第26話 母の死を乗り越えて

 私は本番に備えて発声練習をしていると、マネージャーの理沙が青白い顔をして私の側に来て小声で囁いた。

「美咲さん。こんな時に言って良いか迷いましたが。やはり伝えなくてはなりません」

 「……お母さんが亡くなったのね。そうでしょう」

 私は察しがついていた。マネージャーにお願いだから暫く私を一人にして、と訴えた。一人になると私は、その場に泣き崩れ大声で泣いた。外にも聞こえるほどに泣き叫ぶ。泣かずには居られなかった。今泣かなくていつ泣くの。

 「とうとう私の家族はみんな天国に行った。どうして美咲だけ置いて逝くの?」

 知らせを聞いた先生や関係者達は、部屋の外で唇をかみ締めていたが、マネージャーに誰も入れないで釘を刺されていた。二十分後、私はドアーを開け、もう大丈夫ですと伝えて歌手矢羽美咲に戻りステージに向かった。


 私は夢の舞台に立った。日本で一流の歌手が出揃った中に私が居る。司会者に紹介され私はスポットライトを浴びる。

「では今や新演歌の実力者、矢羽美咲さんです。今、話題の曲。故郷の母を偲ぶ歌、夕張の母と全国の母に捧げる、母のメロディーじっくりとお聴きください」

 だが司会者は美咲の母が亡くなった事を知らない。もっとも美咲の母が亡くなった事を会場の人達に伝えたら同情をかっているように思われるのも嫌だ。

 会場から湧き上がる大歓声、出場歌手からも拍手を貰い私はステージの中央に立つ。なんとこの曲はドラマの主題歌にもなり誰もが知っている。

エンディングテーマが流れ私の心は集中してゆくと、会場は静まり返り私は唄い始めた。


   ♪(母のメロディー)


  囁きが聞こえる 恋の囁きが

  それは遠い昔に 母が唄った恋物語

  幼き日の 春の麗らかな日の縁側で

  子守り歌を唄う 母のメロディー

  いつも祈ってくれた その温もりが

  母が私の為に唄う 愛のメロディー


  川のせせらぎが 聞こえるその音は

  きっと母が父と 恋に青春を燃やした頃

  遠いあの日を 懐かしみ聴かせてくれた

  子守り歌を唄う 母のメロディー

  母の愛のハーモニーが 今も心に残る

  私を支えてくれた 母のメロディー


つづく

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