3-5 ルドルフの証言
「ルドルフ君、もしかして君はベルデさんのことが好きなんじゃないかな?」
ユイトの質問で我に返ったらしい。去っていくベルデの後ろ姿に見惚れていたルドルフは、今更になって表情を引き締めた。
「好きってそんな。どうしてそういう話になるんですか?」
「今の反応はどう見てもそうじゃないか。推理しなくたって分かるよ」
ルドルフは明らかに熱っぽくベルデの見送りをしていた。仕事だから、同じ融和派だから、というだけでは説明がつかないだろう。
また、殺人犯に気をつけるように注意したこと、事情聴取より警護を優先しようとしたことなど、過保護なまでに彼女を心配していた点も証拠だと言えそうだった。
「ルドルフ君って、ああいう見た目が好みなの?」
「違いますって」
「実年齢は高いから、確かに法的には問題ないけど」
「違うって言ってるじゃないですか!」
「この世界にヴァンパイアがいてよかったねぇ」
「僕は外見じゃなくて――」
そこまで言ったあとで、ようやく失言に気づいたらしい。ルドルフは口をつぐむ。
しかし、もう手遅れだった。
「やっぱり好きなんじゃないか」
『外見じゃなくて』に続く言葉は、『中身を好きになった』以外ありえないだろう。
そのせいで、ルドルフは別の誤魔化し方をするしかないようだった。
「……好きといっても、尊敬とか憧れとかそういう話ですよ」
「照れなくてもいいのに」
ああ言えばこう言って、どうしてでもユイトが恋愛感情を認めさせようとしてくるからだろう。ルドルフは周囲に助けを求めていた。
「勇者様ってこういう方だったんですか?」
「どうもそうだったみたいですね」
ロレーナは驚きと呆れを押し殺したような表情でそう答えるのだった。
◇◇◇
いつまでも立ちっぱなしというわけにもいかないし、御者や他の客に迷惑がかかるだろう。三人は馬車待機所から喫茶店へ話し合いの場所を変える。
しかし、話題は変わらないままだった。
「ベルデさんのことを好きになったきっかけは?」
「事情聴取のために来られたんですよね?」
「動機に関係する可能性があるからね」
ルドルフに言い返されると、ユイトはさも正論かのような顔でそう答えた。
「それに、君に協力できるかもしれないし」
「…………」
唇を固く結んで、ルドルフは黙り込んでしまう。
ユイトの態度にとうとう口を利くのも嫌になったのか。それとも、自分にメリットがあるかどうか計算しているのか……
「それできっかけは?」
「……最初は単に仕事でベルデさんと行動を共にしていただけでした。それどころか、ヴァンパイアには偏見があったので、厄介事を押しつけられたと思っていたくらいです。
実際、ヴァンパイアの警護にはいちいち手間がかかりますよ。料理にニンニクやタマネギが使われていないか確認したりとか、建物に入る時に家主に結界を解除してもらったりとかね。
「ある夏の日には、ベルデさんは日除けのために、いつもの帽子だけでなく大きな日傘まで持ってきていて。しかも、それをこっちに差し出してきたので、『僕に持てってことか』と思ってげんなりしました。
だけど、ベルデさんは『暑いでしょうから、あなたも一緒にどうですか?』とおっしゃってくれて……
「僕が義務感で仕方なくヴァンパイアに配慮していただけなのに対して、ベルデさんはごく自然に人間の僕のことを気遣ってくれたんです。それであの時日傘に入れてもらってからは、少しでも彼女の力になりたいと思うようになりました」
本来は対立のあるウェアウルフのロレーナにも、ベルデはハーブティーを出していたのだ。人間に相合傘を申し出たとしても不思議はない。むしろ、融和派の彼女らしい行動だと言えるだろう。
ユイトにとって意外だったのはルドルフの方だった。ヴァンパイアではないロレーナとも仲良くしようとしたり、孤立派の人間であるジョシュア議員に食ってかかったり、熱意ある若者という印象があったからである。
「それじゃあ、君は元々融和派として活動していたわけじゃないんだ?」
「全部ベルデさんの影響です。不純な動機で恥ずかしいですけど」
「そんなことはないと思うよ」
ご機嫌取りでも慰めでもない。ユイトの言葉は本心からのものだった。
「ウェアウルフとエルフは一般的には対立があると言われているけど、僕はお茶会をするような関係の二人を知ってる。他にも、仲のいいハーピーとラミアや結婚したドワーフとエルフも知ってる。
種族とか国とか言い出すからややこしいことになるだけで、個人同士の付き合いなら上手くやっていける人たちが大勢いるんだ。異種族の融和というのは、案外そういうところから始まるんじゃないかな」
「そういうものでしょうか」
ルドルフは照れたような安堵したような、納得したようなしていないような、そんな曖昧な相槌を打つ。
結局、ユイトの意見が本当に正しいかどうかは保留することにしたらしい。それよりも、彼には別のことの方が気がかりだったようだ。
「今の話、ベルデさんには絶対に言わないでくださいね」
「君がそう言うならそうするけど……」
気になったから話を聞き出しただけで、頼まれもしないのに首を突っ込むほど野暮ではないつもりだった。
ただいくらベルデが融和派だったとしても、異性を相手に相合傘を提案するというのはやや不自然だろう。ルドルフがまったく恋愛対象として見られていないか、あるいは多少なり好意を持たれているかのどちらかなのではないか。彼の恋が成就する可能性は十分にあるはずである。
にもかかわらず、ルドルフは自分の気持ちを伝える気はないという。
「本当にそれでいいの?」
「フラれて気まずくなったりしたせいで、彼女の活動に支障を来たしたら嫌なので」
「愛だねー」
ユイトがそう囃し立てる。ルドルフが「やめてくださいよ」と赤くなる。
そして、ロレーナが冷然とした顔つきをするのだった。
「しかし、ベルデ・クレーテの影響で融和派になったというなら、彼女の味方をして孤立派を殺す動機があるということですよね?」
「そんなことしませんよ!!」
ルドルフは思わずという風に立ち上がる。その顔は今度は怒りで赤くなっていた。
大声に店員や客の注目が集まって、ようやく少しは頭が冷えたらしい。椅子に座り直すと、動機がないことをきちんと説明し始める。
「ベルデさんは血生臭い改革なんて望んでないですし、ベルデさんに疑いがかかるだけですし」
「それは一大事だね」
ルドルフの主張に、ユイトはうんうんと頷く。
「勇者様、茶々を入れないでください」
「僕は真剣だよ」
ロレーナの苦情にはそう言い返していた。
ルドルフはベルデに恋愛感情を持っているのである。「彼女に迷惑をかけるようなことはしたくない」というのは立派な根拠になるだろう。
そう
「犯行時刻は何を?」
「家にいました。休日でしたから」
「それを証明できる人は?」
「いません」
ここバーナの街とトランシール公国の間の距離は、一日もあれば十分往復できる程度のものだった。馬車を雇うのではなく、自分で馬を走らせれば足もつかないだろう。ルドルフにも犯行は可能だったことになる。
「第一の事件の時もアリバイがありませんでしたよね」
「それはたまたまですよ。検問を突破する方法もないですし」
検問所のチェックの厳重さは、すでにマイヤとの実験で理解させられていたからだろう。ルドルフの反論に、ロレーナは引き下がるしかなかったようだ。
しかし、彼女は人間犯人説そのものまで捨て去ったわけではなかった。
「人間が犯人だとすると、ジョシュア・ハーヴィーも候補に挙がります。同じ議員として被害者の二人とは交流があったわけですから、方法はともかく動機はあったと思いませんか?」
「僕は憲兵ですから、詳しい関係までは……」
困ったようにルドルフはそう言いよどむ。ジョシュアを
ユイトたちは、生前のルースヴェインに事情聴取をしたことがある。だが、異種族に対して差別的な言動こそ見せていたものの、ジョシュア個人について特に何か語るようなことはしていなかった。
また、ジョシュア側も、ヴラディウスやルースヴェインに関して語ったことはなかったはずである。
ただバーナの街で顔を合わせた時に、ジョシュアがヴァンパイア全般について話したことならあった。
『このように、ヴァンパイアと人間は反目してきた歴史があります。ですから、ヴァンパイアの孤立は、お互いのためなんですよ』
まだ孤立政策が取られていなかった古い時代には、人間とヴァンパイアは衝突を繰り返し、戦争にまで発展することも珍しくなかった。その歴史的経緯を踏まえて、実利的な面からジョシュアは孤立派を選んだようだ。
だから、ヴァンパイアに対する差別意識はそれほど強くないのではないだろうか。少なくとも、それを表立って見せるような真似はしていなかったはずである。
ロレーナもその点を指摘していた。
「ジョシュア・ハーヴィーは孤立派といっても消極派という印象を受けましたが」
「確かにそうですね。警護の仕事が上手く行っているか気にしてくださったりしますし」
「積極派の被害者たちとは対立することもあったのでは?」
「それは……」
ジョシュアのことをまったく怪しんでいないわけではなかったのだろう。ルドルフは否定しようにも否定しきれないという様子だった。
そして最後には、とうとう彼を疑うようなことまで口にし始めるのだった。
「……会談はいつも検問所の中で行われると聞いています。だから、顔馴染みの検問官と何か取引をして、ジョシュアさんは検問を突破したのかもしれません」
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