だからといって、犯人が家の中で殺したように偽装したとも考えにくい。特に第二の事件は、現場の荒れ方から言って、家の中が殺害現場と見てまず間違いないはずです。
ですから、もし仮にヴァンパイアが犯人だったとするなら、実は結界を突破する方法が存在していたことになるでしょう」
『勇者様』の推理に口を挟むのを畏れ多いことだと思ったのか。ランスは遠慮がちに尋ねてくる。
「……そんなものが見つかったんですか?」
「これは他国の話になりますが、以前にもヴァンパイアが密室で殺された事件がありました」
そう前置きして、ユイトは具体的な説明を始める。「パーティのあとでヴァンパイアが刺殺された」という、馬車でロレーナに出したクイズのことである。
問題文を聞いて、ジョシュアはすぐに解答に入ろうとした。
「それは――」
「ジョシュアさんはご存じのようですね。他にもいらっしゃるでしょうか? 知っているという方はしばらくお待ちください」
そう呼びかけた通り、ユイトはそれぞれの表情を窺って、全員がクイズについて考え終えるのを待つのだった。
「ルドルフ君、解けたかな?」
「普通に考えたら、Dですよね?」
『帰り道で、Dは「忘れ物をした」と言って、Aの家に引き返した』
忘れ物だと言って、Aに家に上げてもらったところを殺したということだろう。しかし、憲兵の取り調べを受けても、Dは断固として犯行を認めなかったのだった。
「マイヤさんはどうですか?」
「Eが偽証しているとも考えられます」
『夕方になると、Eは再びAの家へ遊びに行った。しかし、すぐに憲兵のところに向かった。「Aが刺殺されている」と』
マイヤの意見も、Aに家に上げてもらって、その時に殺したというもののようだ。だが、死亡推定時刻はEが家を訪れるずっと前だったことが分かっていた。
「Aの自殺とも取れますね」
『さて、Aを殺したのは一体誰だったでしょう?』
ベルデはこの一文をひっかけだと考えたようだった。ただ、自殺する理由がなかったことを考えると、その線は考えづらい。
「…………」
カルメラは何も言わなかった。他の人たちと同じ意見なのか、それともすでに答えを知っているのか……
「ロレーナ君は?」
以前にも出したクイズである。その時に今回のような議論もしている。そのおかげか、ロレーナは正解にたどり着けたようだった。
「もしかして、犯人はBでしょうか?」
『パーティーの途中、Bは「用事を思い出したから帰る」と言った』
「問題文は、あくまで『帰ると言った』であって、『帰った』ではありません。ですから、Bは帰るふりをして、ずっと家の中にいたのでは?」
「その通り」
ユイトは大きく頷いていた。
「クイズなので言葉遊びのような解答になってしまいましたが、これは実際に殺人事件のトリックとして使われたものです。
「堅苦しくない集まりだった上、性格的なこともあって、AはいちいちB一人のために玄関まで見送りをするようなことはしませんでした。ただBに対して、『帰そう』と思っただけです。
家人が『帰そう』と思っても、その瞬間結界に家の外まで押し出されるようなことはありません。家から出たら再び結界が張り直されるだけ、つまり出たら入れなくなるだけです」
このことはランスの家で行った実験でも証明されていた。彼に別れの挨拶をされても、カルメラは家の中に留まれていたのだ。
「Bはそれをトリックに利用しました。帰るふりをして玄関まで行くと、靴を隠し持って、そのまま家の中に潜んだんです。
また、Bは帰るふりをする前に、Dから盗みを働いていました。これはもちろん、Dに忘れ物をしたと勘違いさせてAの家を再訪させ、殺人の罪をなすりつけるためです」
そして、頃合いを見計らって、Bは結界の中でAを刺殺したのである。
事件について知っていたからだろう。皆がユイトの話を理解するのに手いっぱいになっている中、ジョシュアはその先をすでに考えているようだった。
「今回も同じトリックが使われたとおっしゃるのですか?」
「いえ、違います」
ユイトはあっさりとそう否定した。
「勇者だからかもしれませんが、僕に対してルースヴェインさんとその奥さんは見送りをしてくれました。また、ヴラディウスさんはもう半年以上も、誰も家に招いていないようでした。帰ったふりをして家の中に潜み続けるのは困難でしょう」
貴族という点から言っても、二人には客をきちんと見送る習慣があったと考えるべきだろう。
「それなら今のお話には一体どういう意味があったのですかな?」
「クイズの事件では、犯人は一度招かれた家にずっと潜んでいただけでした。決して結界を突破したわけではありません。ですから、結界を突破する方法は存在しないのではないかと」
さまざまな可能性を検討してみたものの、ユイトはそう結論づけるしかなかった。
「ヴァンパイアは招かれないと他人の家に入れない」というのは一種の常識である。あれこれ理屈を
その代わりに、彼らは推理の続きについて尋ねてきた。
「つまり、異種族が犯人ということですか?」
「次はその可能性について考えてみましょう」
先を促すようなベルデの質問に、ユイトはそう答える。
異種族が国内に侵入する方法があると思いたくないのだろう。このやりとりに、カルメラ、マイヤ、そしてランスの三人がぴくりと反応していた。
「異種族が犯人の場合、家に侵入するのは簡単です。ヴァンパイアは戸締りを結界に頼っていて、玄関に鍵がない家がほとんどですから。
この場合、問題となるのは検問です。異種族が入ってこないように、検問官は銀や掌紋などを使って厳重なチェックをしています。また、彼らは周囲の監視も行っているので、壁を越えて侵入するのも難しいです。
ですから、異種族が犯人だとすると、二つの仮説が考えられるでしょう」
そう言うと、ユイトはまず一本指を立てた。
「一つは、国が特例として異種族の入国を認めた、というものです。要するに、僕かロレーナ君が犯人ということですね。
この仮説では、第一の事件はどうにもなりませんから、これについては僕の推理通りルースヴェインさんの犯行だったのでしょう。そして、その手口に似せて、どちらかが第二の事件を起こしたということになります」
これで容疑者が二人に絞られた。しかも、一人は『勇者様』だから、候補は実質一人だけ。そう考えたように、皆の視線がロレーナに集中する。
「しかし、ロレーナ君が犯人だとは考えにくいです。事件発生前、彼女は警護のために僕と同じ部屋で寝ることを申し出ていました。もし僕が断っていなければ、犯行のチャンスをみすみす失っていたことになってしまいます」
「このやりとりは、あなたも聞いていましたよね?」
「…………」
冤罪をかけられたことを批判するようにロレーナが確認を取る。だが、カルメラは何も答えない。謝罪や弁解どころか、事実を肯定することさえしなかった。
しかし、ロレーナが不満を向けたのはカルメラだけではなかった。「というか、結局私を信じる理屈があったんじゃないですか」と今度はユイトを責め始めていたのだ。
ロレーナが犯人候補からはずれたことで、皆の視線は残った一人であるユイトに向かうことになる。もっとも、誰も本気で疑ってはいないようだったが。
「では、僕が犯人なのか? その可能性については、少なくとも僕の視点からは否定できます。当然ですが、僕は僕が犯人ではないことを知っていますからね」
また、同じ理由で、「犯人候補からはずれるために、ユイトとロレーナで一芝居打った」という共犯説も否定できる。
「そうなると、どうやら残ったもう一つの仮説の方が正しいということになりそうです」
「もう一つとは?」
「実は異種族が国に侵入する方法が存在する、というものです」
ランスに答えながら、ユイトは二本目の指を立てていた。
ヴァンパイアが他人の家に入れないのと同じくらい、異種族がヴァンパイアの国に入れないというのも常識化していることである。だから、侵入する方法が存在するとは到底思えなかったのだろう。カルメラたち孤立派ばかりでなく、ベルデやルドルフら融和派まで驚愕や懐疑の表情を浮かべるのだった。
「侵入の方法は大まかに、検問を突破するか、壁を越えるかの二つが考えられます。ですが、すでに実験によって、後者は不可能だろうという結論が得られています」
ウェアウルフが壁を登ろうとしたり、ハーピーが壁を飛び越えようとしたりしても、監視に見つかるだろうことは実証済みだった。また思考実験に過ぎないが、ドワーフやマーメイドが壁の下をくぐるのも無理だという考えに達していた。
しかし、検問官のマイヤからすれば、侵入ルートにならないのは壁の上下に限った話ではないようだ。
「検問に不備があるとおっしゃるのですか?」
「皆さんに集まってもらった二つ目の理由がそれです」
ユイトは改めて関係者たちの顔を見回す。
人間、ヴァンパイア、ウェアウルフ、そして異世界人…… この場には、さまざまな種族が集まっていた。
「今から異種族が検問を突破できるかどうか実験してみたいと思います」
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