第23話 「忘れてしまったあの日を」

「ねえ浅葱くん、私からも質問していい?」

「もちろん」


 今度は深瀬先輩がエアマイクを差し出す番だ。こう見ると、かなり斬新な絵に見える。カメラがマイクを向けられる瞬間なんてそうそうないから。


「夢って、どういうものだと思う?」

「どういうものとは?」

「キラキラして素敵とか、難しいものとか、そういうこと」


 少し難しい質問だった。

 夢の内容に対して考えたことは何回もあるけれど、夢って概念に対して何か感情を持つことなんてほとんどない。

 僕にとっての夢ってものは「所詮」って枕詞が付くものだ。寝ている時に見るものでも、こうなりたいって願望のほうでも。

 それを踏まえて出てきた答えは、


「叶わないもの、ですかね」


 だった。


「叶わないもの?」

「もしくは諦めるもの」

「浅葱くんて意外とリアリスト?」


 深瀬先輩は、ちょっぴりつまらなそうに俯いた。足をパタパタと動かして、僕の意見に抗議の意思を示す。


「高校生にもなれば、現実の一つくらい見るでしょう」


 別にこれは、僕だけに限ったことじゃない。

 夢は叶わないって気が付くのは、生きていれば皆がぶつかる当たり前の絶望だ。残念に思うことはあれど、そう悲観するようなものではない。

 だって、それが普通で当たり前のものだから。


「ちゃんと大人っぽいことも考えてるんだね」

「そういう先輩にとっての夢はなんですか?」


 ランさんは先輩を夢とか願いそのものと言っていた。そんな人が夢をどう思っているのか純粋に気になった。


「寂しいもの」

「叶わないからですか?」


 僕の問いに、先輩は首を横に振る。


「ううん、忘れちゃうから。思い描いていた理想も、突飛な体験も、全部記憶の奥底にしまわれちゃうから」


 まるで自分が体験したかのような言い方だった。見ている僕も、何か大切なことを忘れてしまっているのでは? と不安になってしまうくらいに。


「そういうものですかね」

「じゃあ浅葱くんは小学生の時、何になりたかったか覚えてる?」

「正義のヒーロー」

「意外と夢見がちだったの?」

「小学生男子なんてそんなもんですよ」


 実際、僕の周りはそういう子が多かった。戦隊レッドとか某ライダーとかモンスターマスターだとか。消防士とかサッカー選手って子もいたけれど、今となっては理由は全部同じだって分かる。

 皆、等しく「ヒーロー」になりたかったんだと思う。

 過程や手段が異なるだけで一緒のゴールを目指してたって考える。


「浅葱くんが正義のヒーローかぁ」

「似合わないって思ってるでしょ」

「そんなことないよ、だって私にとってのヒーローだもん」


 パタパタと両手を横に振る。

 もしカメラを持っていたら、間違いなくブレていたことだろう。しかし、今の撮影者は僕だった。


「先輩を助けた覚えはないんですけど」

「本人はその気がなくてもね、私からしたら沢山助けられてるの。これまでも、これからも」


 優しさをめいっぱい抱きしめたような顔で、そう言った。ガラス玉みたいな透き通った瞳で、僕をじいっと捉えてる。

 そんな亜麻色の瞳に吸い込まれるんじゃないかって錯覚するくらい綺麗で、あやしくて、魅力的だった。

 周りの音が全てかき消されてしまうくらい、ドキドキと心臓がうるさかった。

 頬に熱が集まっていく。顔が赤く染まるのが、自分でも分かる。

 ああ、僕はこの人の、こういうところに惹かれたんだって再認識させられた。


「おぉい、浅葱くん?」


 先輩がカメラに近づいて手を上下に振る。


「ぼーっとしてなかった?」

「先輩に見とれてました」

「大分正直になったね」


 えへへ、といつもの無邪気な笑顔を見せた。

 そんなに捻くれていたかなぁ、僕。そりゃあ怪しんでいたから刺々しい物言いはしていたかもしれないけど、割と素直ではあったと思うんだけどなぁ。

 僕が何を考えてるかなんて知らない先輩は、無邪気に別の質問を投げかけてくる。


「ていうか覚えてたんだ、何年も前の夢」

「記憶力は悪いわけではないので」

「本当かなぁ? 忘れてることだらけなのに?」


 先輩は、からかうような声で言った。


「じゃあさ、小学生より前は覚えてる? 幼稚園生とか保育園生のころの夢」

「……いえ、全く」


 夢どころか何をしていたのかすら覚えてない。

 先生の顔も、友達の名前も、好きだった食べ物も、はまっていた遊びも、全部記憶のどこかにいってしまった。


「ほらね、忘れてる」

「だって十年以上も前ですよ」


 と、意見するも、


「でも忘れてることに変わりはないよ」


 なんて言われてまう。


「まあ、確かに」


 と、答えるしかなかった。

 僕が会話が続くようなことを言わなかったせいで、沈黙が訪れる。

 テレビ番組だったら間違いなく放送事故だ。


「このくらいで終わりにする?」


 先輩は静寂を切り裂いて、提案する。

 録画時間を見ると、十五分くらい。


「じゃあ、もう一つだけ僕が質問したら終わりにしましょう」

「いいよ」

「何かしたいことありますか?」


 再びエアマイクを先輩の前に差し出した。

 この回答を参考に、次の先輩の願いを叶えようって魂胆だった。


「えー、待って。すぐ出てこない」


 頭を小さく揺らしながら「うーん」と唸る先輩をカメラ越しに見てた。

 足をパタパタと動かしてることが気になって、視線をカメラから離した。

悩むときによくやるよなー可愛いから良いけど。

 上手いこと足も画角に入れられないかとカメラに視線を戻した。


「え?」


 思わず声が漏れる。

 映し出されていたのは机と椅子、床と壁。

 真ん中にいるはずの深瀬先輩は映ってなかったのだ。

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