三十二話 ママとの話

(有紗視点)


「ママ、話があるんだけどもいいっ?」


 家に帰るとすぐキッチンで夕食の用意をしているママに話を切り出した。


「有紗の方から話しかけてくるなんて、珍しいわね」


「うん、あのねっ。正式にお付き合いしている人がいるのっ。会って欲しいなって」


 ギュッと手を握り、唇を噛んだ。平くんも現実に立ち向かったんだ。私もいつまでも逃げてちゃダメだ。


「太一くんでしょ?」


「えっとね。太一くんとはねっ」


 ここをうやむやにしてはならない。頑張れ、わたしっ。


「別れたの……、もともと正式にお付き合いしてたわけじゃなかったしっ……」


 ママが火を消して、わたしの方を振り向いた。その顔は明らかに怒っていた。やはり、そう簡単にはいかない。


「有紗、あなた、何を言ってるのか分かってるの?」


 ママがわたしの両肩を掴み、顔を近づけ早口で言った。わたしは思わず視線を逸らす。


「分かってる……」


「有紗と太一くんの結婚は、お爺様が決めたことなの。この結婚によって、埼都線と都西線が正式に結ばれる。二社の鉄道会社は正式に合併し、国内最大手の鉄道会社になる。そのための結婚なの」


 新聞に載っていたから、知識としては知っていた。要するに政略結婚だ。許嫁の話が出た時、やっぱりかと思った。


「鉄道会社の次期社長として有紗が入っても、きっと社員が納得しない。まだまだ鉄道会社は男社会なの。これは有紗のことを思ってお爺さんが考えてくれたのよ」


「その条件って、学年一位を取り続けたらだよね。今回の中間テストで太一くんは、平くんに負けたんだよっ」


 わたしの言葉にママはさっきよりも強い目で睨んできた。


「確かにそんな条件を太一くんには話していたと思うわ。でもね、一度や二度テストで負けたからって、この結婚が覆ることなんてないわ」


 分かっていた。もうそんなことはどうでもいいんだっ。


「ママ、ごめん。わたし、太一くんと結婚したくないっ。だから許嫁の話はなかったことにしてくださいっ」


「有紗、あなた、自分が何を言ってるのか分かってるの? あなたの言ってることはお爺様に逆らうことなのよ」


「分かってるっ。わたしはこの家を追い出されてもいいのっ」


「ちょっと待って。あなた、もしかして……」


 ママはわたしをじっと見つめた。その表情には戸惑いが色濃く刻まれていた。


「うん、パパに会った」


「なんでっ、もう会わないって約束したのに」


「パパは昔の優しいパパだったよ。何も変わらなかったっ」


「知ってるわよ。そんなことは……、でもそれではわたしも有紗もここにはいられないのよ。それに……お爺様は……」


 ママは何か言おうとして慌てて言葉を飲み込んだ。


「いいわ、とりあえずその男の子……、平くんだっけ、日曜日に連れて来なさい」


「いいの? ママ」


「連れて来ないと何も分からないでしょ」


「分かった、ありがとうママ。日曜日に連れてくるねっ」


「ありがとうと言われることか分からないけどね」


 それだけ言うとママはコンロの火をつけて、キッチンに戻った。なんだか、その姿は懐かしいものを見ているかのような不思議な感じがした。


 わたしは二階の自室に入るとベットに寝転がり、ハアッとため息をつく。簡単に行くわけがない。やはりそうだったか。初めて政略結婚の全貌が明らかになった。


 わたしはこの屋敷から抜け出さない限りは、許嫁からは逃れられないのかも知れない。


 正直、今までのわたしはこのあたり前の生活がなくなるのが怖かった。


 だから、許嫁ができた時も、そうなんだと理解できたんだ。


 逆らおうなんて思わなかった。わたしがテストで負けたら、太一と付き合う事を当たり前だと思えたことも、結局は今の生活を手放したくなかったからなんだ。


 わたしが当たり前だと思っていたことを平くんは壊してくれた。わたしが現実と向き合わないとならないと教えてくれたんだ。


 わたし、ちょっとは頑張れたかなっ。


 スマホのロックを解除して平くんとのラインを開いた。


(平くん、ちょっといいかなっ)


 枕に顔を埋めて待っていると届いたにゃ、と可愛い猫の声がした。学校ではバイブにしていて聞けないけど、たまニャンはわたしのお気に入りだ。


(うん、大丈夫だよ)


(あのね。ママに話したら日曜日に連れてきなさいって言われたよっ)


(本当? 良かった)


 本当に良かったかは分からないけどね。一つ階段を駆け上がった事は事実だ。


(だからね、土曜日学校が終わったら、服買いに行くよっ)


(うん、帰り一緒に行こうね)


(うん。よろしくお願いしますっ)


 おやすみとラインを送ってスマホを抱いた。平くんとのラインを見ているだけで幸せで胸が熱くなる。そう言えば制服でベッドに横になるなんて、何年ぶりだろう。ママに見つかったら叱られるかな。


 ママの説得には時間がかかりそうだけど、とりあえずは良かったのかな。


 そう思いながら、わたしは部屋着に着替えてもう一度ベッドに横になった。



――――


有紗は勇気を出しました。


これがどうなるか。


いつも読んでいただきありがとうございます。


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