第十六話 冬月さんと田中さん

 何も解決しないまま、放課後になってしまった。


 太一は授業が終わってすぐに教室を出て行ってしまう。同じく出て行こうとした有紗に田中さんが声をかけた。


「有紗、ちょっと時間ある?」


 有紗は太一の出て行った扉を一瞥して、田中さんの方に向き直る。決死の表情をしていたのだろう。田中さんを見て、分かったよ、と半ば諦めた表情でささやくような小さな声で言った。


「有紗、何なのよ。友達じゃなかったの?」


「友達だよ。久美は私のかけがえのない友達。それはずっと変わらないよ」


「だったらさぁ!」


 田中さんは、両手をグッと握りしめる。今まで我慢していた本音が堰を切って溢れ出した。


「友達だよね。なら、ちゃんと言ってよ。有紗の口から付き合ってるって聞かなきゃ、納得できないよ!」


 田中さんの大声がクラスに響き渡る。クラブの用意をしていた数人の男女がふたりの言い争いを見て、心配そうに話していた。


「ごめん、事情があるんだ。今度のテストが終わるまででいい。待ってくんないかな」


「テストで何かあるの?」


「次の中間テストは私にとっては、人生で最初で最後の賭けなんだ。ごめん、これ以上は話せない」


 それを聞いた田中さんは少し声のトーンを落として冷静な声で呟くように言った。


「じゃあ、一つだけ教えて」


「わたしが話せることならいいよ」


 有紗の声からすると、なるべくならばこの件に関しては話したくないと言っているように聞こえる。田中さんの核心部分がどうなってるのか知りたい気持ちとは、相当かけ離れているように感じた。


「有紗はさ、太一のことが好きなの?」


 いつもの田中さんらしい淀みのない真実を知ろうと言う言葉。有紗は落ち着かないように周りをキョロキョロと視線を彷徨わせた。


 当惑した表情から困っているのが、ハッキリと分かる。


「あはは、どう言えば良いんだろう」


 有紗は心の中の言葉をそのままに一言だけ呟くと、田中さんから視線を逸らした。


「こんなことも言えない有紗なら、もう友達じゃない!」


 苛立ちが限界に達したのだろう。田中さんはそれだけ言うと扉の方へ向かう。


「久美ぃっ」


 有紗が手を伸ばして呼び止めようとするが、その後が続かない。田中さんは一度寂しそうに振り返り、そのまま教室を飛び出してしまった。


「ごめん、止めた方が良かったのかな」


「うううん、大丈夫だよ。これくらいで私たちの関係は壊れたりしないよ」


 有紗は自分に言い聞かせるようにやっとのことでそれだけ言う。それを見た慎吾が僕の前に出て有紗の机に両手を置いて、首を上げ視線を合わせた。


「なあ、冬月さんだったか」


「はい、えと……」


「俺は平の友達の朝倉だよ」


「ごめんね、未だに前に同じクラスじゃなかった人の顔と名前一致しなくってね」


「それは良いけどよ。酷くねえか」


「久美へのこと?」


「いや、平へのことだよ」


 慎吾が何を言おうとしているのか悟った僕は慎吾の肩に手を置いた。これ以上、有紗を追い込みたくない。


「慎吾、やめようよ」


「いや、これだけは言わせてくれ」


 慎吾の方も僕のことを思って言おうとしてくれているのだろう。チラッとその表情を見ると真剣な顔つきをしていた。


「いいの、佐藤くん」


 有紗は僕の方に視線を向けて、それだけ言うと……。真剣な表情で、


「うん、いいよ、……言って」


 とはっきりとした声で慎吾を正面から見据えた。


「あのさ、仮にも自分から学校で声かけて、手を引いて連れ出した女がさ。他に男作りましたは、酷くね? 俺さ、そんな女は……」


 慎吾は苛立ちで、身体が震えているのが見えた。


「大嫌いだ」


「そだね。わたしもそう思う。私って最低だなって」


 有紗はそれだけ言うと、僕の方に視線を移した。視線の先に助けて欲しいと言う気持ちが溢れ出していた。


「佐藤くんはどう思うかな?」


 だから、僕は迷うことなく……。


「僕は、そうは思わない」


 と太一の方を向いて、はっきりと否定した。


 慎吾には知らないことが多すぎる。時折見せる有紗の哀しげな瞳、僕も知らない有紗の事情、そして昨日から僕に勉強を教えてくれている事実。それら全てが僕に一つの真実を語っているように思えた。


「平、何でお前……、それはあまりにもお人良しすぎるだろ」


「ごめん、慎吾は表面上の冬月さんだけしか見てないんだよ。本当の冬月さんは、優しい女の子だ。慎吾には知らないことが多すぎるんだ。大切なものが抜け落ちた判断で、冬月さんのことを悪く言ってはならない」


「なんだよ、それ。だったら平は冬月さんのことを知ってるのかよ」


「僕だって、太一との関係がどんなものなのか分からないよ。でもさ、太一と付き合っていることが事実だとしても、本当に楽しんでいるとは、僕にはとても思えない」


 僕がそう言うと慎吾は頭をかいて僕の方を向いた。同調してくれると思っていたのか少し落胆した表情だ。


「僕は冬月さんが人の心のわかる優しい人だと思ってる」


「お前がそう言うんだったら、いいんだけどよ」


 慎吾は僕の言葉を聞いているうちに冷静さを取り戻してきたのか、声のトーンが和らいでいた。


「じゃあ、俺サッカー行くわ。平、何かあったら俺に言えよな」


 それだけ言うと教室を出ていく。残された有紗は僕の方をじっと見て僅かに微笑んで、


「ありがとう」


 とだけ言って、そのまま教室を走って出て行ってしまった。


 僕は自宅への帰り道、今日のことを考えていた。太一は付き合っているとはっきりと言った。


 だが、喜んでいるようには、どうも見えなかった。イライラした態度からは思い通りいっていないことが明らかだった。


 考えながら歩いていると家にすぐに着いた。今日は流石に有紗は来ないだろう、と思いながら、インターフォンを鳴らす。


 いつもならすぐに母親が開けてくれるのだが、今日に限って誰も出てこない。代わりに勝手に入ってと母親の声がした。


 いつもと違う対応に少し戸惑いながら、僕が玄関を開けるとそこに母親の姿はない。その代わりにキッチンから華やかな笑い声が聞こえてきた。


「叔母さま、これでいいですか?」


「うんうん、大丈夫よ。冬月さんは筋がいいわねえ」


「そんなことないですよぉ、ケーキ作りなんて初めてですから……、それにほとんど出来てたじゃないですかぁ」


 さっきの哀しげな表情が嘘のような明るい声だった。玄関で靴を脱いで手を洗って、キッチンに行くと母親がちょうど良かったと僕にお盆を持って来るように指示を出す。


 僕はお盆に淹れたてのコーヒーとケーキを二つ乗せて、有紗と一緒に二階に上がった。


 有紗は少し緊張してるのか、僕の方を上目遣いにチラッと見ただけで、何も言わずに一緒に部屋に入って、目の前のベッドに腰掛けた。


「わたしもちょっと覚悟してきた。少しくらいなら突っ込んだこと、話すよ」



―――――



 有紗ちゃんの決意とは、次回は少しくらい謎が解けそうですかね?


 今後ともよろしくお願いします。


 いいね、フォロー待ってますよ

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る