3-3 異種族間の密室

 事情聴取を終えて、三人はランスの家をあとにする。


 孤立派のランスなら、融和派のユイトを襲撃する動機があるのではないか。ロレーナはその考えに固執しているようだった。


「そういえば、襲撃事件について、あれから捜査に何か進展はあったんですか?」


「特に有力な情報はないな」


 カルメラによれば、犯人には未だに逃げられたままの上に、犯人に繋がりそうな証拠品も特に見つけられていないという。


 部屋にルースヴェイン刺殺事件を伝えに来た時、カルメラは襲撃事件については何の報告もしていなかった。それはそもそも報告するほどのことがなかったからだったようだ。


「ヴァンパイアなら誰にでもできるから、襲撃事件の犯人を探すのは難しいかもしれないね」


 ユイトがそう言ったのには、カルメラら憲兵たちをフォローする意味合いもある。ただ、襲撃事件は単にヴァンパイアが襲撃に来たというだけで、何のトリックも使われていないため、推理しようがないというのも事実だった。


「もしかしたら、殺人事件とは本当に無関係なのかもしれないし」


 この説は、元々はロレーナが最初に唱え出したたものである。賛同を得られたことが嬉しいようで、彼女はうんうんと何度も頷く。


 対照的に、カルメラは渋い表情を浮かべていた。


「殺人犯の方は人間ということですか……」


「別々の犯人がやったにしては、タイミングが良すぎますかね?」


「それもありますが……そもそも人間が検問を突破できるとは思えません」


 相手が『勇者様』だから抑えているだけで、カルメラは不快感を滲ませていた。


 以前にロレーナが指摘していたように、孤立派の彼女からすれば、国内に人間が侵入している可能性など考えたくないのだろう。


 言い換えれば、孤立派が身贔屓で目を曇らせてしまっているだけで、検問には何か抜け穴があるのかもしれない。


「そういうことなら、次は検問の検証をしてみたいですね」


「分かりました。検問官に連絡しておきます」


 ユイトの言葉に、カルメラはすぐにそう応じた。


 検問所といえば、ここトランシール公国から他国へと――異種族の国へと繋がる唯一の出入り口である。そのため、ロレーナは他にも検証したいことがあるようだった。


「人間側の事情聴取はどうしますか?」


「それも必要だったね。ついでに街まで戻ろうか」


 二人のやりとりを聞いて、カルメラは今度もすぐに、「では、馬車の手配をしておきましょう」と応じるのだった。


 カルメラは今回の事件で指揮を取っているという。現場から離れて、人間の国に行くわけにはいかないのかもしれない。


 ただ自分たちが聴取したことを、帰ってからカルメラに伝えるのでは二度手間である。それに自分たちの発想にない質問を、彼女なら思いつくこともあるだろう。そう考えて、ユイトは尋ねる。


「カルメラさんも一緒に来られますか?」


「結構です」


 提案は一顧だにもされずに拒絶されてしまった。


「勇者様を信頼しておりますから」


 半分は本心だが、もう半分は嘘だろう。


 孤立派のカルメラは、人間が自国に入ってくることを拒んでいるだけでなく、自分が人間の国に行くことも拒否しているのだ。



          ◇◇◇



 ほどなくして、ユイトとロレーナは検問所に到着した。


 まるで国を囲う高い壁と一体化しているかのようだった。壁に空いた穴を埋めるような形で建物が建てられていたのだ。


「それでは、検問の手順について説明させていただきます」


 入国する際、荷物の検査を受ける関係で、彼女とはすでに簡単な挨拶を交わしていた。そのため、検問官マイヤ・ゼレイスはすぐに本題に入った。


 レンズの厚い眼鏡。濃い隈の残る目。ほっそりと痩せこけた頬のライン…… 四百歳近く(≒人間の四十近く)と若くもないようだが、老けているというよりは疲れているという印象を受ける。


「入国を希望するヴァンパイアが現れた場合、検問所の前にてまず検査を行います」


 どうやらこれには、「たとえ検問所だろうと、国内に人間を入れたくない」という孤立派の意向が影響しているらしい。そのため、マイヤに事前に案内されて、ユイトたちはすでに検問所の前――国の外に出ていたのだった。


「使用するのは、この3×3本の針の束です。針は金製と銀製のものが混じっています」


 その針の束を、マイヤは部下の腕に押し当てる。


 すると針をどけた時に、一部の傷からは血が流れ続けていたのに対して、一部の傷は早くも塞がっていたのだった。


「ヴァンパイアなら、金の針の部分だけすぐに再生するわけですか」


「その通りです」


 ロレーナの言葉に、マイヤは首肯する。それどころか、今度は自分の体で実演してみせた。


 ヴァンパイアは失った指が生えてくるほどの高い再生力を誇る。だが、その再生力には、銀によって弱められてしまうという欠点もあるのだ。


「しかし、強化魔法が得意な人間なら、金で傷ついた部分だけ再生力を高めれば、ヴァンパイアのふりができるのでは?」


「それは不可能です。針の位置をその都度並べ替えているので」


「全部偶然当たる確率は、2分の1の9乗だから……」


「512分の1です」


 百分率で言えば、0.2%以下である。よほどの幸運に恵まれないと、一発で当てることはできないだろう。


 また、注射とは違って、マイヤは背中側に腕を伸ばすように命じて、相手から見えないように針を刺していた。針の並べ方を覗き見るような真似もできなかったのだ。


 もっとも、「銀でつけられた傷は再生力が落ちる」という特徴は、ウェアウルフにも共通のものである。その際のことは、ロレーナも知悉しているようだった。


「痛みの違いで、ある程度は推測できるのではありませんか?」


「針のような小さな傷ではさすがに難しいかと」


 マイヤの意見には、ユイトも同感だった。


「それに密集する傷の中で、金でついた傷だけを治すというのはあまり現実的じゃないだろうね。魔力の細かいコントロールは難しいから」


 ウェアウルフの再生力は、概してヴァンパイアには劣るものの人間よりは優れている。一部の細かい傷だけ治すのは自身にも難しいせいか、ロレーナもようやく納得した様子だった。


「また念のため、銀以外に、日光によるチェックも実施しています」


 そう言うと、マイヤは次に石を持ち出してきた。


 あたかも太陽のように、赤く輝く宝石だった。


「この石は日長石にっちょうせきといって、太陽に似た魔術的な力を持ちます。そのため、ヴァンパイアが触れると、日光にさらされた時のように日焼けを起こしてしまうのです」


 針の時と同じように、マイヤは部下の腕に日長石を押し当てる。


 その結果、石をどけた時に、今度は痛々しげな赤い日焼け跡が残されることになったのだった。


「銀と日光の両方に弱い種族はヴァンパイアだけ、ということですか……」


 試すように、ロレーナも日長石に触れてみる。しかし、ウェアウルフの彼女の肉体には、何の効果もないのだった。


「犯人が属性魔法を使ったというのはどうですか? 火魔法で自分の肌をうっすらとだけ焼いたんです」


「医学的にも同じものだと言われるくらいだから、確かに日焼けと軽度の火傷は見分けがつかないかもしれないけど…… でも、石が触れた部分だけを、検問官に気づかれないように、日長石と同じくらいの加減で焼く、っていうのはどうなのかな。そこまで上手く属性魔法を使いこなせる人は珍しいと思うよ」


 ユイトは今回も反論する側に回っていた。先程も指摘したが、魔力の細かいコントロールは難しいのだ。


「それに日光だけじゃなくて、銀のチェックも通過しないといけないからね。そうなると、犯人は強化魔法と属性魔法の両方に、天才的な才能を持っていたってことになってしまう」


 一口に魔法と言っても、系統が異なれば求められる才能や技術も変わってくる。強化魔法の得意なロレーナが属性魔法を苦手としているように、ある系統の魔法の天才だからといって別の魔法も天才的ということにはならない。


 たとえるなら、「強化魔法が大得意で、属性魔法の才能もある」というのは、「バロンドールを受賞できるくらいサッカーがうまくて、グラミー賞を取れるくらい歌も上手」というレベルの話なのである。


 もちろん、そういう人間が存在する可能性はゼロではない。それほどの人間が何故自分たちや世間に名前を知られていないのかという疑問は湧くが、それだってあえて能力を隠しているだけという可能性がないとは言い切れないだろう。


 しかし、そのごくわずなか可能性すらもマイヤは否定する。


「他にも問題はあります。トランシール公国には、国内の者しか出入りすることができません」


 彼女に「こちらへ」と先導されて、二人は検問所の中へと入る。


 マイヤが示したのは二枚の書類だった。


「出国の際と帰国の際に、それぞれ掌紋を取らせていただきます。そして掌紋の照合をして、本人かどうか確認を取るのです」


 書類はその例だった。黒いインクで取った、手の平の跡が紙に写っている。


 掌紋は指紋と同様に、終生不変かつ万人不同――つまり一生変わることがなく、また他の者と同じになることもない。だから、二つの掌紋を比べれば、同一人物かどうかを判定することができるのだ。


 その上、マイヤはさらに「そもそも出入りが少ないので、ある程度なら出国者の顔を覚えておけます」とまで続けた。


 だが、この話にロレーナはかえって疑問を覚えたようだった。トランシール公国だけが、ヴァンパイアの国というわけではないからである。


「他国のヴァンパイアが入国を求めてくるということはないんですか?」


「ヴァンパイアの国では、どこも同じような検問の制度を敷いており、互いの国の行き来に関しても共通のルールを設けています。

 もし外交や転居などで他国への入国を望む場合は、母国で渡航許可証を発行してもらい、それを他国の検問官に提示しなくてはいけません」


 マイヤは再び実例を示した。


 渡航許可証にはそれ専用の書類を使用するようだった。中央には氏名や生年月日といった個人情報を記入する欄があり、ふちには偽造防止のための複雑な模様が描かれている。


 また、許可証を入れる封筒の蝋封にも専用の印璽を使うようで、こちらもやはり複雑な模様のものが採用されていた。


「ほとんど使用されないものですし、数年単位で別のデザインに変えています。偽造するのは困難かと」


「…………」


 ロレーナはとうとう反論できなくなってしまったようだった。しかし、それも無理もないことだろう。


 外では銀や日光でチェックをして、最低でもヴァンパイアしか検問所に入れないようにしている。その上、検問所の中では、掌紋や許可証を使って、どこの国のヴァンパイアなのか身元の確認まで行っている。検問の体制は非常に厳重なものなのだ。


 マイヤから説明を受けて、ユイトも改めてそのことを痛感するのだった。


「カルメラさんが人間側の事情聴取をしないのは、単に孤立派だからというだけじゃなくて、人間には検問を突破できないという確信があるからなんだろうね」

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