3-4 人間の街へ

「ウェアウルフはトリカブトも弱点なんです」


 自身の種族に関して、ロレーナはユイトに説明を行っていた。


「他の種族もトリカブトが毒になるそうですが、ウェアウルフは特に弱くて」


「別名を『狼殺しウルフズベイン』と言うくらいだからね」


「また、そのせいかトリカブトは狼への変身を抑える薬にもなります。ですから、変身後に凶暴化してしまう者が服用することがあるんです。勇者様はご存じかもしれませんが」


 確かに、「変身して牢屋を破られないように、囚人に薬を飲ませることがある」という話はユイトも聞いたことがあった。


「でも、それがどうかしたの?」


「ウェアウルフとヴァンパイアには、ニンニクや銀が苦手という共通点がありますよね? それなら、ヴァンパイアにもトリカブトは有効なのではないでしょうか?」


「薬でヴァンパイアの性質も抑えられるんじゃないかってことだね」


 そして、犯人は結界に対する弱さを克服して、今回の事件を起こした……


「ただウェアウルフとの対立で、ヴァンパイアもトリカブトを扱ってきたはずだからね。それなのに特に知られていないってことは、効果がないってことじゃないかな」


「これもダメですか」


 ユイトの反論を聞いて、ロレーナはそう表情をこわばらせる。


 検問所での実験によって、彼女の唱える人間犯人説の可能性はほとんど否定されてしまった。それでヴァンパイアが犯人となるような新しい説を考えたようだが、無理矢理ひねり出した感は否めなかった。


「アイディアとしては面白かったと思うよ。声を失う代わりに脚を生やす薬がマーメイドに伝わっているみたいに、実はヴァンパイアにもそういう薬があるのかもしれない。でも、犯人が偶然それを発見したっていうのはちょっとね」


 絶対にありえないとまでは言えないが、あまりに現実味がなさ過ぎるだろう。わざわざ調査に着手するほどの説だとは思えない。


「うーん……」


 悩んでいるらしい。ロレーナは唸るような声を漏らす。


 一方で、ユイトは窓の外の光景に目を向けた。


 外が少しずつ明るくなっていたのは、今が早朝だからというだけではない。鬱蒼と茂っていた木々が徐々に減っていき、森は疎林へと姿を変えつつあったからである。


 二人は馬車に乗って、バーナの街へ――人間の街へ向かうところだった。


 トランシール公国へ向かう時とは逆方向に流れる景色を見る内に、ユイトは往路での会話を思い出していた。


「頭の体操にまたクイズでもどう?」


「クイズですか」


 ロレーナは気乗りしなさそうだった。本当に効果があるのか怪しんでいるのかもしれない。


「僕が遭遇した事件なんだけど」


「……気分転換も必要かもしれませんね」


 彼女は諦めをつけたようにそう言った。内容に反して、口調はそわそわとしていて嬉しそうだったが。


「ウェアウルフのAが、友人のBの家に招かれてお茶会をした。しかし、その最中、Aだけが体調不良を起こして倒れてしまった。

 お茶は二人とも同じティーポットから注いだし、砂糖も同じシュガーポットから取った。ティーカップも、Aが手伝いで自分からテーブルに並べたので、Bには毒を塗るようなタイミングはなかった。

 一体、BはどうやってAだけに毒を飲ませたんだろうか?」


 ひとまず思いついた仮説を列挙するところから、ロレーナは推理を始めた。


「Bはあらかじめ解毒剤を飲んでいたのでは?」


「違うね」


「Aが自分で毒を飲んで、Bの犯行に見せかけた?」


「それも違う」


 どちらも解答としては成立しているので、間違いだとは言えない。ただ、この事件の真相としてはふさわしいものだとも言えなかった。


 これ以上仮説を思いつかなかったようで、ロレーナは発言内容を質問に切り替えていた。


「倒れた原因は本当に飲み物でしたか?」


「そうだね。Aだけが毒入りクッキーを食べていたとか、そういうことはないよ」


「飲んだものを交換しても、倒れたのはAでしたか?」


「そうだったろうね」


 この事件でAとBが飲んだのは、間違いなく同じ飲み物だった。


 ただ飲む側が同じではなかったのである。


「Aには持病がありましたか?」


「いや、健康そのものだったね」


「Bは特異体質でしたか?」


「Bの種族の特徴通りだったよ」


 持って回ったようなユイトの言い方で、ロレーナも勘づいたらしかった。


「……もしかして、ウェアウルフのAと友人のBという言い方はひっかけですか?」


「そうそう。その通り」


 ロレーナは被害者のAと同じくウェアウルフなのである。そこまで分かれば、答えまでは一直線のようだった。


「Aだけがウェアウルフで、Bは人間か、ドワーフか、エルフか……とにかく異種族だったんです。それで、ウェアウルフにだけ効くニンニクの毒をティーポットに仕込んだんです」


「ほぼ正解かな。厳密に言えば、Bの正体はエルフで、普段使ってるものが偶然ウェアウルフには毒だったってだけなんだけど」


 しかし、問題文からここまで正確な解答をするのは不可能だろう。正解ということにして、ユイトは解説を始める。


「砂糖というと普通はサトウキビやテンサイを原料にしたものだ。ただエルフの集落の中には、カバノキという木から砂糖の代用品を作っているところもあってね」


「それがウェアウルフには毒だと」


「こっちの世界じゃあ、ほとんど使われてないから知られていないみたいだけどね。僕のいた世界では犬に与えないように注意されていたよ」


「異世界ではよく使われるものなんですか?」


「うん、キシリトールっていうんだけど」


 犬が大量に摂取すると、低血糖症や肝機能障害が引き起こされる。その結果、嘔吐や下痢、運動失調などの症状が現れ、最悪の場合は死に至ることもあるという。同様のことが、ウェアウルフのAにも起こってしまったのだろう。


 ただロレーナには、キシリトールの毒性よりも気になることがあるようだった。


「しかし、ウェアウルフとエルフが友達ですか……」


「君たちはエルフとも微妙な関係だったね」


「肉食と菜食ですからね」


 伝統的なウェアウルフの食生活はイヌイット(エスキモー)に似ていて、ビタミンの豊富な生の肉や内臓を食べる習慣がある。さらには肉食動物と同じように、体内で一部のビタミンを合成することもできる。そのため、野菜の位置づけは果物のような嗜好品に近かった。


 一方、ほとんどのエルフは、ヴィーガンやベジタリアンのような菜食中心の生活を送っている。これは彼らが自然を深く愛しており、特に意識のある動物を殺すことや畜産によって環境を破壊することに強い忌避感を覚えるためである。


 また、同じ理由から、エルフは肉食中心のウェアウルフに対して、嫌悪感を持っていることが多いのだった。


「だから、仲良くお茶会をしたなんて、ちょっと考えられないですね」


「今、考えたじゃないか」


「それはクイズだからですよ」


 ロレーナはすげなくそう返してくるのだった。


 そうやって二人で話し込んでいる間にも、馬車は順調に道を進んでいった。太陽は空高く昇っていき、あたりの木々は数を減らしていく。


 そして、とうとうバーナの街が見えてきたのだった。


 馬車待機所に到着すると、二人は座席から降りる。


 すると、そこには見知った顔があった。往路で案内をしてくれた憲兵の彼である。


「やあ、ルドルフ君」


「勇者様! ……ですか」


 ルドルフはまずひどく驚き、次に冷静さを取り戻して、最後には礼儀正しく振舞おうとする。


 だが、すぐに顔をほころばせていた。


「もしかして、事件が解決したんですか?」


「逆だよ。また事件が起こってしまってね」


 ユイトは第二の殺人について説明を始める。


 ルースヴェインが殺害されたこと。家の中に侵入した形跡が残っていたこと。人間が犯人の疑いがあること……


「だから、人間側の話を聞きたいと思って戻ってきたんだ。もちろん、君からもね」


「それは構いませんが……」


 ルドルフの返答はどうにも歯切れが悪かった。


 殺人犯として疑われているからというだけではないだろう。彼は会った時からどこか様子がおかしかった。ユイトだけでなく、ロレーナもそう訝しむ。


「そのために待っていてくださったのではないんですか? 私はてっきりカルメラ・カーンスタインからすでに連絡を受けているものかと思ったんですが」


「いえ、僕は――」


 ルドルフが事情を口にしかけた、その瞬間のことだった。


 待機所にもう一台馬車が到着したのだった。


「ごきげんよう」


「ベルデさん! お疲れ様です!!」


 ロレーナへの返答を差し置いて、ルドルフは先にベルデに挨拶を返していた。


「ベルデさんも街に用が?」


「ええ、仕事の関係で」


 ユイトの質問に、帽子の下から返事が返ってきた。


 人間と仕事をするのなら、日中に活動することは避けられない。そのため、今日のベルデは、日除けにつば広のキャペリンハットをかぶっていたのだ。


 二人がそんな会話をしているところに、ルドルフが割り込んでくる。


「また事件が起きたそうですね。大丈夫でしたか?」


「家族がいるおかげで、たとえ犯人でも逃亡の恐れはないと判断してもらえたようです」


「そういうことではなくて」


「結界の問題があるので、本気で犯人だとは疑われていないと思いますよ」


「そういうことでもないです」


 じれったそうにそう言うと、ルドルフはもっと直接的に尋ねた。


「犯人に襲われたりしていませんか?」


「おそらく孤立派を狙った犯行ですから、私に危害が及ぶことはないでしょう」


「そうかもしれませんが……戸締りには気をつけてくださいね」


「分かっていますよ」


 ベルデは笑みをこぼしていた。ルドルフが心配してくれることが嬉しく、また心配し過ぎなくらいなことが微笑ましかったのだろう。


「ベルデさんの出迎えに来ていたんですね」


「ヴァンパイアの弱点を知らない人も多いですから」


 すでに納得済みのロレーナに対して、ルドルフは今更そう答えた。


 彼は往路で「憲兵の仕事として、要人警護を任されている」という話をしていた。今回もその一環として、馬車待機所に控えていたようだ。


「そういうわけですから、事情聴取はベルデさんを送ってからでもいいですか?」


 こうして捜査をしている間にも、第三、第四の事件が起こってしまう恐れがある。ベルデの警護よりも事件の解決の方が緊急性が高いのだから、事情聴取が優先されるべきだろう。


 そうルドルフに異議を唱えたのは、他ならぬベルデ本人だった。


「私なら一人でも大丈夫ですよ」


「しかしですね」


「そんなに心配なさらなくても、もう何度も来ていますから」


 たしなめるようにそう言ったあと、ベルデはいたずらっぽく微笑みかける。


「それに、こう見えても、あなたよりお姉さんですからね」


「は、はぁ……」


 いい年をして子供扱いされるだけでも恥ずかしいことである。その上、相手が十三、四歳の子供にしか見えないなら尚更だろう。ルドルフは赤くなっていた。


 ベルデが待機所を去ってからも、それは変わらなかった。しばらくの間、赤い顔で彼女の後ろ姿をぼんやりと眺めていたのである。


 その様子を見て、ユイトはほとんど確信していた。


「ルドルフ君、もしかして君はベルデさんのことが好きなんじゃないかな?」

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