2-3 ロレーナの推理・遠隔操作説

「ただ水瓶に毒を仕込む方法ならあるかもしれません」


 ロレーナはそう推測を述べた。


「どうやって?」


 カルメラは露骨に否定的な態度を取る。ウェアウルフへの対抗意識もあるが、自分たちがすでに十分検討したという自負もあるようだった。


「土魔法で石を落としてノブを回し、同時に風魔法でドアを開きます」


「そのあとは?」


「氷魔法で凍らせた毒を、風魔法で水瓶まで運ぶんです」


 道中で、ユイトはエルフの絞殺事件について話していた。玄関のドアを斬って作った隙間から、風魔法で鍵を運んで家の中のテーブルに置いた、というのがトリックの骨子だった。


 また講演では、ヴァンパイアの特徴について話していた。エルフほどではないだけで、ヴァンパイアも属性魔法が得意なのである。


 おそらくだが、自分が語ったこの二つの話を参考にして、ロレーナは推理をしてくれたのだろう。しかし――


「それは多分……」


「無理だな」


 ユイトが返事を躊躇っていると、横からカルメラが断言した。


「どうしてですか?」


「実験してみれば分かる」


 現場とは間取りは違うものの、やることはそう変わらない。そのため、引き続きランスの家で実験をすることになった。


 カルメラは右腕を構える。すると、手の平から石が現れ、ドアに向かって飛んでいった。


 ドアノブの上まで来たところで、今度は石を下に落とす。その衝撃を受けたことで、レバーハンドル式のノブが回った。


 それを見て、カルメラは今度は左手から風を飛ばす。


 こうしてノブが回り、ドアが内側へと押されたことによって、ヴァンパイアが触れないはずのドアは触ることなく開かれたのだった。


「やはり可能なのでは?」


「これくらいならな」


 期待を寄せるロレーナに対して、カルメラはあくまでそう譲らなかった。


 風魔法でドアを押し続けていたのでは、体内の魔力が持たないし、このあとの作業に集中できない。そこで石を噛ませて、開け放したままの状態にすることにした。


 風魔法が手で扇いで風を起こすようなものだとしたら、土魔法は手で石を投げるようなものである。一度飛ばした石をあとで回収するようなことは基本的にはできない。そのため、証拠を残さないように、回収用の紐を結んだ石を普通に手で投げて、ドアストッパーの代わりにしたのだった。


「次は水瓶だな」


 毒なしのただの氷を用意すると、カルメラはそれを風魔法で浮かせた。


 ランスには水瓶の代わりとして、台所のテーブルの上に皿を出してもらっていた。その皿に向けてカルメラは氷を飛ばす。


 台所の前までは簡単にたどり着くことができた。事件当時の現場がそうだったように、ドアを半開きにしてもらっていたので、台所の中に入れるのもスムーズにいった。


 しかし、皿の中に入れるのは上手くいかなかった。


「失敗です」


 台所からランスがそう報告する。


「ダメですね」


 二度目も報告の内容は変わらなかった。


 ヴラディウスの屋敷も同様だが、間取りの関係上、玄関から台所の中を覗けない構造になっている。そのせいで、見えない皿に向かって、氷を飛ばさなくてはいけなかったのだ。


「もっと奥です」


「今度は行き過ぎです」


「また行き過ぎです」


 見かねたように、ランスが助言をし始める。だが、これを参考にしても、実験は失敗が続くばかりだった。


 十回、二十回と何度も回数をこなせば、いずれは成功することもあるかもしれない。しかし、その場合、台所に毒の氷がいくつも散らばることになって、被害者に犯行に気づかれてしまうだろう。


 にもかかわらず、ロレーナの疑いの目は、自説には向けられていなかった。


「本当に本気でやっていますか?」


「何?」


「私への嫌がらせでわざと失敗していませんか?」


「貴様だけならまだしも、勇者様がいるのだぞ」


 カルメラは憎々しげにそう反論した。……本当に反論になっているのかは微妙なところだが。


 二人の言い合いを見かねたように、台所からランスが顔を出す。


「あの、なんでしたら僕が代わりましょうか?」


 ロレーナもカルメラも、彼の提案に納得したらしい。犯人役を交代して、改めて実験が行われることになる。


 しかし、ランスがやれば公平かといえば、それには疑問の余地が残るだろう。ここは彼の家なのである。第三者がやるのと違って、間取りや家具の配置を細かく記憶しているに違いなかった。


 もっとも、そんなユイトの心配は無用のものだったようだ。


「失敗です」


 代わりに台所に立った憲兵はそう報告してきたのだった。


「今度は何だ? 彼が犯人だから手を抜いているとでも言うのか?」


 自身の方が正しいことが証明されたからだろう。カルメラは煽るようにロレーナに尋ねていた。


「もっと属性魔法が得意な人ならどうですか?」


「おそらくだけど、無理だと思うよ」


 ユイトはやんわりとそう否定した。


「エルフの絞殺事件の時に、ドアの同じ場所を二度斬ろうとして失敗したって話をしたよね? 細かいコントロールはエルフでも難しいんだよ」


 ウェアウルフは強化魔法の方が得意な種族だから、属性魔法に関してはあまり詳しくないのだろう。だが、ロレーナが考えているほど便利なものではないのだ。


「氷を飛ばすだけだから威力は弱くていいとはいえ、見えない水瓶まで運んでいくには非常に高い精度を求められる。これは言ってみれば、目をつぶった状態から、コーナーキックで直接ゴールを決めるようなものだ」


「コーナーキックというのは?」


「なんでもないよ。ただの異世界ジョーク」


 この世界にもサッカーに似たスポーツはあるが、サッカーそのものはなかった。そして、その似たスポーツも、ウェアウルフの間では特に広まっていなかったのだ。


「見えない水瓶まで氷を飛ばすのは、目隠しをしたまま離れた的に投石を当てるようなものなんだ。強化魔法の得意なウェアウルフでも難しいんじゃないかな」


「練習すればできると思いますが」


「練習するには、まず家の間取りや水瓶の位置を正確に把握しないといけない。被害者が他人を家に上げたがらなかったことを考えると、あまり現実的じゃないね」


 また、仮に家に上げてもらったとしても、邸内の寸法を測ったり、台所に出入りしたりすれば、ヴラディウスに不審がられたことだろう。


 だが、ユイトにそう諭されても、ロレーナはなお食い下がった。


「最初は玄関から中を覗きながら、氷を台所まで運びます。そのあと氷を浮かせた状態のまま、本人が家の周りを移動して、今度は台所の窓から中を覗きます。これなら水瓶に毒を入れられるんじゃないでしょうか」


「台所のカーテンは閉まっていたからそれはない」


「元々は開いていたんですよ。毒を仕込んだあと、偽装工作のために風魔法で閉めたんです」


「今、勇者様が属性魔法のコントロールは難しいと説明してくださったばかりだろう」


 カルメラの反論には一応再反論ができる。被害者が死亡して結界が解除されたあとで、家に侵入してカーテンを閉めた可能性があるからである。


 しかし、ロレーナの説は別の理由から否定できた。


「そもそも現場で水瓶のふたが開いていたのは、被害者が水を飲んだ直後だからじゃないかな。普段はほこりが入らないように蓋を閉めていたと思うよ」


 あまりにも根本的過ぎる問題点だが、それゆえに見逃してしまっていたらしい。ユイトの指摘に、ロレーナははっとした顔をする。


「だらしない人のようだったから、絶対にないとは言わないけどね」


「さすがにありえないでしょう」


 そう小馬鹿にするように言って、カルメラはユイトのフォローを台無しにする。そのせいで、ロレーナは羞恥心よりも敵愾心を覚えたらしく、彼女のことを睨みつけるのだった。


 また二人が言い争いを始めそうなので、ユイトは話題を変えることにする。


「次は関係者から話を聞いてみようか」


 家の外から遠隔操作で毒を盛ったという説が成立しない以上、別の方法を考えるべきだろう。関係者の証言で情報が増えれば、他の説を思いつくかもしれないし、遠隔操作説の復活もありえるかもしれない。


「誰から聴取をしますか?」


「僕たちでやりますから、カルメラさんはご自身の捜査活動に戻っていただいて大丈夫ですよ」


 ユイトの返答を聞いた瞬間、カルメラは眉根を寄せていた。


「お二人だけで、ですか?」


「ロレーナ君のことなら、僕が見張っておきますから」


「勇者様がそうおっしゃるのでしたら……」


 カルメラはそう引き下がると、視線をユイトからロレーナへと移す。その目つきは尊敬や信頼から一転して、嫌悪と侮辱に変わっていた。


「私がいないからといって、妙な真似をしようと思うなよ」


「ヴァンパイアを襲うのなら、まずあなたから襲いますよ」


「そうやって揉めるから僕は言ったんですよ」


 挑発するカルメラと、それに乗るロレーナの両者を、ユイトはそう注意した。「揉めるようなら帰る」と言ったのを、二人とももう忘れてしまったのだろうか。


 しかし、特に反省したそぶりも見せないまま、ロレーナはすぐに尋ねてきた。


「どなたに話を聞きますか?」


「それは――」


 事情聴取をしたい相手は、実験に協力するためにちょうどこの場に居合わせていた。


 だから、ユイトは彼に直接声を掛ける。


「ランスさん、お願いできますか」


 第一発見者が犯人というケースは決して珍しくない。というよりも、むしろ非常によくあるケースだった。

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