第35話 「ひとりぼっちの追憶」
僕が映っている。場所は写真部の部室だ。
これは初めて出会った日だと、すぐに気が付いた。
『卒業式、出ないの?』
深瀬先輩の声がする。
『うーん、行ったところで……って感じがして』
『うわ! サボり魔だ!』
『そういう先輩だって同じじゃないですか』
『サボりじゃないよ? ただ、ここで暇をつぶしてただけだよ』
『それをサボりというのでは……?』
懐かしい思い出だった。
僕らの出会いが大切に保管されていた。
『そうだなぁ……君の青春は名前の通り、透き通ったものになると思うよ』
『遠回しに彩がないってディスってます?』
『そ、そういうわけじゃないよ。ただ、濁りがなくて綺麗って』
映像が左右に大きく乱れる。
やっぱり映像がブレブレになってる、あの時の僕の予想は当たっていたんだな。
* * *
次の映像を再生する。
『結構食べるんですね」
画面いっぱいにパンが映っていた。
多分、一緒にお昼を食べたときだろう。机に置きっぱなしのせいか、へんてこな映像に見えた。
『購買初めて使ったからテンション上がっちゃって』
『へー、普段はお弁当持ってきてたんですか?』
『そうそう』
横から手が伸びてきて、パンが少しずつ消えていく。
『お腹いっぱい』
『むしろよく食べましたね』
『一ついる?』
『食べることは出来ますけど、持ち帰ってもいいんじゃないですか?』
『晩御飯も朝ごはんも、もう家にある』
『それなら、いただきます』
そうだ、たしかこの時アンパンを貰ったんだ。
こんなに先輩が沢山食べる人だなんて、この時までは知らなかったんだよな。
* * *
次の映像を再生する。
水槽の中に色々な種類の魚がいる。鴨川シーワールドの時のものだ。
画面の手前から指が伸びてきて、
『ある、ない、ある』
と一匹一匹魚を指差していく。
『何がですか?』
『食べたことがあるかないか』
ああ、そうだ。深瀬先輩は食いしん坊だった。
この時に案外物知りだってことに気が付いたんだ。
* * *
次の映像を再生する。
『可愛いですね』
『えへへ、おだてたってなにも出てこないよ?』
『先輩が出てきます』
『じゃじゃーん、深瀬登場~!』
深瀬先輩はよく、えへへと笑うんだ。
* * *
次の映像を再生する。
『そういう先輩にとっての夢はなんですか?』
『寂しいもの』
『叶わないからですか?』
『ううん、忘れちゃうから』
僕の問いに、先輩は首を横に振る。
『思い描いていた理想も、突飛な体験も、全部記憶の奥底にしまわれちゃうから』
忘れられっこないよ。
先輩と過ごした日々も、何気ない会話も、全部鮮明に思い出せる。脳の大事なところに、嫌というほど刻み込まれている。
『そういうものですかね』
『じゃあ浅葱くんは小学生の時、何になりたかったか覚えてる?』
『正義のヒーロー』
『意外と夢見がちだったの?』
『小学生男子なんてそんなもんですよ』
『浅葱くんが正義のヒーローかぁ』
『似合わないって思ってるでしょ』
『そんなことないよ、だって私にとってのヒーローだもん』
僕はヒーローなんかじゃない。
自分本位で先輩を助けることが出来なかったんだから。ヒロインを救えないヒーローに存在価値なんかない。
『本人はその気がなくてもね、私からしたら沢山助けられてるの。これまでも、これからも』
これからなんて、なかったのに。
* * *
次の映像を再生する。
『先輩、また消えたりしませんよね?』
『怖くなっちゃったの?』
『そうですよ』
『浅葱くんって案外子供っぽいねぇ』
深瀬先輩は、くすくすと笑う。
『私は、ここにいるからね』
先輩は近づいてくる。
少し背伸びをして、僕の頭に手を伸ばす。
『深瀬先輩』
『どうしたの?』
『抱きしめて良いですか?』
『ダメ』
『なんでですか?』
『ビデオついてるから』
視線を落として、顔を赤らめる。
『止めます』
画面は真っ暗になり、音声も途絶える。
映像として残ってはいないけど、確かにあの日、僕らは抱き合っていた。
深瀬先輩のぬくもりを貰ったんだ。
俺はビデオを再生し続けた、何回も何回も擦り切れるくらいに。
一つ一つの録画時間が長いものだから、授業中以外では休み時間だろうと放課後だろうと寝る前だろうと、ずっと。
記憶に刷り込むように、一秒たりとも忘れないように。
時間が許す限り、思い出に縋りついていた。
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