第三十一話 社長への報告
「新しい服、買ってあげるよっ」
中間テストの発表があった日、有紗がニッコリと微笑み耳元で
「いいよ、そんなの悪いし」
「悪くないよっ。有紗からの頑張ったご褒美だよっ」
有紗は昔に戻ったような笑顔だ。
「近日中にお母さんに紹介するから、その服で来て欲しいんだよっ」
「えっ!? 大丈夫なの?」
親への紹介と聞いて冷や汗が出てくる。
「なんでっ?」
「いや、お母さん、僕との恋愛反対してるだろ?」
「反対してないよ。そもそも、まだ知らないしー……。今までは許嫁がいたから紹介できなかったんだよっ」
本当に大丈夫だろうか。有紗のお母さんはお爺さんのいいなりと聞く。一筋縄では行かないと思うが……。
「わたし、逃げないことにしたんだっ。平が頑張ったから、わたしも頑張るよっ。もう、何言われてもいいんだっ」
有紗とお付き合いをするという事は、普通の女の子と付き合う事とはわけが違う。お爺さんに認めてもらわないといけないのだ。
「わかった。休日、一緒に買いに行こうよ。でも、服代くらいだすよ」
お小遣いは、あまり使ってないから、服くらいなら……。
「いいよぉ、これからデートだってするし、たまには平におごって欲しいから。今回はわたしのおごりだよっ」
ニッコリと天使のように微笑んだ。まじで可愛い。
それにしても試験結果が張り出されてから、クラスメイトの僕をみる目がハッキリと変わった。
有紗と話していても、僕を睨む生徒の数は明らかに少ない。今や太一の仲間くらいじゃなかろうか。高校生と言うのはテストの成績だけで、ここまで変わるものなのか。
「お前、すげえな、本当に学年一位取るなんてよ」
担任の相澤先生も肩を叩いて自分のことのように喜んだ。
「その節は西山先生にもお世話になりました」
「ちょっと待ってくれよ、その話は内緒だって」
「いいじゃないですか。もうすぐ結婚するんでしょ」
「いいから、いいから」
相澤先生は顔を真っ赤にしながら、僕の肩を叩く。見た目と違い本当にシャイな先生だな。
――――――
「それじゃあ、僕帰るね」
ホームルームが終わると昨日と同じように有紗に挨拶だけすませて教室から出ようとした。
「ちょっと待ってよぉ」
「どうしたの?」
「わたしぃ、平くんの彼女だよねぇ」
「そうだよ」
「じゃあ、一緒に帰ろうよぉ」
「いや、今日は行くところがあるからさ」
「パパのところに行くの?」
「そうだよ」
「ならさぁ、わたしも行くよぉ」
有紗が僕の腕に手を回し、ギュッと力を入れた。胸の膨らみがちょうど腕に当たる。この柔らかさは、僕だけのものだ。
それにしても有紗が行って大丈夫なのだろうか。僕は山下社長に確認を取ろうとスマホを取り出した。
「平くん、駄目だよっ。先に連絡するなんてさ。お楽しみ感が無くなっちゃうじゃん」
まあ、僕の時も押しかけだったし、今回は予定を入れてるだけマシか。
銀座にある高層ビルに着くと有紗が上を見上げて、ポツリと呟いた。
「パパ、頑張ったんだね」
有紗と母親を捨てて家を飛び出してから5年ほど。有紗はどんな気持ちでパパの帰りを待っていたのだろうか。その一言に想いが溢れているように感じた。
僕と有紗は高層階用のエレベーターに乗り込み20階のボタンを押す。音もなく上がっていくエレベーター。
「よくパパがここにいるって分かったねっ」
「西山先生が教えてくれたんだよ」
「そう言えば、さっき相澤先生と話してたね。相澤先生が西山先生と付き合ってるってことも、わたしに取ってはびっくりだよ」
エレベーターが20階に着き、ピーンと鳴る。
僕はエレベーターの開ボタンを押して有紗に先に出てもらう。
「ありがとっ」
僕が後から降りると、こちらを向いてニコリと微笑んだ。
「気を使ってくれてありがとね。太一なら気にもしないで先に行って…しまうからさ」
受付の方に目を向けるといつもの娘が驚いた表情をする。
「有紗……さん?」
「あれ? どこかでお会いしましたか?」
「いえ、社長に似てるから」
僕もなぜ有紗のことを知ってるのかと驚いたけど、考えてみれば単純なことだ。こんな美少女が僕の隣にいるなら、それは有紗しかいないのだ。
受付の女性に案内され、応接室に通される。二人分のコーヒーが用意され、少し待つと、部屋をノックする音が聞こえた。
「はい」
「有紗、久しぶりだな、元気してたか?」
「うん、今までは不安だったけども、平くんのおかげでね」
「LINEでも報告をもらってたよ。平くんよく頑張ったな」
「ありがとうございます。山下社長のおかげですよ」
「そんなことないって。僕は手助けをしたまでだよ。ここまで来れたのは平くんの頑張りのおかげだよ」
「パパ、それでね。平くんをお母さんに会わせようと思ってるんだっ」
「そうだな、その方が良いと思うよ。何かあったら僕に相談して」
「ありがとう。それとさ」
有紗は一息ついて、言いにくそうに話を繋げた。
「ママと三人一緒に暮らせないのっ?」
「そうだな……。正直、今は難しいかもしれない。お爺さんのこともあるからさ」
「そっかぁ、でもこれからも、ここへ来ていいよねっ?」
「うん、これからも平くんには、太一を超える点数目指して卒業まで頑張ってもらうつもりだ。有紗もママがオッケーしたら、ここで一緒に勉強してもいいよ」
「ママの了解が必要なんだねっ?」
「僕が出ていく条件が有紗と会わないことだった。恐らくお爺さんの家に住む限りは、その条件が無くなることはない」
「それじゃあ、一緒に勉強は難しい……かなっ」
「有紗ではなく、平くんに勉強を教えたのもそれが理由なんだ。本当は有紗に教える方が早かった。でも、一緒にいることが分かった時のこと考えると、平くんに教えた方がいいと思ったんだよ」
「じゃあ、ここへ顔を出すくらいならいいよね」
「うん、ここで平くんは変わらず勉強してると思う。また寄ってあげてよ」
僕は有紗と一緒に勉強できないことは少し残念だった。でも、今は有紗とデートもできる。それよりも今は勉強をする事自体が楽しくなっていた。
期末テストも一位を取るぞ、と心に誓う。有紗には遅くなると危ないので明るいうちに帰ってもらい、期末テストをどうしていくのか、山下社長と話し合った。
――――
もう一波乱ありそうです。
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