本編 第4章 「青春はフィルター越しに」

第22話 「出会いのオマージュ」

 放課後、人のいない二年二組の教室にシャッター音だけが響く。


「こんなので良いの?」


 先輩は恥ずかしそうに頬を赤らめる。

 僕はそんな彼女にカメラを向けていた。


「青春コンプレックス拗らせてる僕は、これがやりたかったんです」

「浅葱くんが満足ならいいけど」

「仮にも写真部なので」


 僕が先輩にしたお願い。

 それは『先輩の写真を撮ること』だった。

 先輩がいつも動画を撮っていることに影響を受けていたっていうものある。もちろん写真部だからっていうのも。


 でも一番の理由は、先輩の写真が欲しいって単純なものだった。

 だって欲しいじゃん、好きな人の写真。

 いつだって見返したいじゃん、好きな人の顔。


「活動熱心だね」

「熱心だったらもっと色んなところで撮ってますよ」

「じゃあ不真面目だ。卒業式もサボってたし」

「先輩には言われたくないなぁ」

「痛いとこ突くなぁ」


 クスクスと笑いながら行われる、二人だけの撮影会。ライトもレフ版もない簡素で小規模で、けれども世界一幸せな撮影現場。


 ノートと教科書を並べて授業を受けている風の写真。

 教壇に立ってもらって、分からない問題を教えられてるような教師風の写真。

 窓際で外の様子を眺めている儚げな写真。

 ノリノリでピースしている写真。


 特別なことは何もない。

 ただの学校風景を切り取ったようなものばかりを撮った。

 でもそれは先輩と同じクラスだったら、なんて妄想が掻き立てられるような写真ばっかだった。先輩と同じ学校に通っていると証明が出来るような写真を積み重ねているかのように。

 三十分ほど撮影会で、撮った枚数は百八枚。ちょうど煩脳の数。


「おぉ、結構撮ったね」

「せっかくの機会なので」

「もうないかもしれないしね」

「撮らせてくれないんですか?」

「いや、撮られる側って慣れてなくて」


 先輩は黒い髪を揺らしながら、照れたような顔をする。

 慣れてないって割にはノリノリだったよなぁ。


「いつもビデオ回してる側ですもんね」


 そう発言した時、一つやりたいことが増えた。

 カメラを写真モードからビデオモードに切り替える。深瀬先輩が真ん中に映るようにして、空いた右手でエアマイクを差し出す。


「今の気持ちをどうぞ」


 僕がそう言うと、先輩は表情を綻ばす。


「もしかして、私の真似?」

「オマージュです」

「浅葱くんもそういうことするんだ」


 えへへ、と照れくさそうに頭を傾けた。黒い髪が緩やかに宙を滑る。

 そう、僕がやりたくなったことは、初めて出会った卒業式の再現だった。

 役割が逆だから完全再現とは言わずオマージュってことにする。


「質問していいですか?」

「何でも質問していいよ。あ、スリーサイズはやめてね」

「えー、真っ先に聞こうと思ったんですけど」

「え、本当に?」

「冗談です」


 半分ね。

 ふざけて聞こうと思ったけれど、釘を刺されてしまっては仕方がない。

 ちょっと真面目に聞きたいことを、以前はぐらかされていた質問を投げかけるとしよう。


「僕と先輩は、いつ出会いましたか?」

「卒業式」

「その前は?」

「私だけが知ってるかな」

「なんで僕のことを知ってたんですか?」


 あの日、確かに僕たちは初めましてだったはず。先輩との時間を重ねてきた今となっても、前に会ったような記憶が掘り起こされるようなことはない。

 先輩は右手の人差し指を口先に添えて、にっと口角を上げた。


「それは秘密」


 前と同じように、はぐらかされてしまう。余裕たっぷりの笑みを浮かべて。


「教えてくれないんですか?」


 と言っても、


「私にだってNGはあるんだよ」


 の一点張り。

 だめもとで、


「なんで僕といるんですか?」


 と質問した。

 きっとこれも曖昧な回答がくるんだろうって予想した。

 理由なんてないよ、とか。一緒にいることに理由なんている? とか。上手くかわされるんだろうなって思ってた。

 でも、これは良い意味で外れた。


「浅葱くんはね、私を助けてくれたから」


 カメラ越しに、じっと見つけられる。

 レンズを挟んでいても、僕を見てるって分かるくらいに。


「深い藍色に染まった私を救い出してくれたから」


 目を瞑って、胸に手を当てて、思い出に浸るように言う。

 忘れないように、壊さないように、大切に胸にしまうように。

 ふわりと、どこからともなく風が吹き、黒いサラサラの髪をなびかせる。

 まるで映画のワンシーンみたいに。

 見惚れるくらいの美しさが、僕のカメラに捉えられていた。


「そんなことした記憶ないですよ」


 先輩が一度消えた時、僕は驚くばかりで何も出来なかった。

 今だって助けたいって僕の願いを叶えている最中だ。


「忘れちゃってるだけだよ」

「先輩のこと、忘れるわけないですよ」

「どうだろう、浅葱くん意外と抜けてるから」


 えへへ、と表情を緩める。


「そんなことないですよ」


 確かに僕は、先輩のことを忘れてなんかいなかった。

 忘れていたのは、もっと大事なこと。

 それが発覚するのは、もっと後になってから。

 取り返しがつかなくなってからだった。

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