第三章 異種族間の密室

3-1 第二の事件

 ユイトとロレーナはひどく困惑していた。


「家の外でヴラディウスを睡眠薬で眠らせて、時間が来たら毒を飲ませて殺害。家人が死んで結界が消えたら、家に死体を運び込んで、コップに毒を塗って自殺に偽装した」というのがユイトの推理だった。


 しかし、本人以外にも家人(家族)がいるルースヴェインが殺害されたことによって、この推理は成り立たなくなってしまった。


「『外で殺してから家の中に運び込む』というトリックが不可能な理由は他にもあります」


 困惑する二人に追い討ちをかけるように、カルメラはさらに告げてくる。


「ヴラディウス氏と違って、ルースヴェイン氏は刺殺されていたからです」


 毒殺と違って、刺殺の場合は流血が起こる。別の場所で殺したあとで死体を移動させたのでは、現場に血痕が残らないため、簡単に偽装工作がバレてしまうだろう。


「それはつまり……」


「犯人は現場に確実に踏み込んでいる、ということだね」


 言葉を失うロレーナに代わって、ユイトが話の続きを引き取った。


 しかし、ロレーナはすぐに冷静さを取り戻すと、カルメラに詳しい事情を尋ねた。


「死亡推定時刻は?」


「午後二時頃、つまり勇者様が襲撃を受けた前後だ」


「随分はっきり分かっているんですね」


「犯人と被害者が争う音を聞いて、家族たちは目を覚ましたようでな。すぐに我々に報せにきたんだ」


 殺人事件と襲撃事件がほぼ同時刻に起きているのである。この二つには何かしら繋がりがあると考えた方が自然だろう。ユイトはそう判断した。


「仮に同一犯によるものだとすると、ルースヴェインさんを殺したあとで僕を襲いに来たか、僕を襲ったあとでルースヴェインさんを殺しに行ったか、ということですか」


「ただ後者は考えにくいかと。憲兵の追跡から逃げながら殺人を犯すというのは、あまりにリスクが高いですから」


「それはそうでしょうね」


 カルメラの意見を、ユイトはあっさりと受け入れる。見落としがないように、一応可能性として挙げただけだったからである。


 ロレーナは再びカルメラに質問をした。


「刺殺というのは具体的には?」


「ナイフで心臓を一突きだ。銀製のものだったこともあって、ほぼ即死だったようだな」


 ヴァンパイアは高い再生力を持つが、銀にはそれを弱める効果がある。これで外傷では死ににくいヴァンパイアが刺殺された理由に説明がついた。


 しかし、そのせいでロレーナの疑問はかえって増えたようだった。


「弱点なのに手に入るものなんですか?」


「ヴァンパイアの国でも銀自体は流通しているよ。たとえば憲兵が犯人鎮圧用に使ったりするからね」


 ユイトがそう言うと、カルメラは実例として自身の腰の剣を示した。


「反対に、犯罪組織も銀製の武器を所持していることがある。だから、金さえ積めば手に入れられないことはないだろう」


 カルメラはまたそう補足も加えた。


 ウェアウルフにとっても銀は弱点で、国内では同じような扱いをされている。そのため、ロレーナもすぐに納得がいったようだった。


「そういえば、襲撃犯も銀製のナイフを持っていましたね」


「ただ簡単に入手できるものじゃないからな。その点でも、やはり同一犯の可能性が高いだろう」


 カルメラは改めてそう繰り返していた。


「被害者が最後に目撃されたのはいつですか?」


「朝、夫人と一緒に寝室に行ったところまでは確認されている。おそらく、その後目を覚まして、台所で犯人と遭遇したのだろう」


 二人の質疑応答に、ユイトは思わず口を挟む。


「台所?」


 その単語だけは聞き流すことができなかった。


 第一の殺人事件で、ヴラディウスは台所の水瓶に毒を混入されて殺されていたからである。


「今回も台所の水瓶にニンニク類の毒が混入されていました。毒を入れていたと思われる小壜こびんも見つかっています。犯人は本来毒殺するつもりだったのでしょう」


 結界を突破して犯行に及んだ点からそうではないかと疑っていた。だが、毒殺という手口まで同じならほぼ確定と見ていいだろう。


 ヴラディウス殺害事件とルースヴェイン殺害事件の犯人は同一人物だったのだ。


「ところが、ヴラディウスさんの時と違って、家に侵入しているところをルースヴェインさんに見つかってしまった。それで、犯人はとっさに持っていた銀のナイフで刺し殺した……」


「その後は、現場から逃走し、勇者様を襲撃するために署へと向かったのだと思われます」


 ユイトの推測に続くように、カルメラはそう語った。


 ヴラディウス毒殺事件、ルースヴェイン刺殺事件、ユイト襲撃事件の三つの事件は、すべて同一犯による犯行。そう考えるのが、最も自然な筋書のようだ。


 この結論を聞いて、ロレーナは確認するように尋ねる。


「勇者様を襲撃したのは、やはり真相を暴かれることを恐れたからですか?」


「そういうことになるだろうな」


「ということは、現場に何か証拠が残っているのでしょうか?」


 カルメラによれば、今回は毒の小壜が現場から発見されたとのことだった。おそらく被害者と争った物音で家族が起きてくるのを恐れて、小壜の回収もせずに慌てて現場から逃走したのだろう。犯人には証拠を隠滅するような余裕がなかったのだ。


 だから、現場をよく調べれば、他にもまだ何か証拠が見つかるかもしれない。


「行ってみようか」


 ユイトはそう提案するのだった。



          ◇◇◇



 夫であるルースヴェインの死をこらえるように、夫人は「どうぞお上がりください」と気丈な態度で一行を屋敷に招いた。


 彼女に台所まで案内してもらうと、ユイトたちはすぐにでも現場検証を始める。


 死ぬ直前にもがいたのだろう。床には血が擦れた跡が残っていた。


 また、壁には剣で斬りつけたような傷がついていた。これは風魔法で犯人に対抗しようとして失敗したものに違いない。


 そして、死亡したルースヴェインの顔には、犯人に対する驚愕とも憎悪ともつかない表情が浮かんでいるのだった。


『どうかヴラディウス殿の仇を取っていただけるようお願いします』


 生前の彼の言葉が、ユイトの脳裏に蘇る。結局、自分は約束を果たすどころか、彼を第二の犠牲者にしてしまっただけだった。


「……一応、家の中で殺したように偽装した可能性も考えたけど、ここが殺害現場で間違いなさそうだね」


 血痕、壁の傷、今際の際の表情…… いずれも自然な痕跡で、偽装工作によるものとは到底思えない。この台所で殺害が行われたと見なしていいのではないか。


 カルメラも家の外で殺したという説には否定的なようだった。


「仮に家の外で被害者を殺したとしても、家族がいる以上、結界は残ったままですからね。結局、死体を運び込む時に、犯人は何らかの方法で結界を突破したことになります」


 家族の許可がなければ屋敷の中には入れない。だからといって、家族の許可をもらって中に入れば、その家族には誰が犯人か一目瞭然だろう。


 それなら、犯人はそもそも内部にいたのではないだろうか。ロレーナはそう考えたようだった。


「家族の誰かが殺したという可能性はないんですか?」


「犯人と争う音で、全員が起きてきたそうだからな」


 犯人は返り血を処理しなくてはいけなかったはずだし、ユイトの襲撃にも向かわなくてはいけなかったはずである。カルメラの言う通り、一家がお互いの姿を確認していたのなら、とてもそんなことをする時間的余裕はなかっただろう。


「犯人をかばっているだけで、家族全員で口裏を合わせているんじゃないですか?」


「家族なら家の中にいても何もおかしくないんだ。台所にいるのを見られたからといって、すぐにルースヴェイン氏を刺殺しようするとは考えにくい」


 今回もカルメラの言う通りだろう。現場の状況が、毒殺から刺殺に切り替えたことを示している以上、第三者の犯行の可能性が高い。


「ちょうど毒を混入するところを目撃されたのでは?」


「結界は突破できないというのがヴァンパイアの常識だからね。自分たちのいる家の中で殺したりしたら、疑われるリスクが上がるだけだよ。そんなことをするくらいなら、人目につかない道端で殺す方がよっぽどいいだろうね」


 食い下がるロレーナに、ユイトは横からそう指摘していた。


 同じ理由から、犯人と家族が共犯で、『家族に家に上げてもらって、犯人が殺人を実行した』という説も否定できるだろう。


「感情任せに家の中で殺してしまったとか、家族なら家の中で殺すはずがないという思い込みを逆手に取ろうとしたとか、そういう可能性もなくはないけど……」


 ユイトがそうも付け加えたせいだろうか。ロレーナは家族犯人説を捨てきれないようだった。カルメラに対して改めて尋ねる。


「ええと、家族構成は奥さんと……」


「子供が二人。どちらも男だ」


「被害者と家族との関係はどうでしたか?」


「良好だったようだな。三人とも氏の酒好きだけは周囲に愚痴をこぼしていたみたいだが」


「政治的には? やはり全員孤立派ですか?」


「ああ、そうだ。次男は国外に渡航した経験がないし、夫人はさらに議員の婦人会にも参加している。長男は留学経験があるが、将来的には議員を継ぐ予定だったようだ」


 私生活で特に確執はなく、政治思想でも対立していない。


 つまり、家族にはルースヴェインを殺す動機がなかった、ということになるだろう。


「となると、やっぱり家族の犯行とは思えないね。孤立派を自殺に見せかけて毒殺することが犯人の一番の目的で、最悪ルースヴェインさん本人でなくても家族の誰かを殺せればいいと考えたんじゃないかな。上手くいけば、一家心中に見せかけて家族全員を殺せたかもしれないしね」


「融和派の犯行ということですか?」


「最初の事件で殺されたのも、孤立派のヴラディウスさんだからね。そう考えるのが自然だと思うよ」


 ロレーナの質問に答える形で、ユイトはそう結論付ける。


 だが、カルメラはこの説にすぐに疑問を挟んできた。


「しかし、そうだとすると、犯人はどうやって結界を突破して家の中に侵入したのでしょうか?」


「結局、それが問題なんですよね……」


 第二の事件が起こるまで、ずっと家の中に入らずに被害者を殺す方法を考えてきた。それはヴァンパイアには結界を突破する方法がないとされていたからである。けれど、その前提の部分から疑わなくてはいけなかったようだ。


 どうすれば、ヴァンパイアが結界を突破できるのか。ユイトとカルメラは頭を悩ませる。


 その一方で、ロレーナはまったく別の発想に至ったようだった。


「犯人はヴァンパイアではなく、人間だったのでは?」

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