3-2 ロレーナの推理・人間犯人説

「人間が……」


 カルメラは呆然と繰り返す。


 ロレーナの「犯人はヴァンパイアではなく人間である」という説が、それほどまでに受け入れがたかったのだろう。


「正確に言えば、ヴァンパイア以外の種族ですね。異種族には家の結界が効きませんから」


 だから、結界を無視して家に侵入し、ヴラディウスやルースヴェインを殺すことができた。理屈としてはこの上なく単純である。


「ただヴァンパイアと交流を持っている異種族がほぼ人間だけと考えると、やはり人間が犯人の可能性が最も高いでしょう」


 ロレーナの説明を聞く内に、カルメラは我に返ったようだった。いや、怒りを覚えたようだった。ようやく口を開いたかと思うと、真っ先に人間犯人説の最大の問題点を指摘する。


「検問はどうやって突破したというんだ?」


「それはこれから考えればいいことです」


 ロレーナはぬけぬけとそう答えた。


 もっとも、最初に大まかな方針を立てておかないと、捜査や推理をする方向性を見失ってしまう。その場合、あれもこれもと無意味なことまで調べる羽目になって、いつまで経っても真相にたどり着けなくなるだろう。そういう意味では、ロレーナの意見もあながち否定できるものではない。


 だが、カルメラはそもそも人間犯人説を方針とすること自体に反対のようだった。


「襲撃犯の特徴は、ヴァンパイアのものだったろう?」


「殺人犯と襲撃犯が同一人物とは限らないでしょう」


「犯行時刻が近いのは何故だ?」


「偶然一致しただけのことです」


「口封じが動機でないなら、どうして勇者様を狙った?」


「ひねくれ者が嫉妬心や被害妄想をこじらせでもしたんじゃないですか」


「さすがに無理があるだろう」


 理屈の胡乱な説を聞かされたことに、苛立ちを覚えているのだろうか。カルメラはそう切り捨てる。


 しかし、彼女が苛立っている理由を、ロレーナは別の解釈をしていた。


「あなたはただ人間が国内に入ってきていると思いたくないだけでは?」


「なんだと?」


 カルメラは自身が孤立派であると宣言したことがあった。人間の憲兵ルドルフの無知を笑ったこともあった。人間に検問を突破されたと思いたくない感情があっても何も不思議ではない。


 そのせいで、カルメラが声を荒げても、ロレーナはまったく譲らない。それどころか、相手のことを睨み返していた。これまでの諍いもあって、一触即発という雰囲気である。


 このままでは捜査どころではないだろう。ユイトは仲裁に入ることにする。


「ロレーナ君、僕もカルメラさんの疑問はもっともなものだと思うよ。最初から偶然の一致で片付けるのはまずいんじゃないかな」


 確かに、カルメラが人間犯人説を否定する根底には、異種族に対する差別意識があるのかもしれない。だが、反論の内容そのものは的を射たものだろう。


 人間が殺人を行ったと主張するなら、ヴァンパイアには殺人が不可能だったことを、ヴァンパイアが殺人事件とは無関係に襲撃を行ったと主張するなら、具体的に誰の犯行だったのかを、それぞれ証明する必要があるのではないか。


「だから、まずはヴァンパイア側の証言を聞いてみよう」



          ◇◇◇



 夕方になるのを待って、関係者への事情聴取が行われた。


「その時間は家で寝ておりました。両親しか証言する者はおりませんが」


 ベルデは質問に対してそう答える。


 彼女とユイトたちを挟むテーブルには、ベルベーヌティーが並んでいた。今回もロレーナに配慮して、ハーブティーを用意してくれたのだ。


 だが、それが気に食わないらしい。カルメラは一口も口をつけずに質問を続けていた。


「殺されているのは二人とも孤立派の中心人物です。融和派のあなたには動機があるように思われますが」


「しかし、方法がありませんね」


「被害者に頼んで家に上げてもらって、その時にこっそりと水瓶に毒を混入した。だが、ルースヴェイン氏の時は混入するのを見られたので刺殺に切り替えた……というのは?」


「その場合、ヴラディウスさんの件があったにもかかわらず、ルースヴェインさんは私を家に上げてくれたということになりますね。その上、毒を混入しに行くような隙まで作ってくれたわけですか」


 生前はベルデ犯人説を唱えるほどだったルースヴェインの行動にしては、あまりにも警戒心がなさ過ぎて不自然だろう。一応、犯人の証拠を掴むためにわざと家に上げたとも考えられるが、そのわりには相手にあっさり刺殺されてしまっていてやはり違和感がある。


 人間犯人説を支持しているからか、融和派のベルデに味方したい気持ちからか、それとも純粋な正義感からか。ロレーナも反論する側に回っていた。


「ルースヴェイン・ストロングモーンは、ウェアウルフの私にも一応飲み物を出したくらいです。いくら対立しているとはいえ、客として来たなら建前上はもてなしをする性格なのでしょう。

 しかし、今回はそれらしい痕跡が家の中に残っていませんでした。犯人が証拠を隠滅した可能性もありますが、殺害のあとで慌てて逃げたことを考えるとそれは疑わしいでしょう」


 犯人と被害者が争う物音を聞いて、家族たちは起き出してきたという。そのせいで、犯人は台所の毒の小壜こびんさえ放置して逃げたほどだった。応接室に寄って証拠隠滅をするような時間的余裕があったとは確かに思えない。


「そもそも、仮にこの方法で毒を仕込めたとしても、確実にルースヴェイン・ストロングモーンが飲むという保証はありません。他の家族が先に飲んで死亡することもありえるでしょう。

 その場合、家を訪問したベルデさんが犯人だと、ルースヴェインにすぐに気づかれてしまいます。そんな運任せな方法で殺人に及ぶとはとても思えませんね」


 ロレーナの援護を受けて、ベルデもさらに反論を重ねる。


「かといって、『玄関先でルースヴェインさんを脅して、私を家に上げるように命令した。台所まで行くと、今度は毒を飲むように命じたが、反抗されたので刺殺した』というのも苦しいでしょうね。小柄で特別魔法が得意なわけでもない私が、彼を脅すというのは難しかったでしょうから」


 人間の年齢でいえば、ルースヴェインは五十前後、ベルデは十代前半である。体格はもちろんのこと、魔法の習熟度でも、ルースヴェインの方が上だった可能性が高いだろう。


「それとも結界を破って家に上がる方法がおありですか?」


「…………」


 そんなものがあれば、第一の事件が起きた時点で挙げていただろう。ベルデの追及に、案の定カルメラは黙り込んでしまった。


 ロレーナとカルメラは、ウェアウルフとヴァンパイアという異種族同士である。また、ベルデとカルメラは、同じヴァンパイアでも融和派と孤立派という政敵同士である。このような二軸の対立があるせいで、どうも空気が剣呑な方へと向かってしまっているようだ。


 反目し合う三人を見かねて、ユイトは話題を変えることにする。


「ベルデさんは第一の事件では、自殺を他殺にも見えるようにランスさんが工作したとお考えでしたが、今回はいかがですか?」


「……思いつかないですね。家族の犯行は否定されているようですし」


 ストロングモーン家の家族関係は良好で、夫人や息子たちが殺人に及ぶような動機がないこと。わざわざ家の中で殺して、自分たちが疑われる状況を作る理由がないこと。この二点はベルデにもすでに伝えてあったのである。


 すると、彼女に助言するように、ロレーナは自説を披露した。


「殺人犯と襲撃犯は別にいて、殺人犯は人間だと私は睨んでいるんですが」


「なるほど。それなら確かに結界は突破できますね。障害が検問にすり替わっただけという気もしますが……」


 殺人犯は人間で、襲撃犯はヴァンパイア。二人がそう話すのを聞いて、孤立派のカルメラは意気を取り戻したようだった。


「犯人が別々に存在するのだとしたら、襲撃犯の方はあなたの可能性もありますね?」


「それはもっとありえませんね」


「何故ですか?」


「勇者様ほど異種族の融和に尽力されている方はいませんから」


 融和派のベルデは迷いなくそう断言するのだった。



          ◇◇◇



「また同じもので申し訳ないですが」


 そう謝りながら、ランスはテーブルに飲み物を並べる。


 彼の言う通り、今日も用意されたのはトマトジュースだった。前回同様、ウェアウルフに配慮してくれたのだ。


 もっとも、ロレーナの表情は前回と違って険しいものだったが。


「――というのが事件の概要です」


「そうですか……」


 カルメラの説明を聞いて、ランスはそうとだけ呟く。ルースヴェインの死に思うところがあるようで、その顔つきは暗くこわばっていた。


 しかし、故人を悼むような時間も与えず、ロレーナはすぐに聴取を始めるのだった。


「犯行時刻には何をしていましたか?」


「家で寝ていました。証明してくれる人はいませんが」


「ご家族の方は?」


「母はすでに死んでいますし、結婚はまだですから」


「父親は?」


「……いません」


 答えづらいことだったのだろうか。他の質問と比べて、最後の時にだけランスの回答は明らかに遅れていた。


 ロレーナはそれを見逃さない。


「孤立派のヴラディウス・ドラクリヤが父親だという噂があるそうですが?」


「分かりません。父親については母から何も聞かされていなかったので」


 ヴラディウスと顔立ちを比較しようとでもいうのか、ロレーナはランスの顔を凝視する。あるいは、単に彼の言葉を疑って睨みつけているのかもしれない。


 相手を疑うのもいいが、あまり不躾なことを言って反感を買えば、聞き出せるものも聞き出せなくなってしまうだろう。ロレーナがまた何か言い出す前に、ユイトは口を挟むことにする。


「ランスさんは、第一の事件の時は自殺説を唱えておられましたけど、今回についてはどう思いますか?」


「他殺に間違いなさそうですが、ヴァンパイアには不可能な犯行ですよね……」


「人間が犯人ではないかという説も出ているんですが」


「そうなりますか……」


 ランスは言葉少なにそう答える。そして、それきり黙り込んでしまった。


 あたかも「人間が検問を突破した」という仮説に対して、何か深く思い悩むようなことがあるかのようだった。


 その態度を見て、ロレーナは彼への詰問を再開していた。


「孤立派としては困りますか?」


「僕は中立派ですよ。ヴラディウスさんが父親というのは、ただの噂で――」


「国外に出たことがないそうじゃないですか」


「それは……」


 ランスはそう言いよどんでしまう。まるで痛いところを突かれたかのような反応だった。


「あくまでも孤立派の方たちを刺激しないためです」


「そういう言い訳をしているとも聞きましたが」


 ロレーナの口撃に、ランスはずっと狼狽えてばかりだった。


 しかし、この言葉を聞いて吹っ切れたらしい。これまでとは表情を一変させていた。


「もしそうだとしたら、同じ孤立派を殺す動機はないということですよね?」


 ランスは居直ったような、ふてくされたような表情をするようになったのだ。


「ヴラディウスさんお一人だけなら、個人的な恨みで殺したのかもしれません。でも、これで二人目です。

 いえ、もしかしたらルースヴェインさんだけでなく、そのご家族まで亡くなっていた可能性だってあったんです。孤立派がそんなことをする理由がないでしょう。違いますか?」


「そういうことになるだろうな」


 主張に正当性があるだけでなく、自分と同じ派閥だということがはっきりしたからだろう。ランスの肩を持つように、カルメラはすぐに同意をする。


 だが、ロレーナも簡単には引き下がらなかった。


「殺人事件は確かにその通りかもしれません。ですが、襲撃事件の方はどうですか? あなたからしたら、融和派の勇者様は目障りだったのでは?」


「そんなことは――」


 激昂したようにランスは一瞬声を荒げる。


「……そんなことはありません。勇者様は融和派である以上に勇者様です。魔王を討伐して、世界に平和をもたらしてくださった方なんですよ。そんな方を殺すわけがない」


 興奮を抑え込んで、ランスはあくまで理屈立てて説明しようとする。


 しかし、ロレーナの険しい目つきは何も変わらない。彼の話をもう言葉通りには受け取れないようだった。

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