第三十話 テスト発表

(有紗視点)


「有紗、そろそろ中間テストの上位者が張り出されるし、見に行かねえか」


 正直、見る気も起きない。


 わたしは、太一の声を無視して平くんの方を向いた。ゆっくりと振り向いて目が合う。ニコッと微笑んでくれた。


「お前、どこ見てるんだよ!」


「わたしがどこ見ようと関係ないでしょっ」


「お前の母さんに言うぞっ」


「痛いっ」


 腕を思い切り引っ張られ、太一はわたしの肩を抱く。最低っ。わたしが太一に負ければ、これ以上のことをされるのか。見に行きたくない。発表の結果なんて分かってる。今回の成績もいつもと変わらなかった。太一がとんでもないミスをしても、勝てる気はしない。


「なぜ、お母さんが出てくるのよっ」


「お前、あいつのところに行こうとするからだ」


 わたしは人より可愛くて、人よりお金持ちだが、全く幸せじゃない。屋敷に囚われ、好きな人さえ選べない。


「ほら、行くぞ!」


「痛いってばっ、離してよっ」


 わたしは、手を思いきり振り払った。


「この野郎……」


 太一がわたしの前に立ち、睨む。


「発表、見に行くんでしょっ」


 太一を避けて歩く。もう、やけだ。試験に負けて、全てを奪われるまでが既定路線だ。それでも対等な関係になりたかった。


「なっ? 付き合った記念でキスしようか」


 わたしの耳元に口を近づけて、太一がとんでもないことを言う。わたしは顔を上げて睨んだ。


「まだ睨む力は残ってるんだな。まあ、時間はたっぷりあるしな。しっかりと教育してやるよ」


 わたしは何をされるのだろうか。許嫁と言う立場のため、身体に傷を負うようなことがなければ、何かあってもわたしの家族は見て見ぬ振りをするだろう。


「最低っ……」


「その目が堪らねえよ。これから調教しがいがあるぜ」


 対等どころか人としてさえ見られていないのか。調教……。ふざけてるよ。わたしは、こんな奴の言いなりになるしかないのか。


「ついたぜ!」


 太一の嬉しそうな声が頭上から聞こえる。そんなの分かってる。わたしは順位表を下から見て行った。わたしの成績はどうでもいい。平くん、頑張ったから、三十位以内に入ってるかな、と思って。


 30位、平くんの名前はなかった。

 29位、やはりない。

 28位、27位、26位……、あれっ? 20位台のどこにもない。


 平くん、本当に勉強してたの? わたしと一緒に勉強しなくなって、現実逃避してたのかな。まあ、それも仕方ないか。


 19位、18位……、ここまで来れるとは思わないけど、一応……。16位、15位、……やはりない。ここから先は一桁だ。


 流石にここから上に載ることは不可能だ。


「なっ、こんなことがあるわけが……」


 目の前の太一が、震えている。何かあったのだ。わたしは視線を上げていく。


 10位、9位、8位、……、もちろん平くんの名前はない。


 5位、4位……。


 3位 冬月有紗。あれ? わたしが2位じゃないなんて、どう言うことだ。


 2位 近藤太一 470点。嘘、太一が負けた。一体誰に負けたのだ。こんなことが起こるなんて、あり得ない事だ。


 1位 佐藤平 485点。


「えっ……!?」


「有紗、迎えに来たよ」


「えっ、平くん。これはどう言う事なの?」


「太一、言えよ。約束だろ」


「お前な、あり得ねえだろ。この俺が、この俺が、お前みたいな奴に負けるだとっ。お前、何をした。カンニングか、先生に答えを教えてもらったか?」


「そんなことするわけないだろ。正々堂々と戦った結果だよ」


「平くん、どうしてっ?」


「有紗、良かったね」


 わたしの身体に久美が抱きついてきた。嬉しいけど、何が起きてるのかさえ分からないよ。


「太一ヘタレだからわたし田中が説明しまぁす」


「えっ、僕の一番いいとこ取らないでよ」


「いいじゃん。平は有紗のために太一と交渉したの。それがね」


 久美が耳元に口を近づけた。


「平はね、一位の条件を有紗から自分に変えたんだよ。太一ももちろん了承済みでね」


「えっ、と言うことは……」


「有紗は自由だよ。平は勝ったんだ」


「有紗、良かった。良かったよ」


 平くんもわたしに抱きついてきた。こんな幸せなことってあるのだろうか。夢を見てるようだった。


「どうして、一位になれたのっ?」


 不思議で仕方がなかった。たった一月で太一を超えるなんて不可能だ。


「お前のお父さんのおかげだよ」


「パパが?」


「そうだよ。有紗のお父さんは最高のパパなんだよ」


「そっか。パパに会ったんだね。パパが手を貸してくれたってことは?」


「僕は有紗の隣にいるべき男だって認めてくれた」


 こんなに嬉しいことってないよ。涙が溢れて止まらない。これは嬉し涙だ。


 感情を完全に失って、太一のものにならなければならないと思ってた。


 それがこんな幸せなことになるなんて。


「俺は、認めねえからな」


 そう言うと太一がわたしの側から逃げ去った。珍しく涙を浮かべて……。


「なぜ、わたしに教えてくれなかったの? わたし、この一ヶ月、本当に苦しかったんだよっ」


「そりゃ、だって反対されるからさ」


 それもそうか。こんな奇跡起こるわけがない。言われても、私はきっと無理だと決めつけただろう。


 だから、お父さんは秘密にしたんだ。


 わたしは平くんの手をギュッと握った。もう、この手を離したくない。


 平くんは有紗のもの・・だ。


 そして、有紗も平くんのもの・・なのだ。



―――――――


有紗、良かったね、って思ってくれたら、いいね、フォロー、星よろしくお願いします。


もう少しだけ続きますね。


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