第25話 夕張公演成功も 母は長くはない

 母を舞台に上げたのはどうやら佐原先生の配慮だったらしい。夕張公演の前に先生は有料介護施設を訪れて、私の苦労話やプロ歌手の根性を語って聞かせたそうだ。母は、美咲はそんなに苦労したのですかと泣いていたそうだ。

 今年もクリスマスイヴを迎えた。数年前にショートケーキを一個買って狭い部屋で泣いた事が蘇る。ライバルのアイドル歌手がテレビの画面に映っていた。悔しくて惨めで私は テレビのスイッチを切って一晩泣き明かした事を思い出していた。私は今そのテレビ画面の中で唄っている。

 有料介護施設にいる母に電話したのは大晦日の三日前である。

 「お母さん体調はどう? 紅白をテレビで観てね。今回は母さんの為に唄うから」

 「ああ、母のメロディーだろう。母さんは嬉しかったよ。逢えなくても充分親孝行さ美咲は。父さんも兄ちゃんも、きっと天国で喜んでくれるよ」

「うん、ありがとう。母さん……少し声に元気がないけど?」

「なあに少し風邪をひいただけさ。大丈夫こんな立派な介護施設に入れてくれて幸せだよ。看護師さんが面倒見てくれるから心配ないよ。お前こそ病気するんじゃないよ。ファンや皆さんに迷惑かけるんじゃないよ」

「うん、大丈夫。きっと母さん私の歌を聴いてよ。母さんの為に私が作詞した歌よ」

 母はもう長くはない事を知らされていた。覚悟は出来ていても母は私の総てだった。 大晦日の夕方を迎えていた。出場者に関係者などNHKホールの舞台裏は慌しい。

 楽屋には沢山の歌手が揃っている。だが私の後輩だった歌手は選ばれなかったようだ。またまた立場が逆転した。芸能界は浮き沈みが激しい世界。私だっていつまで紅白歌合戦に出られる保証ない。その為には常にヒット曲を出ししかない。


つづく

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