2-2 同種族間の密室

「僕はランス・バーニィバーン。職業は議員です」


 中性的な整った顔立ち。長身だが華奢な体型。そして、色素の薄い髪と肌…… 真昼の月を思わせるような、儚げな美青年だった。


 だが、その容姿に反して、彼の態度は落ち着き払ったものだった。第一発見者として憲兵に呼び出されたにもかかわらず、声色や視線に戸惑ったところはない。ヴァンパイアだから見た目以上に実年齢が高いせいか、それとも議員という職業についているせいだろうか。


「こんな形ではありますが、勇者様にお会いできて光栄です」


「いえ、こちらこそ」


 そう答えて、ユイトはランスと握手を交わす。体つきと同じく、長いが細い指をしていた。


 ランスは次に、もう一人の協力者に目を向けた。


「あなたがウェアウルフの?」


「憲兵のロレーナ・タルバートです」


「そうですか……」


 狼風の耳のことが気になるのだろう。ランスはじっとロレーナの帽子を見つめる。


 けれど、その視線は嫌悪感から来たものではなさそうだった。


「どうぞよろしくお願いします」


 ウェアウルフのロレーナに対しても、ランスは自分から手を差し出していたのである。


 しかし、そんな彼に対して、ロレーナはすぐには握手に応じようとしなかった。


 ランスも所詮カルメラと同じヴァンパイアだから――というわけではないらしい。


「……お怪我をされているようですが、握手されて大丈夫なんですか?」


「全然大したことじゃないですよ。この前、日中なのにうっかり窓から手を出してしまいまして」


 ランスは恥ずかしそうに右手の包帯を解く。日光が弱点のヴァンパイアらしく、春だというのに肌が日焼けで赤くなっていた。


 敵意があるわけでもなければ、重傷を負っているわけでもないと分かったからだろう。ロレーナは今度こそランスと握手を交わす。


 もっとも、挨拶が済み次第、彼女はすぐに事情聴取を始めていたが。


「早速ですが、死体を発見した経緯を教えていただけますか?」


「その日は夕方から議会が開かれることになっていたのですが、ヴラディウスさんの到着が遅れていて。重鎮であるあの方を抜きに進めるというわけにもいきませんから、僕が迎えに行くことになったんです」


 証言が始まって間もないのに、ロレーナは早くも質問を挟んでいた。


「それはよくあることなんですか?」


「あの方は酒豪で、朝遅くまで飲むことも珍しくありませんでしたから。前日も議員の方の一人と店で飲んでいらしたようですし」


「そうではなくて、あなたが呼びに行くのはよくあることなんですか?」


「僕はまだ二百歳にもならない若造ですから」


 ランスはさらりとそう答える。一方、ヴァンパイアとの感覚の違いに、ロレーナは面食らったようだった。


「そうして屋敷に迎えに行ったんですが、ドアベルを鳴らしても声を掛けても、まったく返事がなくて…… まさかと思ってドアノブに手をかけたら、中に入れてしまったんです」


 本来なら、ヴァンパイアが他人の家に上がろうとすれば結界に阻まれるはずである。このルールが適用されないケースはたった二つしかない。


「結界が解除されるのは、家人が相手を招待した時か、家人が死んだ時だけです。だから、僕は家に上がると、すぐにヴラディウスさんを探しました。

 最初は居間で、確か次は寝室を。そのあとはどんな順番か忘れましたが、台所に行ったらヴラディウスさんが倒れているのが見つかって……」


 ここでまた、ロレーナが質問を挟んだ。


「少し気になったんですが、普通の鍵はかけないものなんですか?」


「国内にはヴァンパイアしかいませんから」


「だから、そもそも鍵自体ない家も多いよ」


 無断で家に侵入しようとする者がいても、それがヴァンパイアなら結界が発動することになる。鍵がなくても、代わりに結界がその役割を果たしてくれるのだ。ランスとユイトがそう説明すると、「ああ、なるほど」とロレーナも納得したようだった。


 この二人の話に、カルメラはさらに補足を付け加えた。


「特にヴラディウス氏は孤立派の中心人物だったからな。鍵をつけなかったのは、『異種族どもは絶対に国内に入れない』という意思表示でもあったのだろう」


「…………」


 故人――それも捜査協力中の事件の被害者からすら差別を受けたせいだろう。ロレーナは今度は何も答えなかった。


 代わりに、彼女はランスへの質問を続けていた。


「結界がない時点で、家人であるヴラディウス・ドラクリヤが死んでいることは予想できたわけですよね? その時点で現場を保存して、憲兵を呼ぼうとは考えなかったんですか?」


「病気か何かで起き上がれないので、助けを呼ぶために僕を家に上がれるようにした可能性もあるかと思いまして」


 ヴラディウスの死を予想して、パニックを起こしたわけではないらしい。むしろ、冷静な判断に基づいて行動していたくらいのようだ。


 そのせいか、ロレーナの疑問の対象も、ランスの行動から別のものへと移っていた。「家に上がれるようにした……」と彼の言葉を復唱する。


「結界については、実際に実験をしてルールを確認してみようか」


 ロレーナが結界を気にしだしたのを見て取って、ユイトはそう提案した。


 屋敷の中を見回しながら、カルメラに尋ねる。


「今、家の所有者は?」


「誰のものでもありません。相続する人間がいませんから」


 てっきり憲兵隊か国の管理下にあると思ったのだが違ったようだ。家人がいないのなら、この屋敷では実験はできないだろう。


「そういうことでしたら、僕の家を使いますか?」


 誰かに頼まれるでもなしに、ランスは進んでそう申し出るのだった。



          ◇◇◇



 ランスの家は、ヴラディウスの屋敷に似て瀟洒なものだった。屋敷と比べると建坪は小さいが、それがかえって品の良さを醸し出している。


 また、一般的なヴァンパイアの家も、概ねランスのそれと同じようなつくりをしていた。そのため、トランシール公国の街並みは非常に美しいのだった。


 玄関の前に集まると、早速実験が始められた。


「家人に招かれずに入ろうとするとこうなります」


 そう言って、カルメラはいわゆるレバーハンドル式のドアノブに触れる。


 その瞬間、ノブの周りを半透明の膜が覆った。招かれていない者が触れたことで、張られていた結界が可視化されたのだ。


 そして、その結界の力によって、カルメラの手はノブから弾かれたのだった。


「ドアが開いている状態ではどうなりますか?」


「その場合も、結界に弾かれる」


 ロレーナの質問に、カルメラはそう答えた。


 実演のために、家人のランスが内開きのドアを開け放した状態にする。カルメラは玄関の中に――ドアのあった空間に向けて手を伸ばす。


 すると、今度は半透明の壁のようなものが可視化され、再び彼女の手を弾いたのだった。


 確認のためなのか、ロレーナも同じように玄関の中へと手を伸ばす。しかし、結界に弱いのはヴァンパイアの特徴で、ウェアウルフの彼女には何の効果も及ぼすことはなかった。


「次は結界を解除してもらえますか」


「どうぞお上がりください」


 カルメラの指示を聞いて、ランスはそう招き入れる挨拶をした。


 それによって、ドアノブに触れても、玄関をくぐっても、今回は結界が現れることはなかった。カルメラは結界に阻まれることなく、ランスの家に上がることができたのである。


 カルメラは続いて、部下に対して指示を出していた。自分と同じように、玄関をくぐるように言ったのだ。


 しかし、家人のランスに招かれていない部下は、家に上がろうとしても結界に弾かれてしまうのだった。


「招かれた人とそうでない人が同時に入ろうとした場合はどうなりますか?」


「同じことだ」


 ロレーナの疑問に、カルメラは今回も実演を交えて答えた。


 ドアが開け放たれた玄関に向けて、カルメラと部下は同時に手を伸ばす。すると、部下だけが結界に弾かれていた。


「家に招く」という行為は、厳密に言えば結界を解除しているわけではない。招いた客だけを結界の対象外にしているのである。そのため、招かれていないヴァンパイアが、客の中に紛れ込んで家に上がるようなことはできないのだ。


「もう一度、結界をお願いします」


「さようなら」


 カルメラの指示で、ランスは今度は別れの挨拶をした。


 その結果、今まで玄関を通れていたはずの彼女も、部下と同じく結界に手を弾かれるようになったのだった。


「ちなみに、家の中で帰された場合は、家を出てから結界が張り直されることになる」


 ロレーナに先手を打つように、カルメラはそう説明した。


 ランスに頼んで、「どうぞ」とカルメラは家に上げてもらう。次に、玄関の中にいる状態のままで、今度は「さようなら」と別れの挨拶をしてもらった。


 だが、家人に許可を取り消されても、結界によって家から押し出されるようなことはなかった。


 結界が再発動したのは、カルメラが自ら玄関を出ていったあとのことだった。ひとたび家を出ると、結界は改めて彼女を対象に取り、彼女が伸ばした手を弾くようになったのである。


「また、今は分かりやすくランスさんが声を出してくれたが、心の中で『招こう』『帰そう』と思っただけでも成立する」


 カルメラの言わんとしていることを察して、ランスはそれを行動に移した。


 今回は「どうぞ」とも「ようこそ」とも言わなかった。それなのに、カルメラは結界に弾かれなくなっていた。口に出さなかっただけで、ランスは心の中で「どうぞ」と言っていたからである。


「『帰そう』と思わなければ、ずっと招かれた状態が続くんですか?」


「そうだ。家の状態を考えると、被害者がそうしていたとは思えないがな」


 ロレーナが確認を取ると、カルメラはそう答えていた。


 ヴラディウスの屋敷は汚かったが、友人知人を呼ぶ際には家政婦に掃除を頼んでいたという。つまり、家の状態をまったく気にしていなかったわけではないのだ。そんな彼が、誰かに自由に出入りする許可を与えていたというのは考えにくいだろう。


 ここに来て、ロレーナの質問が初めて止まる。代わりに、彼女は何か思案にふけっているような様子だった。


 自分より先に、彼女が真相に気づいたのかもしれない。


「どうかな、ロレーナ君?」


「招かれずに家に入る方法は思いつきませんね」


 見栄を張ることも恥じらうこともなく、ロレーナはあっさりとそう認める。


 しかし、彼女はやはり真相に近づいていたようだ。


「ただ水瓶に毒を仕込む方法ならあるかもしれません」

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